R-style 5

 

 煤や金屑で汚れた手のひらを大きく振り上げながら、開口一番晃は叫んでいた。

「出来たっ」

胡坐を組んだ足の前にはボロボロの丈夫な布が広げられてあり、その上には様々な調合用具、金属片、そして、完成したばかりの武器「ステンレス包丁改」が燦然とした光を放つ。

オリハルコンで刃を強化、より滑らかに、切れ味抜群に進化した刀身部分にしなやかなラインの柄が続く。

握り心地を何度も確認して、晃は改めて満足げな笑みを浮かべていた。

「よし、これで益々仕事もはかどる」

出来れば今すぐにでも、遺跡に行って化人相手に試し切りをしてみたかった。

時計を見るとまだ出かけるには早すぎるような時間で、そういえば夕食を抜いてしまったのだとその時になってようやく思い至っていた。

「久々に自炊かなあ」

幸い調理器具は揃っているし、材料も十分にある。

こんな夜中に調理するような男子生徒はいないから、忍び込んで数品作った所で誰に気付かれることも無いだろう。

やれやれと熱中しすぎて強ばった節々を伸ばしつつ、室内の食材をいくつかかき集めてから晃はふとステンレス包丁改に目をやっていた。

(そういや、これも包丁だし)

別に敵相手でなくても、試し切りだけならなんだって構わないだろう。

思い立ったら即行動が自分のいいところだと思っている。

晃は獲物を手に取り、少しワクワクしながら台所へと忍び足で向かった。

 

案の定薄暗い厨房には人影も無く、晃は電気をつけた後周囲を見回して調理器具をいくつか拝借した。

ここだけなら周囲の植え込みに隠れて、誰かが明りに気づくことも無い。

その辺りはいつもの癖で非常に慎重に作業を進めていった。

「さてさて」

すぐ出来て簡単に食べられるものといえば、やはりレトルト食品やインスタント麺だろうか。

ニンジン、タマネギ、ひき肉、冷蔵庫に残されていた所有者のわからないジャガイモをいくつか失敬する。

鍋に水を張って、火にかけた。

その中にレトルトパウチのカレー袋を二つ入れる。

沸騰するまでの間、晃は出来上がったばかりのステンレス包丁改を握り締め、まな板の上に乗った具財を眺めながらニヤリと微笑んでいた。

別にこんなもの入れなくてもカレーを温めればそれだけで十分なのだが、今回はひと手間加える理由があった。

「いざ、参る!」

小声で呟き、ニンジンを手に取ると、するりと皮をひと剥きした。

「おおっ」

思わず歓声が漏れる。

軽やかな切り心地、スムーズな動作、そして何より、まるで刃先と手の感触が融合したような一体感。

思うままに操り、滑らかに動くステンレス包丁改の出来栄えに、自作ではあるがホウと溜息が漏れた。

「俺ってちょっと凄いかも?」

ウキウキとニンジンを切り分けて、タマネギを剥いた。

刃先を入れようとした所でなんだか涙が滲んできて、晃は手を洗ってから目を擦りつつそういえば米を炊いていなかった事に思い至っていた。

「ヤバイ、これじゃカレーライスじゃないじゃないか」

あたふたと白米をとぎ、圧力鍋を借りて米を炊きにかかる。

蓋をして火にかけた所で、台所の扉が前触れ無くガラリと開かれた。

晃は心臓が止まるほど驚き、バッと背後を振り返った。

―――よお」

「こ、甲太郎?」

戸口に立っていたのは、気だるげにアロマをふかす甲太郎の姿だった。

それでもう一度驚いたけれど、晃はすぐ肩の力を抜いて、大きく溜息を吐いていた。

とりあえず、知り合いで安心したことだけは確かだ。

ドアを閉めた甲太郎はすぐ傍まで歩み寄ってくる。

そして晃の顔を覗き込むと、すこし表情をしかめて目の辺りをグイグイと親指でぬぐった。

「何泣いてんだ、お前」

「わ、や、やめろよっ」

慌てて離れる晃に構わず、周囲を見回してからまな板の上の具材を注視している。

「おい、何やってんだ」

「え?」

「姿が見えないと思ったが、今頃こっそり飯の支度か?」

晃はアハハと苦笑していた。

全くとか何とかぼやきつつ、甲太郎はアロマをひと吸いする。

「今頃こそこそと何やってんだ」

「いや、ちょっとこの」

ステンレス包丁改の切れ具合をためそうと、と、言いかけるより先に、そこから更に視線を移動させてコンロの上の鍋を見た途端、甲太郎が鋭い一声を上げる。

「カレーッ」

「え?」

驚く晃を振り返り、彼が突如詰め寄ってきた。

「おいお前、まさかカレーを作る気だったのか?」

「あ、や」

「どうなんだ、はっきりしろ」

思わぬ迫力にコクコクと頷き返すと、チッと舌打ちで返される。

「お前なあっ」

頭をバリバリかきむしって、甲太郎は物申すとばかりに晃に顔を突きつけてきた。

思わず仰け反ると、胸元をぐいと掴まれて引き戻される。

「カレーってのは奥の深い食いモンなんだ、お前みたいな素人が適当に手ェ出して、美味いカレーが作れるわけ無いだろっ」

「あ、あの、甲太郎?」

「どうして俺に声をかけないっ」

「は?」

「カレーといえば俺、俺といえばカレーだろ、忘れてたのか?!

