峰津院大和との出会いは、偶然か、必然だったのか、よく分からない。

以前の暮らしぶりのままであったなら、一介の学生でしかない天人が政府高官の大和と知り合う機会など到底持ち得なかったし、もし、自主的に講演会や勉強会に参加したとして(大和はその手のイベントを絶対催さないだろうけれど)果たして顔と名前を憶えられるに至ったか?―――可能性は限りなく低い。

しかし、世界規模で訪れた人類存続の危機という、およそあり得ない賽の目の元、二人は出会い、共に過ごすに至った事実は、既に奇跡の範疇と評しても過言ではないはずだ。

お互い、育ってきた環境も立場も違う者同士、興味は尽きず、話も尽きない。

ほう、と関心を寄せた大和に、天人はニコリと微笑み返した。

腰掛けているベッドのスプリングが軋んで、細身の身体が僅かに跳ねる。

「アレンジバージョンで、明太子を乗せたり、マヨネーズで和えた卵を乗せたりするんだ」

「なるほど、美味いのか?」

「勿論、ほら、マヨネーズは普通にかけるだろ?」

「ああ、だが、明太子が解せん」

「もうタコが入ってるじゃない、海鮮は相性いいよ、でも、俺は明石焼きも捨て難いんだよね」

「それはどういった料理だ?」

「たこ焼きの卵版って感じかなあ、丸い玉子焼きの中にタコが入っていて、ソースをかけずに、お出汁にでいただく」

「ほう」

「卵に粉や出汁を混ぜてね、銅製の型を使って焼くんだ、銅は熱の伝達がいいから、綺麗に焼きあがる」

「なるほど」

「明石焼きもフワフワしていて美味いよ、タコ以外にアナゴが入っていたりしてさ」

「アナゴ?」

「明石の名産品」

「ほほう、なかなか興味深い話だ」

「気になるなら、今度作ろうか?」

大和は瞳を輝かせて、本当かと身を乗り出してくる。

政府特務機関の局長などという大層な肩書きを持っているくせして、時折見せる年相応の反応がなんだか少しおかしい。

それじゃあ銅の焼型を手に入れなきゃなと笑った天人に、嬉しそうに微笑み返してくる、美形の粋を極めた大和の容姿は、それだけで光を放つように感じる。

平素、常に憮然としているか、見下すような薄ら笑いばかり浮かべているジプス局長の、こうした飾り気の無い姿は、本当の彼を見せてくれているようで、密かに嬉しくもあった。

「何だ」

向かい合った天人の心を読んだように、切れ長の瞳がスッと眇められる。

「何でも」

「君は時折、そうして物珍しげな目で私を見るな?」

「そうかな」

「ああ、そうだ、だが私からすれば、君のほうが余程興味深い、天人」

伸ばした腕の指先で、天人のあごをツッとなぞった。

「君のような者を、他に知らない」

「それは、そうだろ」

「フフ、何故?」

「この世は唯一無二の存在で溢れているじゃないか」

「バカを言うな」

フン、と、鼻を鳴らして、不意に吊り上げた口の端から皮肉屋の一面が覗いた。

「それは才ある者を指して使うべき表現だ、換えの利く有象無象に当てはまりはしない」

「同じ人間は二人といないよ」

「毛ほどの差異だ、取るに足らん、まして無能の個に意味も、価値すらない」

「前から聞きたかったんだけど」

「何だ」

「ヤマトの言う無能って、具体的にはどういう事なの?」

「大局に影響を及ぼさぬ者、保身にかまける権力者、依存を恥と思わぬ愚物、体面ばかり取り繕い、身勝手な主張を繰り返し、挙句、問題が起これば全て他者に押し付け、責任の取り方すら知らん、そのくせ権利だけは一人前に主張する、そういった自らを律し高める努力を放棄した怠惰で脆弱な者共全てが無意味で無価値な存在であり、故に無能なのだ」

