うわ、と小さな声を聞いた気がして目を覚ました。

体温で温まったベッド、頭を枕に乗せ、横向きに眺めた風景に妙なものを見つけて、大和は眉間に皺を寄せる。

「―――天人?」

ちょこんと腰を下ろした人形サイズの人、覚えのある、黒く柔らかな癖毛にしなやかな肢体の少年がくるりとふりかえり、パチパチと瞬きを繰り返す。

暫く互いに見詰め合い、人形がぽつんと呟いた。

「縮んだらしい」

直後にガバリとベッドから飛び起きた大和は、風圧に吹き飛ばされて顔を顰めながら起き上った小さな姿を見降ろしながら、ワナワナと全身を震わせる。

「なんという事だ」

「うん」

天人は異常事態にも拘らず殊の外冷静な態度で「何でだろう」と不思議そうに呟いていた。

彼のこうした胆の強さを大和は大いに買っている―――のだけれど、こんな時でも君は落ち着いていられるのかと、今は妙に感心してしまった。

いや、感心している場合じゃない。

とりあえず自分も落ち着かなければと、大和は深く息を吐き、小さな白羽天人を見詰める。

小さい―――揶揄や侮蔑でなく、本当に小さい、おそらく十センチあるか無いか程度だろう、これほど緻密な造形、大した技術だと感心するほどに、そのままの小さな人、つまり小人。

大和は額を押さえてまだ寝ぼけている可能性を模索してみた、しかし、現実が小さな手で大和の膝に触れて「どうしよう」と尋ねるものだから、再び天人に視線を落とすと、ふうむと唸り声を漏らす。

「まず、君が小さくなった理由を追求すべきだろうな」

「そうか」

「原因が分かれば対策や解決法も自ずと見えてこよう、しかし、とりあえず思いつく事象は特に無い」

「うん」

「君はどうだ、天人」

「よくわかんないけど」

そう前置いた上で、天人は「龍脈かなあ」と呟いた。

「龍脈?」

「この間小さくして、ターミナルまで俺が持っていっただろ?影響受けたとか」

「バカな」

「うーん、でも、縮むっていったら龍脈くらいしか思いつかないし」

安直過ぎると呟いて、大和は腕組みをする。

「まあ、想定外どころか、尋常で無い状況だ、龍脈の可能性は視野に入れるべきだろうが、原因と決定するのは尚早だろう、他にも検討してみなければ」

「悪魔とか?」

「人を小さくする術など聞き覚えないが、あるかもしれんな」

「スキルを使ったりしてるから」

「魔力の影響か、ありえるな、それに、我等は一度神に謁見している、君が人の代表として変革の意志を告げたのだから、何かしら力の余波を受けた可能性も考えられる」

「それが今頃になって発現したっていうの?」

「ふむ」

何となく、大和は指先で天人の頬の辺りを突付いてみる。

うわ、と声を漏らして、天人が両手で指を受け止めるので、そのままコチョコチョとくすぐってやった。

「大和、くすぐったい」

首を傾げるようにして困っている天人に、更にもう一方の手の指で、今度は髪に触れてみる。

フワフワした癖毛を混ぜるように撫で回すと、やめろよと言って両手で頭を庇おうとした、更にその隙を突くように脇の下を指でくすぐり、逃れようとする動作を遮るように掌で胴を包み込む。

