「いやあ、いやあ、なんつーか、楽しいねえ」
傍らでニコニコしている大地を見て、天人も笑みを滲ませる。
少しずつ復興を遂げつつある市街地の視察は、正直楽しめるようなものでもないけれど、気の置けない幼馴染同士、こうして出かけるのは久々で、だからどうしても心が浮かれてしまう。
ポラリスへの謁見を果たし、世界は新たな秩序の元、再生された。
しかしそれはあくまで消滅した部分が充填されただけであって、損なわれた風景や、死んでしまった命までは戻らない。
世の摂理とはいえ無常を覚えずにいられないけれど、過去を振り返っている暇すらない状況だ、そして、天人たちはアカシックレコードに関与した者の責任として、こうして世界再興の中核を担う立場で尽力している。
まだまだ何年も掛かるプロジェクトだが、幸い、というか、混乱に乗じて出現した悪魔が消滅しなかったため、その力を用いて作業自体の進行は比較的スムーズだ。
反面、悪さをする悪魔達を、こうして時折、市街視察の名目で成敗して回っている。
「天人と二人の任務って、めっちゃ久々じゃない?うは、こう言っちゃなんだけど、ちょっと楽しいかも」
「そうだな」
「お前ってば最近いつでも大和と一緒だろ、何っつーか、専属?」
「どっちが」
「そりゃキミぃ」
どっちだよと掴みかかって髪をぐいぐい引っ張ると、言わせるなよと大地が喚いて暴れる。
天人はそのまま押さえつけるようにして脇やら腹やら散々くすぐり倒してやった。
子供の頃からしょっちゅうこの手の取っ組み合いをしてきた。
大地もギャーギャー騒いでやり返してくるので、お互い遠慮なくじゃれ合っていると、少し離れて様子を見ていた同行中の配下の一人が「あの、そろそろ参りませんと」と声をかけてきた。
「あ、そうか」
「おりゃ、隙ありぃ!」
腰の辺りに食らい付いてきた大地の頭に一発見舞い、いい加減にしろ、と叱りつける。
「いってえ、なんだよう」
「一応、仕事中なんだから、そのくらいにしとけ」
「あらヤダ真面目ぶっちゃって、そんなこと言って、引き分けに持ち込もうとか考えてるだろ!」
「考えるか、お前との決着は後で必ずつける」
「お、言ったな!」
普段ならおとなしく引き下がるはずの大地が、ここまでしつこく絡んでくるのは、二人で会うのが本当に久し振りだからだ。
最近、大地の指摘どおり、天人は大和に拘束されっぱなしで、自由時間自体あまりない。
それを不自由とは思っていないけれど、常時苦労はひしひしと感じている。
とにかく色々容赦ない、だから、大地に会って随分気が紛れた。
他の誰かであってもそれなりに安らいだとは思うけれど、やはり、気心の知れた幼馴染が一番だろう。
天人のそういった思いを言外に汲み取ったらしい大地も、嬉しそうに「忘れんじゃねーぞ!」と天人の背中をバシバシ叩く。
「痛い、やめろ、吸うぞ」
「うえっ、それだけは勘弁!」
仰け反って逃げ出す大地を天人も追いかけて走る。
「やーだー!お前の吸魔マジ半端ねーんだもん!俺はあの日を忘れていない!」
「先に殴りかかって来たのお前だろ!話し合いとか、なかったじゃないか!」
「だってだって!後ろでヤマトがスゲー怖い顔してたんだぞ、無理じゃん!」
「ヤマトの事は、気にするな!」
「できるかー!」
突然影が飛来する。
慌てて立ち止まった大地は、尻餅をつかなかっただけ成長したのだろう。
天人もその場で空を見上げた。
碧空に黒い翼を広げて威嚇する悪魔が計3体。
「で、出やがったな!」
「これで全部か?」
「まだどっかに隠れてるかも、けど、とりあえずやっちまおう、まあお前がいれば俺は安泰」
「バカ、ダイチも戦え、先に言っておくけど、お前のピンチなんか知らないからな」
「何それ、酷い!すっかりヤマトに感化されちゃったのね、前はそういうコト言わなかったでしょ!」
「言ってた」
「うん、言ってた、知ってます、天人普段から俺に厳しかったもんね」
悪魔が一羽、急降下してきた。
天人と大地は同時に飛び退いて、構えた端末からそれぞれスキルを発動させる。
電撃が翼を穿ち、大地の繰り出した拳で悪魔の輪郭が歪み消し飛んだ。
「うおっと、俺までビリビリするじゃないのさ!あぶねーだろ!」