「なるほどね、つまり、頑張らない奴に価値はないって事か」

「大雑把にまとめてくれるな、天人、そう単純な話ではない、人は生産力の有無や力の強弱で、その価値が決まると言っている」

「じゃあ、ヤマトは生産力ってヤツを、どういう風に捉えているの?」

「つまりだな―――」

大和の、議論好きで、案外話好きな一面は、あまり周知されていない。

付き合いを重ねる内に気付いたけれど、彼本来の性質は好奇心旺盛で、多分に柔軟性もある。

それを冷酷と評されるまでに至らしめた要因は、恐らくは育てられた環境にあるのだろう。

常に勝者である事を強いられ、甘えや妥協の一切を許されず、結果のみで判断されてしまう、そんな世界に置かれ続けていれば、誰だって真っ直ぐ伸びやかに育つわけがない。

折れるか、抗い続けるか―――大和の才気は自由な個性を縛り付け、代わりに多くの力を与えた。

代償、と、大和は思っていないだろう。

けれど天人には、大和が自由を対価に、現在の彼を築き上げたように思えてならない。

証拠に、大和は時折、恐らく本人も気付かずに見せることがある―――内に秘めた孤独な一面を。

その寂しげな瞳にどうしようもなく惹かれている。

自分にも覚えのある気配だから、気になってしまう。

「分かったか?」と講釈の終わりを告げられて、頷き返すと、大和は形のいい唇を僅かに綻ばせた。

「君は本当に呑み込みが早いな、理解があって助かるよ」

「大分噛み砕いて話してくれたじゃないか」

「まあそうだが、侭ならんものさ、皆が君のようであったらな、私の苦労も減るのだが」

「それなら、まず話し方を変えてみれば?」

「要らぬ世話だ、この程度の話すら解せん輩に語る言葉など持たん」

「やれやれ、ヤマトには通訳が要りそうだ」

「フフ、なら君がやってくれるか?」

笑いながら「いいよ」と答えた天人を、大和はじっと見つめて、またフワリと微笑んだ。

「そうか」

大和の瞳は常に生気で満ちていて、綺麗だ。

強い意志と力の気配を感じさせる。

藍が茜に変わりゆく刹那、明ける前の空色を思わせるような、淡いグレーの瞳。

指先が天人に髪に触れて、癖毛を玩ぶようにクルクルと絡ませる。

「くすぐったい」

竦めた肩の辺りにその手が置かれて、唇を重ねられた。

「君の瞳は美しいな、天人」

「え?」

「まるで海の青だ、あらゆる全てを飲み干し、新たに育む、生と死の根源、その色に良く似ている」

こういうとき、自分を見つめる大和の眼差しは、まるで恋人に向けられるもののようだと、いつも思う。

けれど、自分がどんな顔をして応えているか、天人自身いまだに把握できていない。

―――少なくとも恋慕の念を抱いて接しているつもりは無いけれど。

「凄いね、それ、ちょっと照れる」

「フフ、思ったままを告げたまでだ、君が言わせているのだよ、天人」

大和が自分の名を呼ぶ時、本当に、何より大切そうな声音を使うから、呼応するように胸が爆ぜてしまう。

バカみたいだ。

友達より濃くて、恋人ほどは甘くはない、けれど掛け替えの無い存在。

大和は俺をどう思っているのだろう。

同じ問いかけを滲ませた瞳で大和に見つめ返される。

天人も大和の髪にそっと触れてみた。

滑らかな手触りは、屋内灯の下で銀の光沢を滑らせながら、サラサラと指の間から零れて落ちた。

「俺も、思う」

「何をだ?」

「ヤマトの目の色、綺麗だなって」

「フフ、この姿は君にとって好ましいか」

「うん、大分ね」

「それは―――結構な事だ」

唇が触れ合う。

もう一度、二度。

互いの世界を繋げて、少しずつ広がっていく。

交わった輪の向こう側にはまだ知らない新しい何かが築かれていくのだろう。

けれど、それは恐らく容易ではない。

大和はまだ手の内全てを明かしてはいないようだし、天人も完全に心を許したわけではない。

探り合い、伺って、少しずつ踏み込みながら、やがて、結び合えたらいいと思う。

叶わない願いかもしれないけれど、望まずにはいられない―――何故なら、俺達は知り合ってしまったのだから。

どこか性急に求めるような両腕に抱き寄せられて、思わず笑いながら背中の中心辺り叩いてやると、困惑を孕んだ苦笑いが首筋に触れた。

「やめてくれ」

「どうして?」

「君に甘えたいわけじゃない」

「いいじゃない、年下なんだから」

「私にそんな戯言を吐けるのは君くらいなものだ、歳など、所詮生存の経過を計る数値でしかないだろう」

「でも一歳の差は覆せないよ?」

「すぐ追いつく、少なくとも来年の六月には、君と並ぶ」

「来年の六月、そうか、でもすぐまた追い越す、三ヶ月だけだ」

「君は九月生まれだったな、まったく、本当に口の減らん―――どうでもいい、それより私をよく見ろ、天人」

「見てるよ」

そっと腕を緩めて、大和の顔を覗き込む。

「いつも、見てる」

視線が混ざり合う。

予兆をはらんだ空色が、静謐な海の色と出会う。

「私も見ている」

境界からいずれ、世界を黄金に染め上げる明けの光が昇り来る。

それは世の摂理。

重ねられた唇は仄かに温かくて、全身がジワリと熱を帯び始めていた。

大和の肩越しから伺う風景を、ほんの数日前まで天人は知らずに過ごしていた。

そして天人が当然と思う世界の殆どを大和は知らない。

何もかも違う二人だけれど、互いを知りたいと願う、その心だけは多分同じだろう。

明日の光を大和と二人で見たい、と、強く想った。

地下にあるはずのジプス施設内、濁ったガラスが嵌められた、人工照明の照らし出す窓の向こうに、水平線を染め上げて昇り来る太陽の輝きを見たような気がしていた。

 

 

公式設定集発売記念ですが、方向性のよく分からん話になってしまいました。

誕生日ネタとジプスの描写ちょこっとだけ盛り込めたけど…謎。