玖隆はセスナの小窓から外を眺めている。
玖隆晃。トレジャーハンター支援団体ロゼッタ協会所属の駆け出しハンター。
コードネームは『plover』日本訳『千鳥』
黒い髪に黒の瞳、陽に焼けた黄褐色の肌をした、東洋系の若者。
けれど整った容姿からはわずかに西洋の血も見て取れる。
瞳の色は注意して窺うと実は暗い緑色をしていて、光の加減によっては暗赤色に変わった。
比較的長身の部類に入る、彼は、外見年齢よりは随分と鍛えられた、しなやかな体つきをしている。
数日後に十八歳の誕生日を控えていた。
玖隆という名は養子縁組をする前の母親の苗字で、本名は違う。
母親の一族は彼女と実姉を残して全て死に絶えてしまい、彼女達姉妹も、実姉の嫁ぎ先に母親が一緒に養子組みをして苗字を変えてしまったから、同じ血に連なる玖隆という名はすでに存在しない。
それでも、昔話をするとき、懐かしそうにかつての名を名乗る母親の姿が好きだったから、晃は失われたこの苗字を仕事用の名として使用する事を決めた。
日系の名前ならとっさに偽名と判り難いだろうという考えもある。
協会支給品の端末を起動させて、数時間前に届けられたメールの内容をもう一度確認した。
「天香学園、か」
小声で呟いて、思ったより響きのいい名称に口元が僅かに綻ぶ。
ハンターになろうと決心したのが13歳のときで、以後、一般定義の『学校』には行っていない。
もとより歴史研究家で博士号を持つ母親が非常に教育熱心だった事もあり、玖隆は当時から同年齢の子供達より遥かに優秀だったし、その後ハンターになるために協会の教育機関でみっちり5年間しごかれて、いまや大概の事はこなせる人間に成長していた。
それは炊事や洗濯といった日常の雑事から、セスナの運転、果ては、銃器の取り扱いに至るまで、である。
ここまでやってこられたのは、本人の努力もあるけれど、それ以上に周りに恵まれていたのだろうなと思いを馳せる。
家を出て、一人で歩き始めて、あれから五年。
協会でも屈指の速さで卒業認定及びライセンス取得を成し遂げて、玖隆は今ここにいる。
初めて潜ったヘラクレイオン遺跡では色々な事を学んだ。
演習と実戦の違い、遺跡に潜るということ、秘宝を探すということ、生命の危機、生きていることの尊さ。
人と人のつながり、想いの力。
次の任務先で、今回詰んだ経験はきっと役に立つはずだ。
何より、そこはまだ誰も最深部まで到達したことのない未踏葉の遺跡。
はっきり言ってかなり期待している。
あんな狭い島国の、しかも首都東京の一学園の地下に太古の遺跡が広がっている光景はとても想像で補いきれるようなものでないけれど、何故『そこ』に『それ』があるのか、『それ』の目的はなんなのか、『誰』が築いたのか、そして、その際奥に眠るものは一体『何』であるのか―――興味は尽きない。
(それと、もう一つ)
玖隆は『学園』の部分をもう一度目で追ってみる。
今度の任務先はハイティーンの若者たちが多く通う、学園でもあるのだ。
天香学園は全寮制だから、自分は寮と学校を行き来しつつ、その合間に遺跡探索をすることになるだろう。
大勢の、同年代の少年少女たちとの共同生活。
それは、かなり魅力的なシチュエーションに思えた。
もとより特殊な環境化で育てられてきたから、友情、と呼べる関係など殆ど築いたことが無いし、スクールにティーン世代の人間は玖隆一人きりだった。
教官や年上の同期たちは、友人のカテゴリーに該当しないだろう。
彼等は恩人で、単なる顔見知りでしかない。
同程度の年齢の子供ばかりの、しかも日本人の学校に行くというのだから、期待してしまうのも無理は無い。
もしかしたら、思い出に残るような―――それこそ、親友、と呼べるような人間関係を構築できるような相手が、誰か一人でもいい、出会えたらいいのにと、まだ見ぬ風景に思いを馳せていた。
(でも、短期間じゃ、ちょっと難しいかな)
ため息交じりに端末の電源を落とすと、再び窓の外の雲海に視線を戻した。
これまでの乗り継ぎや、現在までの飛行時間から察するに、もう暫く飛べば日本の成田空港に到着する予定だ。
学園生活は楽しみだけれど、それが目的ではないし、次の仕事も極力早く終わらせて、更に次のミッションに取り掛かりたい。
襟元を探って、取り出したチェーンに通された二つのリングを指先でつまんで、キスをした。
「musa、また思い出が、一つ増えるよ」
機内アナウンスの声に、切ない気分をリング共々しまいなおして、大きく息を吐いていた。
シートベルトを着用して、再び雲海を見下ろすと、切れ目から地上の都市が見え隠れを始めている。
セスナが、ゆっくりと下降を始めた―――