「R-style 49」
アイスコープに接続されたイヤホンから、安全領域に移行したとナビゲーションボイスが告げる。
日本刀を片手に、仁王立ちする玖隆は、肩で息を繰り返していた。
「し、死ぬかと思った」
ポツリと呟く。
探索用の制服のあちこちは無残に破れ、覗く裂傷はどれも派手に出血していた。
他に、打撲、擦過傷と、恐らく数えたらキリがない。
フラフラと刀を鞘に戻す背後から、ラベンダーの香りが漂ってきた。
「お疲れさん」
ポン、と肩を叩かれて。
振り返った先の、暢気な表情に何かがムッと険を孕む。
「お疲れ、じゃないぜ、こちとら命がけだっつーの」
「へえ」
「死ぬかと思ったんだぞ」
「良かったじゃないか、生きていて」
「なッ」
かちん。
玖隆の中でゴングが鳴り響いた。
「お前、なあ!」
「ん?」
相変わらずの無頓着ぶりで、皆守はアロマパイプを吹かしている。
「酷いぜ甲太郎、そんな言い方ってないんじゃないのかッ」
「は?」
「お前には思いやりとかいたわりとか、そういう心遣いはないのか?怪我をした友達を見て、かわいそうとか、気の毒とか、手当てしてやりたいとか、そういう気持ちは起こらんのかッ」
「何だ、憐れんで欲しいのか」
「ちがーう!」
玖隆はジタバタと手足を振り回す。
戦闘体勢も解けて、先ほどまでの真摯だった様子が全部嘘のようだ。
機械のように精密に、猛獣のように獰猛に、宝探し屋でなく傭兵か何かが本職であるかのように、玖隆の戦闘能力は非常に高い。
皆守は少し離れた安全な場所から、その様子をいつもつぶさに眺めていたから、熟知していた。
彼は、非常事態と常時では、冗談のようにキャラクターが違うのだ。
(まあ、その辺も魅力のひとつなんだが)
ぼんやりとラベンダーの香りを吸い込んだ。
玖隆が体を乗り出してくる。
「俺、死んじゃうかもしれなかったんだぞッ」
「おう」
「今度こそ、ホントに本気でピンチだったんだぞ、見てみろ、ほら、この傷、ここも、これも!」
「そうだな」
「実は結構痛いんだからな、打ち身の部分もズキズキしてるし、緊急事態じゃないけれど、ちゃんと手当てしないといけない怪我なんだからなッ」
「だったら早く処置しろよ」
「ええい、この冷血漢、てめえの血は何色だーッ」
どんっと突き飛ばされて、皆守はよろめきながら数歩後退りをした。
そのまま、不機嫌に歪めた表情を玖隆に向けて、じろりと睨みつける。
「何するんだよ」
「うるさいッ」
「あのなあ、ヒスを起こすなら他所でやれ、こんな場所で、駄々こねたって仕方ないだろうが」
「じゃあ、甲太郎は、もし俺が本当に死んだら、どうするつもりなんだよ!」
ぴくり。
皆守の眉が、痙攣する。
正面でゼイゼイと息を切らしている玖隆をじっと見据えて、唇に咥えたパイプの先から紫煙が立ち上っていた。
玖隆の様子はどう見ても、本気で腹を立てているようには思えない。
この程度のやり取り、無論、お互い冗談の内だろう。
怪我から滲んだ血液が、破れた布の縁に黒い染みを作っていた。
よく見れば、こめかみから首筋にかけて、赤い筋が零れ落ちている。
眉間に縦皺を作って、きつく眇めた瞳は、けれどどこか艶っぽい雰囲気だ。
「そうだな」
唇を開く。
「お前が死んだら―――」
皆守は、パイプを指先で挟み、スッと外した。
紫煙を鼻腔に吸い込んで、ふうっと吐息を漏らす。
「俺も、後を追うさ」
「は?」
「一緒に死ぬ」
ガシッ
唐突に接近してきた玖隆に、次の瞬間皆守は双肩を思い切り握り締められていた。
「甲ちゃん」
「なんだよ」
「ゴメンな、俺が悪かった」
皆守は玖隆を見ている。
「だからもうそんなこと言うな、な?死ぬとか、ダメだよな、NGワードだよな、止めような?」
「俺は構わな」
「止めよう?な?」
「本気でいいと思って」
「いいから」
「お前とだったら死んでも」
「いいから!」
ぎゅううーっと肩を握り締められて、皆守は、顔をしかめながら「わかったよ」と吐息を漏らす。
玖隆は散々様子を窺った後で、ようやく、脱力しながら解放してくれた。
「ああもう」
くるりと向けられた背中。
広くて、頼もしくて、好ましいことこの上ない。
皆守は再びパイプを唇に戻しつつ、フッと微笑んでいた。
「晃」
「なんだよ」
「怪我、舐めてやろうか?」
「―――いいよう、もう」
玖隆はその場に座り込んで救急セットを取り出すと、ジャケットを脱いで、怪我の手当てを始めるようだ。
傍に腰を下ろしつつ、取り扱いの難しい気性の少年は、何事もなかったかのようにプカプカとアロマの煙を漂わせていた。
近づけた体を、ほんの少しだけ―――傷だらけの彼に摺り寄せるようにして。
(了)