結局、あの後湯船で二度も絶頂を迎えて、晃はすっかり湯あたりしてしまった。
今夜風呂を使う生徒はお気の毒様だ。
一応、お湯を半分まで抜いて、蛇口を目いっぱい開いてきたけれど、その後どうなったかなんて知らない。
立ち上がれないほどのぼせた晃を担ぐようにして、甲太郎は部屋まで連れ帰ってくれた。
ベッドに横たえられた辺りで気を失って、目が覚めたら辺りは真っ暗だった。
「ん―――」
時間を知ろうとして、目を凝らした闇の奥に赤い光を見つける。
ふわりとラベンダーが香った。
「起きたのか」
「甲太郎?」
ぼんやりしていると気配が近づいてきた。
ベッドサイドに腰を下ろして、掌が額に触れる。
「苦しくないか」
「あ、ああ、うん」
「目眩は」
「しない」
「熱もひいたみたいだな、一応落ち着いたって訳か」
微かに安堵の吐息が漏れる。
「悪いな」
「え?」
「少し、やりすぎた、さすがに反省している」
「―――今更かよ」
「そう言うな」
フフと笑い声が聞こえて、ラベンダーの香りが鼻先にかかる。
キスをされて、うっとりと目を閉じながら、晃は深く息を吐き出した。
「おい、バカ」
「お前、その呼び方はやめろよ」
「うっるさいバカ、お前なんかバカで十分だ、俺はな、決めたぞ」
「―――何を」
「男に戻る」
「方法はあるのか?」
「今はまだ、無い」
でも、と晃は言う。
必死な声だなと甲太郎は思った。ここまで追い込んだのは、俺か?
「このままビクビクして過ごすのははっきり言ってお断りだ、だから、今晩深夜遺跡に潜るぞ」
「なっ」
止めようとしてハッと口を閉じていた。
―――俺は、知らないうちに晃を女扱いしようとしている。
でもそれは現状において仕方のないことで、だから尚更混乱するのだろうか。
この手で抱いた体は間違いなく女だ。けれど、本来の晃は男だ。
そして俺は晃自身に惹かれた。
男としてでも、女としてでもなく、こいつがこいつたる所以そのものに魅せられた。
こだわりなどあるわけでは無いけれど、でもやはり、望みを言えばそれは女の姿の晃なのだろう。
甲太郎は自身がわからなくなりそうだった。
俺がこいつに惚れた理由は何だ?
仕事中のこいつに憧憬の念を抱いた事は一度や二度ではなかったはず。
そしてそれは信頼に繋がっているはずなのに、危地から遠ざけようとする俺は一体何を考えているんだ。
甲太郎の思惑を他所に、晃の言葉には強い決意が込められていた。
「戻ってきたら仮眠して、明日は一日調合大会だ」
「―――でもお前、昨日薬の配分は覚えてないって言ったじゃないか」
「何となくなら覚えてる、大丈夫、女になる薬だって作れたんだし、俺にやれないことは無いっ」
いわれてみればその通りのような気もして、甲太郎は黙ってアロマを吹かしていた。
「お前にも手伝ってもらうからな」
どこか恨みがましい声に、ああわかったよと吐息混じりに答える。その口元には複雑な笑みが浮かぶ。
「何だよ、不満そうだな」
「そんなことねえよ」
「フン、不満でも何でも約束だからな、俺を散々辱めた落とし前、きっちりつけさせてもらうぞ」
「人聞きの悪いこというなよ」
「うるさいバカ、犯罪まがいの事しておいて、今更及び腰になるな、このスケベ」
「ったく、お前って本当に素直じゃねえよな」
「甲太郎にだけは言われたくない」
ウッと言葉に詰まると、晃はクスクスと笑っていた。
その声がとても可愛らしかったので、ついもう一度キスをねだってしまう。
ついばむように数回繰り返すと、途中でやめろと遮られてしまった。
「何だよ、減るもんじゃねえだろ」
「減るんだよ、いいからお前も仮眠取っとけ、夜中に出かけるからな」
「はいはい」
アロマの火を消すために、窓縁に向かう背中からハイは一回と聞こえてきた。
甲太郎は窓を開けて、外壁にこすり付けて紙巻の火を消すと、完全に消火を確認して吸いさしをゴミ箱に捨てた。
晃の部屋に灰皿は無い。
「返事は」
「ハイ」
開いた窓から差し込む月光に照らされて、ベッドの上に横たわる晃がニコリと微笑みかけてきた。
「よろしい」
くすぐったくてつい笑顔になってしまう。
パイプを机の上において、やれやれと言いながら窓を閉めた甲太郎はベッドの空いている隙間に潜り込んだ。
「もうちょっとこっち来い、落ちるぞ」
「お前みたいな変質狼男に近づいたらいつヤられるかわかったもんじゃない」
「ヤらねえよ、バカ、ほら来い」
抱き寄せられると文句を言いつつ、晃はおとなしく腕の中に納まった。
愛しい温もりに瞳を細くする。
まだ湿っている髪に顔をうずめると、石鹸の匂いがほのかに香った。
ラベンダーよりずっと癒されるいい香りだ。
「晃、お前の事は―――」
「んあ?」
「いや、なんでもねえよ」
もう半分眠ろうとしている声に、キスを落とした。
闇の中で、晃の存在だけが確かなものとしてこの手の中にあった。
(続く!)