通りすがりの天人を呼び止めて、緋那子が興奮した様子で詰め寄ってくる。
「なあなあ、天人、自分何月生まれなん?」
「9月だよ」
「9月の何日?」
「10日」
「9月10日やて!イオちゃん、何座や?」
傍で椅子に腰掛けていた維緒が、慌てて卓上の本のページをめくっていく。
「乙女座、です」
「おとめざぁ?キャラちゃうわあ」
「あ、でも、頑固で潔癖って書いてある、天人ってそんな感じじゃない?」
「おっ、バン子、せやね、言われてみれば、そんな感じやね」
―――ジプス司令室の壁面を覆い尽す書架に星占いの本を見つけて、緋那子、維緒、亜衣梨の三人で楽しんでいたそうだ。
へえ、と相槌を打つ天人に、緋那子は笑顔を向ける。
「何や、ちょお聞いてまわったらな、うちら全員、星座バラバラやねん」
「そうなの、私が1月生まれで山羊座でしょ、イオちゃんが5月生まれで牡牛座、マコトさんは11月生まれの蠍座、オトメさんが9月生まれで天人と一緒の乙女座、フミが7月生まれの蟹座」
「うちは3月生まれの魚座や、ほんで、ケイタが12月生まれの射手座、ジュンゴは10月生まれ天秤座、あとは」
「秋江さんが2月生まれで水瓶座、だよ、あっ、志島くんが獅子座なのは、天人くんも知ってるよね?」
「ロナウドは4月生まれの牡羊座やで、ウチが聞き出したってん、やるやろ?」
「何自慢してんのよ、バカヒナ、そんなの全然凄くないし」
「言うてくれるわ、バン子!ウチの機動力フルスロットルやったやないの!ロナウドの携帯番号知らんもん、わざわざ名古屋まで行って聞いたってんで!」
「フンだ、占い程度ではしゃいじゃって、あーバカらし」
「バカとは何事や!」
「なによ!」
慌てて維緒が仲裁に入り、にらみ合う二人をどうにか宥める。
「そ、それでね、天人くん、あの、峰津院さんは」
「知ってる、双子座だろ、6月10日生まれ」
「はあ、流石やねえ、天人、それヤマトから聞いたん?」
「うん」
「ヤマトはそういう話も天人にはすんねんな、ホンマ油断も隙もない、難儀やわ」
「だよね、しかも天人はボケてるし」
「せやなあ、天人、アンタ貞操帯着けとったほうがええで、いらんことになるまえに」
「何の話?」
女子三人は申し合わせたように溜め息を吐いた。
「まあ、ええ、それより今は占いや」
ぱらぱらとページをめくり、緋那子が「これや、これや」と本を広げる。
「じゃじゃーん!占いっちゅうたらやっぱりコレやろ!あいしょお〜うらなぁ〜い!」
「ちょ、変な風に言わないでよ、恥ずかしい!」
「いちいちうるさいなあ、さて、乙女座男子との相性は、ッと」
星座同士の相性と書かれた項目の、異性との相性の部分をなぞり、そのまま緋那子は目を輝かせる。
「魚座、運命の相手!」
「はあ?」
「えっ」
亜衣梨と、維緒までもが先を争うように本を覗き込んだ。
「自分の向かい側に来る星座の異性は運命の相手なんやて!天人、どーしよ!」
「ちょ、ちょっと、待ちなさいよ!」
文章を指でなぞり、亜衣梨が信じられないと息巻いた。
「運命の相手、けれど大恋愛の後、大失恋の可能性もアリって書いてあるし!なに都合よく解釈してんの!」
「あら〜?急に耳の調子が悪なってしもたわ、よう聞こえへん、バン子、今何て?」
「まあ、そうよね!始まってもいない恋愛に終わりなんて無いか、アハハ!」
「なんやと!」
「それより山羊座!と、乙女座の相性の方が、ぜ、全然いいんだからね!ホラ見なさいよ!」
「はあ?」
本を覗き込み、今度は緋那子がフフンと鼻を鳴らす。
「バン子、アンタこそ何言うてんの、それやったら地属性は全部相性ええて書いてあるやろ、アンタだけちゃうやん、牡牛座のイオちゃんも、乙女座のオトメかて相性バッチリ」
「だったら!水の星座だって地の星座と全部相性いいって書いてあるじゃない!自分のトコばっかり読んでないで、よく見なさいよね、この、バカヒナ!」
