※はい要注意、主人公TSです、つまり女体化っていうか女性化、構わなければどうぞどうぞ★
何故こんなことになってしまったのか、今更ながら考える。
峰津院大和は策士だけれど、彼一人の力では叶うことのない願いだった。
(けど、そういう部分も含めて、策士なんだろうな)
これまでの事、あの時の事、そして、今。
ふと左手を掲げて、溜め息を吐いた。
―――それは数日前に遡る。
「賭けをしないか、天人」
ベッドの上でグッタリしていた天人は、顔だけ上げて「何?」と答えた。
傍の椅子にすっかり身支度を整えた大和が腰掛けていて、その様子を見てフッと笑う。
「賭けだ、天人、君に勝負を挑もう」
「何で?」
「なに、ただの余興さ」
余興、ね。
起き上がろうとして、僅かに顔を顰めると、天人はベッドの上に胡坐をかき、腰の辺りを擦る。
ふと目の合った大和に、何となく気まずくてシーツを引寄せると、また声を忍ばせて笑われた。
「何?」
「別に」
そっけなく答えて、僅かに瞳を眇める。
「そんなことより、君、乗るのか、反るか?」
「乗る」
「よろしい」
やられっぱなしは癪だという気分があったことは否めない。
ついさっきまで散々鳴かされてしまったし、今だって、余韻に浸っているような、余裕のある態度に少し腹が立って、天人はあまり考えずに頷き返してしまった。
行為そのものが嫌なわけではない。
ただ、簡単に慣らされたくないと思っているだけだ。
立ち上がった大和はコートのポケットからおもむろにトランプを取り出して切り始めた。
長い指が滑らかに動く様はとても優美で見惚れてしまう。
この指がさっきまで自分の肌の上を這っていたのかと思うと、恥じらいより恍惚感が勝る。
ゆっくりと近づき、スプリングを僅かに軋ませて、ベッドサイドに腰を下ろした。
「さて、何にする?」
「何でも」
「ポーカーはどうだ、知っているか?」
「馬鹿にするな」
「失礼」
フッと笑ってカードを配り始める。
「勝負は三回、敗者は、無理のない範疇で勝者の願いを1つ叶える、構わないな?」
「随分優しいな」
「フフ、君からでいい、カードをドローしたまえ」
山札に手を伸ばす天人を、大和は面白そうに見ている。
彼らしい余裕の表情に、何故かその時、僅かな引っ掛かりを覚えたけれど、すぐ勝負に夢中になって忘れてしまった。
そして―――三度切り結んだ、その結果は。
「では、君に告げよう」
負けが決定した瞬間、両手でシーツをふわっと広げて、辺りにカードを撒き散らしながら丸く包まってしまった天人の、背中の辺りを大和の手がゆっくりと撫でる。
クツクツと笑う声が癪に障って黙り込むと、そう警戒するな、と、あやすように聞こえた。
「大した願いじゃないさ」
「―――どうかな」
シーツ越しに、グッと重みがかかる。
肩を抱かれるように圧し掛かられて、重いと文句を言うと、肌に布越しの吐息が吹きかかる。
「フフ、相変わらず体温が高いな、こうしているだけで心地良い温もりが伝わってくる」
「いいから、早く言ってよ」
「そう急くな、君に叶えて欲しい願いは、こうだ」
―――天人はシーツから頭だけ覗かせた。
「え?」
ようやく現れたな、と、大和が口の端を吊り上げて笑う。
「君らしくもない、たかがゲームだ、そして、私の願いはさほどの事もあるまい?」
「どういうこと?」
「言葉の通りだが」
「ちょっと」天人は表情を険しくしながら「そんな―――だって、それは」
「構わないだろう、所詮戯言だ、それに」
後に続いた大和の言葉を受けて、僅かに沸き起こった不安は霧散してしまった。
今にして思えば愚かだった。
あまりに自覚がなかった。
そういえば何度か、仲間たちからも指摘を受けたことがあった。
お前はリーダーだ、自分達の要なのだと。
(そういうつもり、なかったんだけどな)
ふと傍らにある窓の桟を指でなぞる。
超高層建造物の最上階、手を伸ばせば星にも届きそうだ。
見下ろすと漆黒に染まった地上のあちこちで呼吸するように光が瞬く。
実力主義、大和の願いが顕現された世界。
今、この瞬間にも、強者が弱者を屠り、人は自らの価値を高めるため誰も尽力しているのだろう。
もしくは、敗れて地べたを這い、落ちぶれて消えゆくか。
分かりやすくシンプルな世界。
そして一時たりとも気の抜けない世界、油断や甘えは、そのまま失墜に繋がり、すなわち弱者となる。
けれど今では心地良いとさえ思える。
結局の所自分は日々に緊張感を求めていたのであって、だからこそ大和の思想に同調できたし、今もこうして天の御座に一番近い場所で侍っていられるのだろう。
それを知らず、ボンヤリ過ごしていた頃が懐かしくもあるが。
(でも、そんなことより)
ふと体に触れてみた。
自分の体、これが一番大きな変化だ。
絹のように滑らかで柔らかな肌、くびれたウエスト、そして、豊かな乳房。
あの時―――世界の管理者であるポラリスとの謁見時、天人の耳元で、大和が「以前の約束を」と耳打ちした。