そのまま持ち上げると、大和の手にすっぽり納まった天人が、親指に両腕を掛けながら呆れた眼差しを寄越した。

「人形扱いするなよ」

ふてくされた口調が―――可愛らしくて、堪らずフッと笑ってしまう。

いかんいかんと心の声が諌めるが、どうにも我慢ならない。

もう片方の手を足元に添えて、丁度湯飲み茶碗を持つような形で天人を顔の近くに寄せると、改めて全身をじっくり観察してみた。

本当に精巧な人形の様だ、しかし、動いて喋って、そして白羽天人の意識を有している点において、変わり果てた姿ながらも愛しの伴侶と認識できる。

運命が必然として巡り合わせた唯一無二の半身、たとえ何があろうと真実は陰らない。

大和は改めて天人に注ぐ深い愛を認識しつつ、柔らかな癖毛に唇を寄せる。

仄かな温もりを覚えて、至近距離で見つめれば、小さな天人は頬を染めて「何するんだ」と困惑気味に顔を伏せるものだから、大和は堪らずフッと笑ってしまう。

「小さくても君だな、私の胸の高鳴りに些かの陰りもない、それに、君の良い匂いがする」

「バカ、どさくさに紛れて恥ずかしい事を口走るな、こんな小人にキスするなんて、大和は変態か」

「バカは君だ、天人、私は如何なる君であっても愛を誓えると証明したまで、随分縮んでしまったが、私の輝ける星は永久にただ一人、それは君だ、天人」

「まって、ちょっと落ち着け」

「フフ、君は随分余裕だな、つくづく惚れ直す」

天人が溜息を漏らす。

大和はもう一度キスをして、さて、と改めて呟いた。

「まあ君に何が起ころうと私の想いは揺らがないが、このままでは何かと都合が悪い、君と愛を交わすことも侭ならん」

「それだけが理由?」

「まさか」

答えて、ふと思いつき、パジャマの胸ポケットに天人を入れてみる。

予想通りすっぽり収まって、頭と両腕だけ出して見上げる天人に、大和は楽しげに肩を揺らした。

「ポータブルサイズというのも悪くないものだな、文字通りずっと君を手元に置いておけるわけだ」

「俺はメディアツールじゃないぞ、こんなの横暴だ、大和のポッケが住処だなんて」

「君が快適に過ごせるよう最大限善処しよう」

「そんなの嬉しくない、大体、俺なんか持ち歩いてどうするんだ」

「君は、なんか、ではないよ」

指先でクセ毛を撫でて、頬に触れ、軽く突付くと天人はその都度くすぐったそうに身を捩じらせる。

「持ち歩きできれば私は様々な懸念から解放されるだろう、それに、常時君と一緒だ、それだけで私にとって理由は充分事足りる」

「小さくなくても可能だろ」

「おや、君らしくも無い、現実的に無理な話と理解しているのだろう?」

「まあね」

スポンとポケットの中に見えなくなった天人の、温もりだけ感じる。

大和は掌を当てて、小さく息を吐き出した。

「だがまあ、やはり君は元のサイズがいいな、さて、どうしたものか」

再び天人がぴょこりと顔を見せるので、軽くパジャマの襟を摘んで取り出すと、枕の上に置きなおす。

すっかり人形扱いだなとむくれて座り込む天人を覗き込むように体を屈ませて、再びベッドに体を横たえた。

普段の大和は一度起きたら二度寝など決してしない。

ちまっと座っている天人に目を眇めてクツクツ笑う、大和の様子をじっと見つめていた天人は、ニコリと微笑んだ。

「大和が朝ノンビリするなんて珍しいね、今日はこのまま仕事をサボっちゃう?」

「フフ、魅力的な提案だが、そうも言ってられん、君を戻す方法を模索する間、暫くは私のポケットで大人しくしていたまえ、君の不在の理由は―――そうだな、急遽海外視察に出向した、とでもしておこうか、つじつまは合わせておくから安心して頼りにするといい」

「じゃあ、思いがけない休暇だと思って、のんびりさせてもらおうかな」

「ああ、それがいい、全く肝の据わった男だよ、その上理解も早い、つくづく惚れ直した」

「どうせ毎日惚れ直してるくせに」

「当然だ、あの日から私の心は君に捕らわれたままだよ、天人」

顔を赤く染めた天人が、急に立ち上がってトコトコと近づいてくる。

大和の唇に両手で触れて、そのまま、小さな姿がそっと寄り添った。

温もりが伝わる―――慣れ親しんだ感覚と違うけれど、確かなキスの喜びに、僅かに興奮しかけた大和の視界が突然(ぼふん!)と煙幕の様なものに遮られた。

「な!」

咄嗟に身構えた大和の目の前に、やがて、薄れていく煙の向こう、ケホケホと咽込む姿が現れる。

「あ、天人?」

目尻に滲んだ涙を拭い「え?」と答えた天人は、不意に自身の状態に気付いて「あれ?あれ?」と言いながら体中キョロキョロと見回すと、ポカンと大和に視線を向ける。

「戻った?」

「そのようだな」

見慣れた姿、聞きなれた声、まだ困惑している様子の天人を見詰めながら大和は起き上がり、問答無用で抱き締めた。

わっと上げられる声を肩の辺りで聞いて、腕の中の温もりと感触、そして、匂いを確かめるように目を瞑り、幾らか間を置いてから、顔が見える程度の距離を置く。

戸惑う天人の頬は赤く染まっていた。

上目遣いと共に小さく息を吐き、何するんだと問うから、そのままを答えた。

「確認させてもらった、確かに君だ、フフ、やはりこちらのサイズの方が都合いいな」

「そ、そうじゃなくて、なんだったんだ今の」

「ふむ、確かに異常な出来事だった、再発の可能性が無いと言いきれん以上、原因の追究はしておくべきだろうな、それと、一応君の健康診断を」

「俺からキスしたから、戻ったのかな?」

呟いて、天人は逆白雪姫、と付け足す。

「何だそれは」と大和が聞き返すと、一瞬きょとんとした表情が、くすぐったい笑顔に変わった。

「今度教えてやるよ、童話で、昏睡状態の姫が王子のキスで目を覚ますんだ」

「君が私の王子と?」

「逆って言っただろ」

大和は天人の青い瞳に映る自分の姿を確認しながら満足気に頷き、改めて、そっと唇を触れさせる。

「それなら、改めてこう言うべきだろうな」

「うん?」

「―――おはよう、天人」

目の合った天人が笑いながらおはようと答える。

奇妙な目覚めと共に始まった一日は、カーテンの隙間から特別な予感と共に朝の光をキラキラと投げかけるのだった。

 

 

※フィギュアサイズの天人と、ちっさい天人を愛でる局長とか、俺得でしかない予感…堪らん(笑