探索開始後、妙な物音が聞こえてきたので、二人で連れ立って音の発信源と思しき場所へ移動した。

見れば、墓石のひとつが大きく動かされていて、元の場所には大穴が口を開けていた。

人一人余裕で通り抜けられる広さの穴だ。

覗き込むと、奥は闇に塗りつぶされていて、どの程度の深さか確認できない。

小石を落としてみても、いつまでも反響音が聞こえてこないので、相当な深さがあるのだろう。

ビンゴ。

胸の中で呟く。

恐らくここが、遺跡の入り口だろう。

天香遺跡は地中深く広がっていると調書にはあった。それならば、この穴から降下すれば恐らく目的地に到達できるに違いない。

間違っていた場合は、またその時だ。

(まあ、何で急にこんなもんが現れたのか、気にはなるけどな)

まあ、いい。

とにかく端末を使用して更に詳しく調査しようとHANTを取り出していると、穴の中を覗き込んでいた二人の頭上から声が降ってきた。

「おい」

驚いた八千穂が一瞬穴に落ちそうになる。

慌てて襟首を掴んで引き戻してから、振り返った月光の下、漆黒の人影がじっとこちらを見ていた。

「まったく」

視線が合った瞬間、玖隆は僅かに息を呑む。

闇に潜む眼差しはまるで獰猛な獣のような光を放ち―――

けれど、漂う紫煙に拭われると、またぼんやりと朧な様子に戻った。

「困った連中だぜ」

「皆守クン!」

八千穂が大声とともに立ち上がっていた。

皆守は呆れ顔で玖隆と八千穂を交互に見て、それから玖隆に視線を留めてわずかに眉間を寄せる。

「八千穂はともかく、なんでお前までこんなところにいる?まさか肝試しでもしようって胆か?」

「あのさ、皆守クン、さっきこっちのほうから変な音がしてね、それで―――

「夜の墓地への立ち入りは校則で禁じられている」

昼間とは大分雰囲気が違う。

玖隆は黙って視線を返していたが、互いの間に静電気の壁のようなものを感じていた。

これは、一体なんだろうか。

「違反するものがいないか、生徒会の連中も眼を光らせているって話だ」

「でも、じゃあどうして皆守クンはここにいるの?」

八千穂の発した疑問と、同じ疑問を玖隆も抱いていた。

こちらの心中を察してか、皆守はアロマをひと吹きしながら横顔でニヤリと微笑む。

「俺はなんだか寝付けなくてな、この近くを散歩してたら、人の声が聞こえて、気になって覗いてみたらお前らがいたって訳だ」

「そうなの?」

「ああ」

声と共にアロマが香る。

玖隆はその説明を何となく訝しく思っていた。

「ったく、せっかく俺が今夜は出歩くなと忠告してやったのに」

呆れ果てている様子に、玖隆は仕方なく、苦笑いで曖昧な返事を返す。

陽気なクラスメイト二人に見つかってしまって、すっかり収拾が付かなくなってしまった。

八千穂に皆守。

今更、こんな時刻に、こんな場所で、あまつさえこんな格好で、言い訳なんてできるわけが無い。

(腹括るしか、無いか)

状況を有利に導く選択肢で、残されているものはただ一つきりだ。

「あ、あの、さ」

しどろもどろに口を開きかけた、そのときだった。

「誰だ」

ひび割れた声が闇に響く。

三人目かと半ば泣きそうになりながら振り返った、その先に立っていた人物。

ぼろを纏い、干からびた、けれど目だけは異様に鋭い眼光を放っている老人。

八千穂が小さく悲鳴をあげて身を寄せてくる。

玖隆は片腕で彼女を抱き寄せながら、庇うような仕草をした、隣で皆守はただ見ている。

「誰の許可があって墓地に入り込んだ」

「あんたは一体―――

「安心していい、そいつは墓地の新しい管理人だ」

「え?」

皆守の言葉に、八千穂が首を伸ばした。

「さっさと出て行け、さもなくば土の中に埋めてしまうぞ」

しわがれているけれど、妙に威圧的な声。

敵愾心も感じ取れるようだ。

ごく一般的なハイティーンの少年少女なら、この程度の脅しで十分すくみ上がるのだろう。

(けど、俺、普通じゃないから)

玖隆は老人を睨みつけながら、余裕の笑みを口元に浮かべていた。

それを見て、墓守の老人は鋭い瞳を更に細める。

「フン、生意気な態度だな―――俺の経験から言わせて貰えば、お前のような奴が真っ先に死んでいく」

にらみ合いになるかと思ったのだが、不意に横から皆守が、こいつは転校生なんだ、勘弁してやってくれないかと口を挟んできた。

玖隆は少し意外に思いながら皆守に視線を移す。

「また転校生か、墓石が一つ増えることにならなければいいがな」

老人はあくまで憎まれ口を貫くつもりのようだった。

まあ、こんな気味の悪い人間に親切にされても、それはそれで背筋が寒くなるかもしれない。

「今回は見逃してやる」

ボロ布の小山が背中を向ける。

「早く行け、俺の気が変わらん内にな―――もうここへは来るな」

「言われなくてもそうするさ」

アロマの香りが漂った。

獲物を目の前にして回れ右をするなど、ハンターとしては非常に心苦しい選択ではあるが、流石に今日はもうこれ以上の探索活動は不可能だろう。

また明日、今度はもっとうまく立ち回ろうと、玖隆は横目で穴を見ながら考えていた。

とりあえず進展はあった。

今後は、更に忙しくなる。

「行くぞ」

皆守がくるりと踵を返す。

あとに続いて歩き出すと、八千穂が制服の裾をきゅっと握り締めてきた。

墓地から抜ける辺りで、最後にもう一度は以後を窺うと、老人が穴の奥を覗きこんでいた。

(恐らく、あの穴を降りた先に)

玖隆はこっそり手袋を嵌めた掌を、握り締める。

自分が目指す、古代の遺物が眠っている。

スタートは散々だったけれど、まだ本番すら始まっていないのだから、これから挽回すればいい。

唯一、気懸かりがあるとすれば、皆守と八千穂が信用に値する人間であるかどうかだけだ。

(まあ、これは俺のミスだし、今は信じる以外に何もできないからなあ)

少なくとも、現状において、彼等は害ある敵対者ではない。

墓守は偏屈な性分のようだったから、誰彼構わず今夜の事を触れてまわったりなどしないだろう。

(まあ、これも、運を天に任せるしかない、か)

 

全ては、これからだ。

 

秋の気配を孕む夜風はすでに肌に冷たいというのに、高揚感にまだ体が火照っている。

前を歩く皆守の咥えているラベンダーのアロマが、影と一緒に玖隆の元まで届いていた。

 

続く