「sorrow」
※GMヴァージョンのお話です、明らかに捏造ですので、お読みになる方はお覚悟ください。
部屋の中、目を覚ます。
掛け布団と毛布を押し退けて、上半身だけ起き上がって辺りを見回す。
―――暗い。
闇に目が慣れてくると、見知った景色がおぼろげに輪郭をとり始めた。
ここは俺の部屋、今、一人きりだ。
辺りにほんのりと漂う、かぎなれた花の香り、これは、贖罪と悔恨、俺の懺悔の香り。
あらゆる全てを取りこぼしてきた、愚か者の手慰み。
(こんなもんに頼ったって)
何も変わらないと、知っているはずなのにな。
*****
俺は、ずっと、一人きりだった。
親に愛された記憶も無く、疎まれ、蔑まれ、弾かれ続けてきた。
それでも俺は、ただひたすら何かを渇望して、手を伸ばし、どれほどの想いをこの手に掴もうとしただろうか。
誰も、俺を、一人にする。
かつて愛した女は、孤独な目をしていた。
彼女の悲しみを癒す事で、俺は必要とされたかった。
けれど、彼女は、俺を捨てた。
ただ一人、死という甘美な褥へ赴いてしまった。
残された俺は、無慈悲な力によって監獄にぶち込まれ、そこで、目に付くあらゆる全てを憎んだ。
空の青、木々の緑、人々の声や、ざわめき、そよぐ風ですら―――
激しく妬み、嫉み、やがてそんな自身に疲弊して、何もかも儚んで。
まるで死人のような日々を送る俺に、再び伸ばされた暖かな掌。
けれど俺は気付けなかった、その頃にはすでに、心は厚い氷の檻に閉ざされていた。
嘆いた女はまた―――俺を一人残して去った。
二度と手の届かない、はるか遠く、黄泉路の先へとただ一人きり、片道の切符に自ら鋏を突き立てて。
誰も俺を一人にする。
俺がいつだって、欲しくて、欲しくて、堪らない何かを目の前にちらつかせて、手を伸ばす寸前で、残酷なほどあっけなく消える。
俺は、自分が死んでいるのか、生きているのか、それすらはっきり理解することなく、日々をただ惰性に見送るだけの、魂のない肉塊と成り果てていた。
けれど―――
見下ろしてきたのは、僅かに赤い、綺麗な双眸。
あいつの秘密を知って、初めは、体のいいおもちゃを手に入れた程度の意識しかなかった、はずだった。
犯そうとしてもさほど抵抗しないもんだから、穿った後で処女だと知った。
直後の胸の痛みすら、慣れ親しんだものだ、理由は判らなかったけれど、俺は気にも留めなかった。
何の楽しみも実感も湧かない、味気ない日々に、せめてもの快楽を。
抱くたび、あいつは泣いていた。
怖い、苦しい、痛い、嫌だ―――けれどそれがどうしたっていうんだ。
俺の感覚器はとうの昔に壊れている。
どれほど泣こうが、喚こうが、俺を憎み、悲しもうが、そんなことはどうだっていい。
お前の中に俺の肉を打ち込んで、揺さぶっている間に、心ならずとも漏れてくる、甘い鳴き声。
未発達な双丘を乱暴に揉んで、薄いピンクの先端を唇に含み、強く吸い上げて、悲鳴を上げるお前の秘められた割れ目に指を差し込めば、ほら、どうだ、すでに濡れているじゃないか。
抱かれてしまえば、生理反射で、勝手に体は欲情する。
こいつはいずれ殺される運命にある女なんだ、だから、何をどうしようと、構わないだろう。
仕事ついでの副産物、ただ快楽を満たすためだけに、何度も華奢な肢体を玩んだ。
思う様辱めて、最奥に繰り返し精を放ってやった。
秘所から零れ落ちる、劣情の証。
特に感想なんてない、これは、ただの玩具でしかない。
俺は牢獄の主に課せられた使命のまま、いずれこの女を屠る。
それまでの間のほんの慰みに、精々楽しませてもらおうじゃないか。
―――けれど、ある時気付いてしまった、それからどんどん俺を侵食している感情。
お前を抱くとき。
頬に唇を寄せて、唇を合わせ、目じりに浮かんだ涙を舌先で掬い取り、柔らかなふくらみに触れて、重なり合い、腰を揺らす。
その程度の行為で呼び起こされる堪らない充足感、狂おしいほどの熱情、興奮。
それだけじゃない。
隣り合っているだけで、いや、声を聞くだけで、存在を感じるだけで。
(俺はどうしちまったんだ)
また何か期待しているんだろうか、愚かにも。
(こんなことはありえない)
瞳が合うたび、胸の奥で鼓動が爆ぜる。
涙なんて見たくない。
傷つく姿がこの上なく辛い。
何より―――お前に疎まれている事実が、激しく俺を苛む。
抱きすぎて情が移ったのだろうか。
体だけでなく、心にまで触れてしまったから、不覚にも感化されてしまったのか?
違う。
*****
闇の中、片手でベッドサイドをまさぐって、携帯電話を掴み取った。
画面を開いて、稚拙な英語力を駆使し、短い文章を打ち込む。
「I’m Sorrow」
バカらしいと思った。
送信直前で気が変わり、消去しようとして、手元の操作を誤った。
「やべッ」
画面に映る、メール送信中の表示。
(くそ、やっちまった)
後悔した。
自分の迂闊さと、愚かさに―――こんなものをあいつに送りつけて、どうするつもりだったんだ。
何かあるとでも思ったのか。
それともただ、気の迷いか?
妙に焦った闇の中、それでも、心のどこかで返事が返ってくることに、僅かに期待しているのだと自覚する。
(俺は、バカか)
数分経った。
返事は来ない。
(今夜は遺跡には潜っていないはずだ、そんな話は聞いていないし、何の異変も感じない)
十数分経った。
返事は来ない。
(寝ているのか?)
数十分経った―――返事は。
(無い)
携帯電話を放り出す。
あたりまえだ、答えるわけ無いじゃないか。
今夜は気乗りしなくて『支払い』の請求をしなかったけれど、無理にでも払わせた方が良かっただろうか。
そうすれば丁度いい具合に疲労して、夜中に目覚める事もなければ、こんな想いをする事もなかった。
(明日は倍請求してやろう)
前戯もなしに挿入してやる。
あいつがもっと俺を憎めば、俺のこのくだらない想いも消えてくれるだろう。
憎んで、呪って、最後には、俺を屠り殺せばいい。
そうでなければ俺は、お前を。
(くそッ)
布団を頭までかぶった、その時だった。
闇の中目を開き、顔を上げる。
ベッドから冷たい床に降り立って、照明も点けないまま、ドアに歩み寄った。
鍵を外し、ノブを握り、ゆっくり回して押し開いていく。
期待と不安が混ざり合って息ができない。
誰も、俺を、一人に―――
「あッ」
戸惑ったような表情、複雑な感情の気配。
「どうか、したの?」
何も言わず、そのままあきらを思い切り抱きしめて、部屋の中に引きずり込んだ。
嗚呼。
(暖かい、な)
独りにはもう耐えられない。
この腕の中にあるぬくもり全て手に入るのならば、今何もかも失っても、構わない。
(了)