「知らないって、言った!」
「お前ぇー!新田さんに言いつけるかんな!天人がヤマト化してるって、超怖い!」
「してない、気持ち悪いこと言うな!」
「してるっつーの、つか何よ、いいのかそんなこと言っちゃって」
一羽落されたのを機に、悪魔達は爆撃機よろしく次々と高速滑空して襲い掛かってくる。
同時に近くの廃墟から、更に数十体近く同種の悪魔が飛び出してきた。
やはり偵察隊と別に本体があったかと理解しつつ、それを見て「こええ!」と叫んだ大地にやるぞと声をかけて天人は悪魔の集団に突っ込んでいく。
「ホント、怖いモノ知らずっていうか、実はお前が一番怖いんじゃねーの、天人!」
少し遅れて着いてきた大地を見て、フンと鼻を鳴らした。
「今更!」
「もーやだ、お前と幼馴染ヤダ、チクショウ腐れ縁ばっきゃろー!」
「うるさい!最後まで気を抜くなよ、しっかり付き合え!」
「おうよ!コンチキショウ、当ったり前だ!こうなったらトコトンやってやんよ!」
「流石、それでこそダイチ」
「やっぱお前ちょっとヤマト化してる!怖い!前言撤回したい!」
「駄目!」
スキルを駆使して黒い翼を次々撃ち落す天人と呼吸の合った動作で大地がトドメを刺し、悪魔の数は見る間に減っていく。
そこから少し離れた瓦礫の影で、配下の一人が別の密名の元、ずっとカメラを回していた―――
「―――現地から報告は」
「はい、お二人はとても仲睦まじく」
途端肌をひりつかせるような殺気を覚えて、配下は多少ビクつきながら報告を続ける。
「息の合った様子で、間もなく片がつくだろう、との事です」
「確かに、楽しそうだな」
「はっ」
「何故諌めない、貴様達、よもや傍観に徹する気ではあるまいな」
「い、いえ、申し訳なく」
「無駄に活き活きとして―――アレはまるで分かっていない、久々に市井に出たいと言うから仕方無しに許してみれば、何だあの様は、私は遊興ついでに任を下したわけではないぞ、まして凡俗との交わりなど認められるものか、大体、私に似るのが気持ち悪いとはどういう了見だ、おのれ」
―――志島め、と続くので、配下は唖然とした直後にさっと青褪める。
とばっちりがギロリと目を剥いて睨みつけてきたからだ。
「今すぐ天人を呼び戻せ、後の始末はお前たちで片を付けろ、いつまでもアレにフラフラされては困る」
「はっ」
椅子をくるりと回し背を向けられて、配下はむしろホッとする。
姿が逃げるように退室した後、大和は改めてモニタを眺めながら卓をイライラと指で叩いた。
「志島に制裁を加えれば、天人は確実に報復を謀るだろう、全く煩わしい、何が幼馴染だ」
舌打ちを漏らす大和の心中やいずくんぞ。
そして同時刻、天人と大地は現地で久々の親交を温めあっていた。
「そっち行った!ダイチ!打ち漏らしたら殴るからな!」
「ちょ!怖いって!お前が怖い天人!どおりゃああ!」
「よし、でかした!」
「でかしたじゃねーよ、怖えーよ!何でいちいち脅かすのさ?さっきだって外したら蹴るって」
「もう一体!毟るぞ!」
「はいよ!せええい!って、じゃなくて怖いってば!脅かさないでよって」
「これで最後だ、ダイチ!分かってるだろうな!」
「うおお!も、もう、ヤダー!」
それだけなら見惚れるほど息の合った連携、真実見事な戦いぶり。
しかしサポートに徹している部下達の胃はキリキリと痛む。
大和から言伝を申し付かってきた部下はその場に吐血して倒れていた。
相手はナンバーツーの実権を有する人物とその親友、個人的な言いがかりを理由に諌められるものか。
―――頼むから、お願いだから、どうか我々を巻き込まないで欲しい。
数多の悶々とした思いを代弁するかのように最後の一体が今際の絶叫と共に消滅する。
天人と大地は掲げた手をパシンと打ち合わせて、互いの健闘振りを讃え合っていた。
褒められて調子付いた大地を天人が小突き、再び子犬のようにじゃれ合う。
その様子をモニタ越しに見ていた大和は液晶画面に鉄拳を食らわせつつリスク覚悟で制裁を決意し、後ほど医務室に運び込まれてきた数名を診察して「最近同じ症例の人が多いのよねぇ」と首を傾げる乙女の姿があった。
数日後。
実に数十名の胃が破壊される事件が勃発するが、それはまた別の話。