あえて言われなくても覚えているさと、大和がポラリスに望みを告げる傍らで、天人も願ったのだった。
『実力主義思想に基づく世界の実現、それと、白羽天人のセクスチェンジを願う』
あの日、大和が天人に告げた罰ゲーム。
ポラリスとの謁見時、自分の性の転換を願え、と。
しかし大和はこうも言っていた。
ポラリスが聞き入れる願いは種としての総意であり、君個人の戯言に耳を傾けるわけがない、と。
だからこれは、完全に自分の悪ふざけだと、楽しげに笑っていた。
けれど、その時、大和の目だけは―――僅かも笑っていなかった、寧ろ、何か思うような気配を滲ませていた。
しかし愚かにも自分はそれを気に留めなかった。
更に言えば、幾ら総意を勝負で決しようと定め合ったといっても、敗者は大和の思想に同調して戦列に戻ったのではないと、何故理解できなかったのだろう。
仲間達は天人の願いが聞き届けられる事を願った。
大和もそのように願ったのだと後で聞かされた。
それはそれで、信頼が嬉しくもあったけれど、結果―――ポラリスは、天人の願いを、悪ふざけも込みで、種としての総意と認め、漏れなく叶えられてしまった。
つまり、今、白羽天人は男性でなく、女性として、新たな思想の根ざす世界に存在している。
性別が変わった所で、天人自身が変わるはずもなく、物の考え方や意識やすべて以前のまま、だからこその違和感もある。
しかし、人は慣れてしまう生き物だから、いずれ自分は芯まで女になってしまうのだろう。
初めこそ腹も立ったし、怒りもしたけれど、比較的早々と諦めてしまった。
今更どうすることもできない、手術までして元の性に戻りたいとは思わない。
その理由が大和にあるとは、死んでも思いたくない。
微かに聞こえた物音に視線を向けると、広々とした部屋の奥に見える重厚な作りの扉を開いて、入ってきた黒尽くめの姿を見つけた。
優美な動作で天人の傍まで歩み寄り、前に立つと、おもむろに手を取って甲に口付ける。
「天羽」
彼が、生まれ変わった天人につけた新たな名前。
世界の変革と共に、天人は、いや、天羽は、彼の望みどおりその手の内に捕らえられてしまった。
けれど嬉しそうに笑う姿に嫌悪を覚える事はなく、寧ろ悪あがきをやめられない自身にこそ苦笑いが浮かんでしまう。
「ヤマト」
「フフ、さあ、迎えに来たぞ、我が花嫁、共に行こう」
「式の前に新郎が新婦に逢うのはルール違反じゃないの?」
「旧世界の悪習か、我らの前では意味を成さん、それに、君の手を取る権利は私のみに許されている」
出会い、世界が変革される以前から、姿を見ない、声を聞かない、触れ合わなかった日は無い。
露骨な独占欲にも随分慣れた。
笑って差し出した左手の薬指で、シンプルだけれど洗練されたデザインのリングがキラリと光る。
「今日は記念すべき日だ、君の血が加わり、峰津院はますます栄えるだろう」
「まさか、そのためにワタシを女に変えたわけじゃないよね?」
何度も繰り返した質問に、大和はいつもと同じように甘く微笑んで、天羽に軽く口付けた。
「何度言わせる、それだけではないよ、私は、もし君が以前のままでも伴侶とするつもりだった、ただ私は勝者であり続けているだけだ、望みを叶え、君を手に入れた」
もう一度唇が触れ合う。
「私と君の子ならば、必ずや優秀な後継者となるだろう、この強き世をより繁栄させるだけの実力と運、人格を兼ね備えた偉大な人物に、な」
「性格だけはヤマトに似ない事を祈るばかりだ」
「この頃はいよいよ辛辣になった、まったく、そんな君との生活が今から楽しみで仕方ない」
何も変わっていない、今までどおりだ。
答えた天羽を見詰めて、大和は笑い、唇を重ねてから「行こう」と手を引いた。
導かれるままに天羽は歩き出す。
履きなれないヒールで踏み出す一歩。
峰津院大和を夫とし、峰津院天羽として生きる、その最初の一歩。
過去の想い出は一片も脳裏を過ぎることは無かった。
不意に足を止めた大和が、振り返って天羽を強く抱きしめる。
これは彼だけが望んだ世界ではない。
真実、望みの全てを掴み取った勝者は―――
「これは君の望んだ世界、そして私が願った世界でもある」
でも、やっぱり女になるつもりは無かったなあと、皮肉は胸の内にだけ留めておいた。
察しのいい花婿は花嫁の顔を覗き込んでクスリと笑う。
揺るがぬ信念と自信に満ちた姿。
自分もこうありたいと、共に歩き続けて行きたいと願わずにいられない、真の強者の姿。
「ここからだ、天羽、新たに始まる―――無論、覚悟は出来ているだろうな?」
「当然」
「フフ、それでこそ我が半身」
改めて天羽から腕を絡ませると、そのまま引寄せられる。
歩き辛くなって重心を預けたら、彼らしくない柔らかさで受け止められた。
大和が微かに笑う。
真昼の太陽のように煌々と輝く屋内灯の輝きが、一片の影すら許さない強さで、連れ立つ二人の足元を照らし出していた。