そんな事を言われても、と晃は困惑しきりに思う。

甲太郎がカレー好きなのは知っていた。けれど、まさかこれほどのものだとは想像していなかった。

これではカレー通というより、ただのカレーオタク、カレーバカ一代、いや、それは言いすぎか。

(ともかく妙だよ、こいつ)

晃の含みのある視線に気付いたのか、甲太郎は急に手を放すとゴホンと咳払いを一つ洩らした。

「あ、あー、まあ、それはともかく」

何がともかくなのだろう。

呆然としている晃の手から、するりとステンレス包丁改を取り上げて、咥えていたアロマパイプを代わりに手渡してくる。

「お前はこれでも吸ってろ、タバコじゃないから体にも悪くない」

「あの、でも俺」

「お前には俺が飯を作ってやる」

「は?」

「俺が作った方が絶対旨いのができるんだ、だからそこで見てろ、いいな?」

いつに無く強引に言い負かされて、晃はおとなしく厨房の隅に下がった。

食堂から簡易椅子を一つ持ち出して、腰掛けながら甲太郎の動向を見守る。

そしてわずかに感心していた。

(なるほど)

確かに、言うだけのことはある。

滑らかな包丁さばきで涙をこぼすことなくタマネギを切り分け、ジャガイモを刻み、肉を刻む。

厨房のあちこちを漁り調味料やスパイス、ハーブを物色して、見事な手際のよさでフライパンを動かし、具材を炒め始めた。そして。

(えっ)

懐から取り出されたのは、カレー粉。

甲太郎はマイカレー粉を常備しているのかと、今度こそ晃はあきれ果てていた。

調理場には程なく旨そうなカレーの匂いが漂い始めたが、どうにも素直に喜べない。

仕方なく、晃は持て余していたアロマパイプを口に咥えてみていた。

心地よいラベンダーの香りがカレーに混じり、ああこんな感じなのかなと妙に感心してみたりする。

その様子をちらりと盗み見て、甲太郎は唇の端に気付かれないように笑みを浮かべていた。

 

そして、約数十分後。

 

「ホラ、出来たぞ」

調理台の上に、見るからに旨そうなカレーライスが出来上がっていた。

「へえ、凄いな」

今度こそ晃も純粋に感心していた。

とてもレトルトのカレーにひと手間加えただけとは思えない、本格志向の一品は暖かな湯気を立てて、腹の虫たちを刺激した。

その音を聞いて甲太郎がかすかに笑う。

「冷めないうちに早く食え、俺の手料理なんて、まず味わえないぞ?」

しかもカレーだ、お前は運がいいなどと、ひとしきり言われて晃は再び困惑気味の笑顔を浮かべながら頷く。

「そ、そうだな、確かにそうかも、じゃあ、頂くとするか」

皿は二つあって、どうやら甲太郎も一緒に食べるつもりのようだった。

こうなると二袋茹でた自分がまるでこの展開を予測していたようで、なんだかちょっと気味が悪い。

本当は全部一人で食べるつもりだっただけなのに。

「ん?どうした晃」

「あ、いや、別に」

そうだと呟いて、晃は手にしていたアロマパイプを甲太郎に返した。

「これ、吸ってみた、結構いいな」

「気に入ったか?」

「うん、ちょっと」

そうかと呟く甲太郎はなんだか満足げに見える。

「そうだ、じゃあ俺もお前にこれ返すよ」

言われて差し出されたステンレス包丁改を見て、晃は改めて甲太郎を見た。

件の彼は何もかもお見通しといった表情でフッと笑った。

「お前、これの試し切りしに来たんだろ?」

「えっ」

「夕飯にいちいち手間かけるような奴じゃないからな、お前は、それくらいすぐにわかる」

食事ならパウチのカレーだけで十分だったはずだと、言われて晃はおみそれしましたと深く頭を下げていた。

「お前の洞察力には改めて頭が下がるよ」

「カレーの腕にも下がるぞ、めりこむなよ?」

「今ので呆れて少しだけ浮かんだ」

この野郎と軽く小突いてくるので、笑って除けながらどうしてこれが自分のものだとわかったのかと聞いてみた。

「そんなもん、こんな切れ味のいい包丁は、ここにはないさ」

「そうかな?」

「ああ、とりあえず俺の知ってる中じゃ一番いいな、いや、比較すること自体が間違ってるか」

こんな見事な包丁は見た事が無いと、散々褒められて晃はなんだか嬉しくなっていた。

目の前にはおいしそうなカレーライスがある。

どうして甲太郎が自分の居場所に気付いたのかはわからないが、こいつとこの包丁のおかげで今日の夕食は随分豪勢になった。

「そうだ」

晃は急にひらめいていた。

「これだけど、名前、食神の魂ってつけよう」

―――なんだそりゃ」

このステンレス包丁改の名前だよと、言いつつ晃はニコリと笑った。

甲太郎はちょっとビックリした顔をして、直後にあーとかうーとか言いつつ頭を掻いている。

「お前の妙なネーミングセンスに、俺のほうがめりこみそうだぜ」

「何を言う、お前が旨いカレーを作ってくれたからこその名前だぞ?」

「そりゃどうも、さっさと食えよ、冷めたらせっかくの力作が無駄になっちまう」

「うん」

頷くと、甲太郎はなんだか照れ臭そうに笑っていた。

「ホラ」

スプーンを差し出されて、それを受け取りながら改めてペコリと頭を下げる。

「ありがとな、甲太郎」

「おう」

もう一つ簡易椅子を持ち込み、調理台の前に並んで座りながら食べるカレーライスはなんだか少し面白くて、そしてとてもおいしかった。

腹も気分もすっかり満たされていた。

新作武器「食神の魂」は、どうやら大成功のようだった。