通りかかりの廊下に集合している面々に気が付いて、何事かと近付いた大和の怪訝な表情に、振り返った真琴がアワアワとたじろいでいる。

「きょ、局長、これは」

「あれ?局長じゃん」

「あらあら、ヤマトさんまで来ちゃったのねえ」

史、乙女の、上官に対する口の聞き方とは到底思えない台詞を煩わしげに聞き流して、なにをしているのだと尋ねた大和に、女に囲まれて鼻の下を伸ばした譲が「いやあ〜」ととぼけた声を上げた。

途端、パッと振り返った緋那子に頭を抱え込まれて「静かにしいや」と凄まれている。

「大きな声出したら気付かれてしまうやろ、アホか!」

「アハハ、ゴメン、ごめんなさい、ヒナちゃん、地味に痛い」

「痛くしとるんや」

「うん、あっこのままだと俺落ちちゃうかも、ねえ、ヒナちゃん、気絶するかもだよ〜」

「黙りや」

「うう〜ん」

くたり、と気絶したフリをする、二人のやり取りにいよいようんざり顔の大和は、もういいと間に割って入る。

一体何を見ているのか―――戸口から覗き込んで、そのまま目を奪われた。

 

鼻腔を甘い香りがくすぐる。

厨房に一人、随分集中しているようだ、これだけ堂々と覗かれているのに全く気付く様子がない。

白いエプロンを身に纏い、腕まくりして、三角巾を被った天人が黙々とボウルを抱えて腕を動かしていた。

彼の作業する台の上には様々な調理用具や食材が並び、恐らくは菓子の類を作っているのだろうと、それくらいは大和にも推察できたけれど、何を作っているかまではよく分からない。

 

「多分な、ケーキやねん」

緋那子の脇からニュッと身を乗り出した譲が「ケーキだね」と重ねて告げる。

「そうだね、ケーキだね」

ニコニコと維緒が答えて、隣で大地が何度も繰り返し頭を上下に振っていた。

「アイツ、料理好きなんだよね、んでアホみたいに上手いの、菓子とかも作っちゃうんだけどさあ、コレがもう絶品で、マジで調理師免許でも取ったら世界ランキング食い込んじゃうんじゃないかって」

「世界ランキングやて?」

そこに何故か啓太が食いついた。

すかさず緋那子が「料理の世界ランキングやろ」と額を突付く。

突付かれた啓太は「つつくなや!」と、しかし小声で凄んで、ムッスリ黙りこんでしまった。

史がニヤニヤ笑い、乙女がニコニコと微笑んでいる。

「しっかし、天人にこういう特技があるとは思わなかったよねぇ、いやあ、意外意外」

「そうね、でも、お料理上手な男の人ってステキだわ」

「まあ、確かに、最近料理男子て流行ってるもんなあ」

頷く緋那子は、そのまま、柱に噛り付くようにしている亜衣梨の後頭部にポンと手を乗せた。

「んで、バン子は何をそんなに腹立てとんねんな」

「べっべつに腹なんか立ててないわよ!」

クルリと振り返って突っかかる亜衣梨を牽制しつつ、緋那子はハイハイと笑う。

「アンタ、もしかして天人が料理得意なんが気に喰わんの?アタシより上手いとかないわ〜って?」

「ち、違う!なんでそうなるの!」

「バン子は案外古風やな、好みの男子は手料理で落すタイプっちゅうわけなん?」

「違うって、言ってるでしょ!」

突き出す両手をひょいと避けて、冷やかすような目の緋那子に、亜衣梨は地団太を踏んで背を向ける。

そして再び、食い入るように天人の姿を見詰めた。

「―――ただ、男子があたし達より料理上手って、どうなのよ、ちょっと悔しいじゃない」

その一言に、咄嗟に史以外の全員が黙り込む。

史だけは「別にいいじゃん」と不思議そうに呟いていた。

「うん、ジュンゴも料理得意、料理人は大体、男だよ」

不意に会話に参加して、けれど何のフォローにもなっていない純吾の発言に、譲がよしよしそうだねと頭を撫でる。

「でも、ジュンボくん、今はそういう話をしていないんだよね」

きょとんとしながら首を傾げた純吾を見て、更に苦笑いで「まあ、いいや」と肩を竦めた。

「この場はどう取り繕っても解決不可能でしょ、うん、天人クンが悪い、これでよし!」

「なにがよしやねん」

呆れ顔の緋那子が唸る。

そして、約一名を除く女子全員の溜息が重なった―――

 

「できた」

不意に、そう呟いて、クルリとこちらを振り返った天人が、柔らかな笑みを浮かべた。

一堂に会して堂々と覗き行為を行っていた面々は、ある者は慌てふためき、ある者は開き直り、ある者は興味のない素振りで、そしてある者は満面の笑顔を浮かべて、それぞれに反応したけれど、天人は特別誰の事も気に掛けた様子も無く、ただ「食べよっか」とだけ告げる。

「結構上手くできたと思う、こんな状況だけど、やれる限り頑張ってみたよ、みんな毎日お疲れ様だから、一緒に食べよう、ジプスの人たちも呼ぼう」

ワンテンポの間が開いて、満場一致で(イイネ!)と頷くと、仲間たちは一斉に料理室に傾れ込む。

出来上がったばかりのケーキをどう切り分けようか、私イチゴが乗っている場所がいい、そこは俺のだ、じゃあ私はこのクリームたっぷり乗った部分、アンタズルイで平等に分配や、等々の言葉が飛び交う中、集団からするりと抜け出した天人に、大和だけ気が付いた。

一人戸口に残っていた大和は、そのままニコニコと近付いてくる天人を迎えて、唇に淡い笑みを滲ませる。

「随分気の効いた趣向だな?士気の向上というわけか」

「そんなかしこまった目的なんてないけど、ちょっとくらい楽しい事があってもいいじゃない」

「暢気なものだな」

「俺がのんびりやなの、大和は知ってるでしょ?」

フフ、と笑った大和は、天人の手を引いて調理室の外に連れ出した。

戸口の陰に隠すようにして、抱き締めてキスをする。

そして、目を丸くして真っ赤に染まった天人の耳元で囁いてやった。

「―――私には、ケーキよりこちらのほうが士気向上に繋がるのでね、ごちそうさま、天人」

こら、バカ、と、慌てふためく姿も愛らしくて堪らない。

もう一度抱き締めようとすると、調理室から天人を呼ぶ声がした。

まるで逃げ出すように向かおうとする天人をすかさず引き止めて、素早くもう一度唇を奪い、今度こそ「なにするんだ!」と羞恥の募った様子で憤慨する天人に、大和は声を立てて笑う。

「仕方ない、今は許してやろう」

「ゆ、ゆるすって!」

「呼んでいるぞ、行かなくていいのか?」

「行くよ、行きます!」

フイッと後ろを向く天人の動作に合わせて、フワリと揺れた髪を指先で微かに梳く。

気付いたか分からないけれど、名残惜しく見送る姿は相変わらず動揺したままだった。

クリームよりもずっと甘い―――唇に残る感触をそっと髪に絡ませた指でなぞり、微かに笑った大和は、やれやれと呟きながら騒がしい調理室内に足を向ける。

仕草に、甘い香りが絡みつくように、漂っていた。

 

 

BGM夢パティ『夢にエール』、大和に甘いもの食べさせる話好きなんですよ…ホント楽しい…