「なぁんやてぇえ!」
「フフン、蠍座のマコトさんも、フミなんて蟹座だし、乙女座と超相性いいって!」
「あたしがどーした?」
唐突にひょいと覗きこんできた姿に驚いて、三人組は仰け反りながら声を上げる。
史はまるで悪びれず、維緒の手元の本をチラリと伺い「はぁ、占い」と呟いた。
「占星術で相性なんて分かんの?超意味不明、でもまあ統計学的に参考程度にはなるかもね」
「どうした、何を騒いでいる」
「あ、まこっちー」
女性ばかり揃ってかしましい中、天人は一人ぽつんと佇んでいた。
本音を言えば占いなどどうでもいい、それよりそろそろ解放されたい―――しかし、状況を鑑みるに難しそうだ。
ふとよからぬ事を思いついたような悪い笑顔を浮かべて、史がニヤニヤと真琴の脇を肘で軽く突付いた。
「ほれほれ、まこっち、ちょっとココ読んでみ?」
「何だ?」
「蠍座、乙女座男子と相性抜群、真面目な貴女を優しく誠実な彼が温かく包み込んでくれます、だってさ」
「それがどうした?」
「天人乙女座だってよー」
途端首まで真っ赤になって硬直する真琴を見て史はケラケラと笑い、気付いた緋那子たちもどうしたのかと様子を窺うものだから、真琴は慌てて何でもないと連呼しつつ仰け反るようにして顔を背ける。
「あんらあ?マコちゃん顔真っ赤やでえ?」
「んふふ、どうしたのかなあ?まこっちは」
「うわ、ホントだ凄い真っ赤!っていうか、マコトさんってもしかして」
「ち、違う!」
「あら、何が違うのかしら?」
乙女まで現れた。
ジプス内部でも屈指の実力を有する女性達が集い騒ぐ様子に、通りがかる局員達は一様に「何事か」といった目を向ける。
いよいよ厄介な展開になってきたと黙り込んでいる天人と、ニヤニヤしている史と緋那子、そして挙動不審で顔の赤い真琴の姿を見て全て察したらしい乙女は、真琴にニッコリ笑い掛けた。
「マコトさん、お顔が真っ赤よ、お薬で治るかしらねえ?」
「あ、ち、違うんだ乙女、これはその」
「それとも、もしかして天人クン絡みでお顔が赤くなっているのかしら?」
「なっ」
不意に緋那子がアハハと笑う。
「ちゃうねん、オトメ、あんなあ、天人が乙女座やねん、そんでな、蠍座のマコちゃんと相性バッチリ言うたら、マコちゃんこないになってしもてな」
「天人クンは乙女座なの?奇遇ねえ」
あ、そうかと亜衣梨も乙女を見る。
「オトメさんも乙女座だよね」
「そうよ、乙女座のオトメ、分かりやすいでしょ?」
「そうなの?」
どうかしらねえと微笑む乙女に、緋那子がせやねとまた笑った。
「まあ分かりやすいことは間違いないな、それより、結局乙女座はどの星座と一番相性がええねんなあ?」
「え?」
勢印の視線が突然集中して、天人は思わずビクリと肩を震わせる。
「乙女座男子はアンタだけやん」
「えっ」
「結局誰と一番相性がええんやろな、地の星座の牡牛座、乙女座、山羊座、水の星座の魚座、蟹座、蠍座、ウチら全員や、むっちゃ気になる」
「そうだね、確かに」
急に亜衣梨が口を三角に結んだ。
「せやろ?」
緋那子も眉間に皺を寄せつつ頷いている。
「まあ、魚座のウチは運命の相手らしいけどな」
「エロヒナじゃなくて魚座がね、魚座なんて他にもたくさんいるし!」
「分かってないなぁバン子、そら確かに魚座なんて掃いて捨てるほどおるわ、けどな、天人と知り合いの魚座言うたら、今はうちだけやろ?」
「ジプスの中にも魚座の人はいるかもよ!」
「知らんわそんなん、ウチほど深い付き合いしてへんやろ、天人と特に親しい魚座は、ウチだけや」
「深いって何よ!不潔!」
「イヤやわ何想像してんのバン子!アンタの方がよっぽど不潔やわ!」
「そっ、そんなことない!私変なことなんて想像してないし!」
