時計の針と暫く睨み合っていた天人は、よし、と呟いて椅子から立ち上がった。

現在23時50分ジャスト、10分あれば十分過ぎるけれど、遅れてはいけない。

そういえば昔はよく両親が同じような事をしてくれていたなとふと思う。

しかし、いつからだろう、当日に宅配業者が届ける荷物をただ受け取るだけの行事となってしまった、変化を不満に思ったことはないけれど、そこはかとない物悲しさを覚えていたのも事実だ。

懐かしく思いを馳せている間に一分経ってしまった。

慌てて、天人は部屋を出る。

今頃自分の元を訪れないという事は、恐らくまだ執務に忙殺されているのだろう。

加えて、大和の性格を鑑みるに、こうした記念日に積極的とも思えない、忘れている可能性すらある。

(というか、元々周りが騒ぐイベントだよね、どちらかといえばさ)

数億分の一の出会いに感謝し、同時に、生まれてきた喜びを分かち合うための日。

既に過ぎたこれまでの6月10日分、祝ってやりたい。

―――足音で気付かれそうだ。

部屋に近付くほど極力忍び足を心がける、この辺りは今頃通りがかる者などまずいないから誰に見られる心配もない、天人は内心泥棒みたいだなと今の自分に苦笑する。

扉の近く、監視カメラのぎりぎり範囲外で立ち止まり、さて、と再び時刻を確認した。

23時58分、もう間もなく頃合いだ。

脳内カウントを開始しつつ扉に手を伸ばす、ロックを解除して、ノブに手を掛けた。

事前に在室確認は済ませてあるから、まさか、扉を開いて誰もいませんでした、みたいな事にはならないだろう、その様子を想像するとあまりに間抜けで僅かにためらうが、自分から連絡があった以上、大和は察して部屋にいてくれるに違いないと、半ば確信に近い思いと共に手に力を込める。

大和の好意を当て込むのもすっかり自然な行為となった。

良い、悪いの区別はさておき、それはお互いの想いに比例する慣習なのだから、気にも留めない。

大和だっていつでもこちらの好意を当て込んでいるのだから、お互い様だ。

だったら、来室の理由も簡単に見過ごされてしまうだろうか。

そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。

意外なところで鈍いんだよな。

(まあ、俺も人のこと言えた義理じゃないか)