「どうやろなあ、怪しいなあ、普段ウチのことエロいエロい言うとるけど、ホンマはアンタの方がエロいんとちゃうん?」
「バカ!」
「まあまあ」
間に入った乙女が「二人とも、喧嘩は駄目よ?」と穏やかにいなす。
困惑顔の真琴の傍で状況を心から楽しんでいるように机に腰掛けた史が足を振り子のように揺らして、その近くの椅子に掛ける維緒は星座占いの本に隠れるような格好で騒動を傍観している。
睨み合っていた視線をクルリと天人に向けて、緋那子が突然「アンタがはっきりせんから!」と指を突きつけてきた。
そこに便乗するように亜衣梨も「そうだよ!」と詰め寄ってくるので、何故こういうときだけ彼女達はチームワークがいいのだろうと、天人は内心溜息を漏らした。
「結局何座がいいのよ、天人!」
「せや、誰がええねん!」
「天人さっきからずっと黙ったままで、ズルイ!」
「卑怯やで!男やったらビシーッとバシーッと決めたらんかい!」
「そーだそーだ、やれやれー」
「こ、こら、フミ!」
調子に乗る史を諌める真琴はどうにか立て直しを図っているらしい。
しかし乙女から「いいじゃないマコトさん」と言われてしまい、再びまごついていた。
天人は溜息を漏らして、自分以外にも男はいるだろうと返すと、緋那子と亜衣梨は更に食って掛かるように身を乗り出してくる。
「他はアカン!占ったったけど全滅や!」
「ジュンゴとヤマトさんとジョーは風の星座、ロナウドとダイチとケイタは火の星座だもん、どっちも私たちと相性良くないんだよ、天人がどっちかだったらどうしようねって、話してたんだから!」
「せや!風の星座は土の星座と、火の星座は水の星座と相性良くないて書いてあんねや!だからな天人、アンタの意見を聞かなアカンのや!アンタ乙女座で土の星座やろ、水とも土とも相性バッチリやし、アンタは誰が一番好きなんよ!」
「この本があたってるかどうかの瀬戸際なんだから協力しなさいよね!」
「せやで!外れてたらどないすんねん!」
「星占いは女子の必須アイテムだし!」
「せやな、必須や!」
「大事なことなんだから、サッサと答えなさいよね!」
「正直に言わんかい、天人!」
―――主旨がずれた。
天人はすっかり閉口して、まくし立てる緋那子と亜衣梨を眺めている。
土の星座と風の星座は相性が良くないらしい。
それは異性間だけの話だろうか、同性はどうなのだろう。
(けど、星占いってなあ)
どうこの場を収集したものか、困り果てる天人に降って湧いた奇跡のように、涼やかな声が周囲の喧騒すら打ち消す潔さで届く。
「天人!」
ハッと振り返ると、離れた場所で佇む怪訝な表情の大和の姿を見つけた。
「ヤマト!」
「揃いも揃って何の騒ぎだ、一体何をしている―――」
言葉を待たず、天人は机の間を駆け抜けるようにして大和の元へ急ぐ。
後ろでは緋那子と亜衣梨が騒いでいるが、一切無視だ、飛び込むように傍へ辿り付くと同時に大和のコートを捕まえた。
「俺に用事だろ?ヤマト!」
「そ、そうだが、どうした天人、何をそんなに慌てて」
「了解了解、それじゃ行こうか、喜んで手伝うよ、俺に出来ることなら何でも言って!」
「ああ、無論君ならば易かろう案件だ、しかしどうした、内容も聞かずに了承するなど、君らしくな」
「いいから!」
パッと手を取ると、僅かに驚いた様子の大和は、不意にクスリと笑った。
それから騒ぎを一瞥して、急に物分り良く「行こうか」と歩き出す。
―――勿論、天人と手を繋いだまま。
一方の緋那子と亜衣梨はまだギャンギャンがなり立てていた。
「卑怯やで、天人!」
「逃げる気!」
「待ちや!戻ってこんかい!こらぁ!」
「天人!」
しかし二人が司令室から出て行ってしまうと、それぞれ憤慨した様子で近くの机の上に飛び乗るように腰掛けて、フウーと荒い息を吐き出し腕組みする。
「なんやねん、アレ!」