ゼロのカウントと共に扉を開き、勢い良く部屋へ飛び込んだ。

大和が執務する机のある方へパッと目を向けると、組んだ両手の上に顎を乗せるような格好でこちらを眺めていた姿がすうと瞳を眇めて、呆れたような声を漏らす。

「何をしていた」

「え?」

「あれで隠れていたつもりか、全て見えていたぞ、カメラを切り換えて君の姿を確認していた」

天人は苦笑いを漏らす。

加えて、部屋近辺に設置されたセンサーを指摘されて、ああそうだったと今更のように思い至った。

「そういやそうだったな、じゃあ全部お見通しってワケか」

「いいや、見通せていないものもある」

溜息交じりに首を振り、立ち上がった大和が微かに微笑んだ。

ふわり、と穏やかに浮かべられた笑みは、殆ど誰も見る事の叶わない表情だ。

こんな風に笑うことも出来るのかと思った頃が懐かしい。

かつて大和の心はそれだけ閉ざされていて、けれど、今は自分にだけ許してくれるようになった。

それはまるで大和の心を独占しているようだ、向けられる好意が素直に嬉しい。

「君の目的がいまだ不明だ」

防音と衝撃吸収加工を施した床上で、大和の靴音はあまり響かない。

濃灰色の瞳は真っ直ぐ天人を見詰めたまま、どこか性急に近付いてくる。

「今頃何用だ、天人、部屋で待っていればもう間もなく片が付く、君自ら迎えにでも来てくれたのか」

「はは、誰かさんじゃあるまいし、そこまで切羽詰って無いよ」

「相変わらずつれないことだ、まさか仕事の用でもあるまい、では君は何のため私の元を訪れた?」

「おめでとうって言いにさ」

「おめでとう?」

パクンと開いた携帯電話で確認すると、日付はとっくに変わっていて、現在0時5分、今日最初の言葉を大和と交わした。

「誕生日だよ、大和」

天人は携帯電話をポケットに突っ込み、ニコリと笑って両手を広げた。

「おめでとう!大和!」

「―――そうか」

僅かに呆気にとられた姿が、漸く合点がいった様子で呟き、微かに頷いた。

そうしてまた瞳を眇めると、もう手の届く距離まで近付いていた両手を伸ばして、天人を捕まえる。

「そうだったか」

大和は腕の中に天人を抱き寄せて、耳元でクツクツと笑い声を立てた。

「なるほど、それが目的か、流石に見抜けなかった、思いもよらない回答だ」

「お前、誕生日忘れてたんだろ」

「興味無いからな、誕生日など、年齢を図る基準点でしかなかろう、取り立てて祝う必要もあるまい」

「誕生日祝ってもらったことないの?」

「いいや、不本意ながらある」

顔を上げると、至近距離で濃灰色の瞳と目が合った。

大和は苦笑しながら、子供の頃は祝ってもらった、とどこか恥ずかしげに答える。

「ごく幼い頃、回りの者達が勝手に祝っていたな、しかし、ここ数年は見え透いた下心と共に贈答品だの世辞だのを押し付けられて、漸く思い出す程度であった」

「それって寂しいな」

「フフ、それは本心からの言葉か、天人」

無論、本心だ、誕生日にかこつけたご機嫌伺いしか貰えないなんて寂しすぎると思う。

けれど大和は見抜いているのだろう。

天人が、大和にとっての誕生日の意義を、正確に理解していることに。

だから天人も苦笑を返して、俺だったら寂しい、と付け加えておいた。

「相変わらず聡明だ、君のように有能で理解ある人物と親しく在れて、私は幸せだよ」

「そうだね、キスする程度には親しいか」

「キスだけではなかろう」

唇が触れ合う。

大和は天人の顔を覗き込むようにしながら、囁くように「ありがとう」と微笑んだ。

「天人、本当に君は流石だな、私にとって大した意味を持たない日に、こんなやり方で価値を与えてしまうのだから」

「それは大げさだよ、大和、こんなのは誰でもやってる、それに元々価値はあるんだ」

「生まれてきた日という以外に、どのような意義があると?」

「それ以上の価値や意味って必要?」

不意に黙り込んで、大和はクツクツと笑い出した。

「なるほど、価値観の違い、というわけか」

「当たり前の事に価値があるんだよ、俺はそう考えてるよ、大和、こうして生きて、今、大和と一緒にいる、それだけで殆ど奇跡だ、毎日奇跡の連続なんだ」

「よくそう臆面もなく口に出せるな、君、まさか酔っているのか?」

「酒は呑んでない」

「だろうな」

大和は唇をペロリと舐める。

「酒気は感じなかった」

「俺はね、大和、大切な人の誕生日は、思い切り祝いたいんだ、出逢えて嬉しい、好きになってくれて有難うって伝えたい、今日はそのために用意された日だって考えてる、普段はなかなか、口に出せない事だから」

「フフ、確かに、日頃から君にそう可愛らしい事ばかり言われては、私も到底持ちそうにない」

「茶化すなよ、分かるだろ?結構真剣なんだ、今凄いドキドキしてるし」

「恥らう様子も愛らしいな」

「年下の分際で生意気言うな」

「おや、今だけは君と同い年だが」

そうだった、と呟いて、天人は笑う。

大和も笑っていた。

「9月の君の誕生日までは、君に年下扱いなどさせん」

「一年の差は埋めようがないだろ」

「詭弁だ、年齢だけ見れば同列だ、それ以前の問題で君は年功序列に興味など無かろう、知っているぞ」

「それでも大和は普段偉そうだから、一つ下だって思い知らせておかないと、俺の沽券に関わる」

「口だけは減らない、フン、一体何を思い知らせておくのやら」

今度は噛み付くようにキスをされて、どこかムキになっている様子に天人が声を立てて笑うと、大和は少し悔しげに、それでも、笑顔で天人をギュウと抱きしめた。

「君、名残惜しいが、あと少し待っていてくれ、仕事が残っている」

「分かった」

「助かる、済み次第部屋へ行こう、今夜は君にたっぷり祝ってもらわねば」

「本番は明日だよ」

「フフフ、これ以上どんなサプライズが用意されているのだろうな、全く心躍る」

離れ難い思いと共にスルリと腕が解かれ、互いに見詰めて微かに微笑み合うと、大和はすぐ踵を返して執務机に向かう。

背中を見送り、天人も傍の来賓用ソファに腰を下ろした。

執務に取り掛かる大和は妙な気迫に満ちていて、恐らく、一分一秒でも早く済ませようとしているのだろうと、分かってしまうからつい苦笑が漏れた。

ソファの背に体を預けて目を閉じようとすると「寝るなよ」と釘を刺す声がする。

目を向けて「寝ない」と答えると、「寝たら仕置きだ」と返ってきた。

天人は溜息交じりに瞼を閉じる。

眠くなるはずない、大和に、今日までの『ありがとう』を伝えるのだから。

―――誕生日おめでとう、大和。

これから毎年、何度だって伝えよう。

胸に沸き起こる暖かな思いをどのようにして伝えようかと、浮かんだ笑みと共に開いた瞳を執務机の向こうに見える姿に向けると、天人はそっと微笑むのだった。

今日は思い出に残る一日になりそうだ。

 

 

そして2012年6月10日のお誕生日イベントに続きます!

皆さんの愛でヤマトに素敵な誕生会を開いてやってください〜♪