「乙女座と双子座ってどうなの!相性いいの?」
「知らん!」
振り返った緋那子が「イオちゃん!」と荒っぽく呼びかける。
維緒は慌てて椅子から立ち上がった。
「は、はい!」
「ちょお、調べてんか!乙女座と双子座、どないやねん!」
「え、ええっと」
慌てて本の頁を追う様子を緋那子と亜衣梨が瞳をギラつかせながら見ていた。
それを傍で眺める史が、いやーと楽しげに呟き、ニヤニヤ笑う。
「大変だねえ、ま、アタシはどうでもいいけど」
「うふふ、当たるも八卦、当たらぬも八卦だものね」
「いや、オトメ、その表現は間違っていると思う」
「あら?」
「それにしても、局長もタイミングよく現れるよねぇ、ひょっとしてどこかでずっと見てたとか、天人監視されてるんじゃなーいのー?」
「フミ、滅多な事を言うものじゃない」
「そお?ありえそうな話だけど、ねートメさん」
「そうねえ、ヤマトさんは、天人クンのこと大好きだものねえ」
「そそ、ピンチを助けに来たんだわ、アタシとしてはもうちょっと盛り上がって欲しかったけど」
「マコトさんも天人クンのこと大好きよね」
「オトメ!」
再び顔を赤く染めた真琴が声高に叫び、乙女は一見悪気無さそうにニコニコしている。
史が更にヒューウとからかってひやかしを加えるので、乙女も遂に楽しげに笑い出して、反対に真琴はすっかり黙り込んでしまった。
和やかな雰囲気と真逆の殺伐とした二人に今かと待たれるプレッシャーに耐えかねるように、維緒が「分かりましたよ」と恐る恐る口を開いた。
「そうか!どないや!」
「結局どうだったの、イオちゃん!」
「え、えーっと、乙女座と双子座は、相性自体はあんまりよくない、です」
「さよか!」
「やっぱりね!男同士でもそうなんだ!」
「でも、同じ水星を守護に持つから」
「ん?」
「え?」
「どちらも知的好奇心が強くて、話題が合えば誰より深い関係が結べます、って」
『は?』
緋那子と亜衣梨、二人の声が重なった。
維緒は気まずそうに口ごもり、そっと占いの本を閉じる。
「話題、ねえ」
机からぴょんと飛び降りながら、不意に史が口を挟む。
「今なら事欠かないんじゃない?なんたって共通の敵と戦ってるわけだし」
「そうね、ヤマトさん、よく天人クンに助言を求めたりしてるわよね」
「常々思っているのだが、その、白羽と局長は考え方に似通った部分がないだろうか」
「んー、どっちも合理的で実用重視だから、確かに似てるっちゃ似てるかも」
「そうね、たこ焼きの話でも、盛り上がったりしてるわよね」
途端、なんやねーん!と叫ぶ緋那子と、なんなのよー!と叫ぶ亜衣梨の声が同時に会議室内にこだました。
「ヤマトめ!やっぱり捨ておけん!」
「ていうか峰津院さん超空気読めないし!」
「こらアカンな、占いを証明するためにも、何か手を打たな!」
「そうだね、とりあえず話題を潰さないと」
「セプテントリオンやな!」
「絶対全部ぶっ潰す!」
「ネタが無くなれば、自然と話も噛み合わんようになって距離置くやろ!」
「元々は相性悪いんだしね!」
「せや!よう言うたバン子!やったるでえ!」
「峰津院さんなんかに好き勝手させないんだから!」
荒々しくヒートアップする二人を、史はニヤニヤと、乙女はニコニコと、真琴は額を抑えて眺めている。
そして一人、最期まで不毛な騒ぎに参加しなかった維緒は、気付かれないようにそっと溜息を吐いていた。
(占いは結局占いでしかないんだよ?)
そう告げられない臆病な自分に多少辟易しつつ―――星占いの本は二人が気付かないような場所に片付けてしまおうと心に誓う。
(見つかったら、また大変なことになりそうだし)
しかし、実際乙女座男子は誰と一番相性がいいのだろう。
―――こっそり詳しく調べてみようか。
誰もが口にせずそんな事を思ったかどうかは、星のみぞ知る。