峰津院大和がどうしてこれほど自分に執着するのか、白羽天人は理解できずにいた。
終末に向かい破滅する世界の、騒動の最中で偶然に知り合い、始まった関係。
運命。
そんなものが実際にあると思えないし、よしんば運命であったとして、果たして全ての事象をたかが二文字の言葉で片付けてしまっていいのか、甚だ疑問だ。
努力が全て報われるとは思わない、励んでも間違った道筋であれば破滅が待つのだろうし、手を抜いても正道であれば栄光に辿り着けるだろう、人生は曖昧で、適当に出来ていて、例えば蝶が羽ばたいただけで一国が滅ぶこともあるのだから、何が行く末を決めるのか、所詮人の身に知る術などない。
そういったオカルトの内に定められる賽の目を指して運命と呼称するのであれば、世界は神が用意したシナリオに沿って粛々と進む一幕の劇でしかなく、舞台に立つ諸々の存在に許されているのは精々アドリブを挟み込む程度だと知った地点で、運命の定義は失われる。
(なら、この状況は、まだ運命の範疇って事だ)
ジプス施設内の、あてがわれた一室で、ベッドに腰掛けて考えていた。
この出会いがもし運命なのだとしたら―――俺と大和はどうして引寄せられたのだろう。
大和は何も語らないから、天人には想像の範疇でしか、彼の半生を理解できない。
自分より一つ年下の17歳。
その若さで、国家機関のひとつを纏め上げる責任を負い、名家の嫡子で、現在は当主を務め、更には自ら掲げた理想を胸に、強固な意志と共に独力で突き進むだけの実力と精神力を併せ持つ。
並みの17歳では到底為し得ないだろう。
当然元の才気が優れており、加えて、環境が彼をそのように成らしめた。
(結構極端だよな、白か黒か、要か不要か、敵か味方か、何でも決め付けようとする)
歪んではいないと思う、しかし、大和は中庸を嫌う。
(いつも結果を求められていたんだろう―――俺とは全然違う)
天人の両親は、結果どころか、過程すら求めることはなかった。
乱暴な言い方をすれば、息子に興味が無かったのだろうと思っている。
問題を起こさず、病気にも罹らず、親の言う事をよく聞き、年相応の能力を獲得していれば良い。
突出した才や、人生において志すものなど無くても、手間さえかけさせなければ構わない。
実際構われていなかった、ネグレストの類では無く、両親は天人が生きていく上で快適な環境と何不自由ない暮らしを与えてくれたけれど、それだけだった。
息子に何も求めていなかった。
(ヤマトは、色んな人から期待されて育ってきたんだよな、きっと)
それが羨ましいとは思わない。
周囲の想いが重荷になる事も多々あるだろう、大和は折れずに、逆に強く逞しく育ったようだけれど、対価として歳相応に持っているべき何かをたくさん手放してしまったように見える。
そして、恐らくは大和が手放した諸々を自分は持っているが、天人にはその価値がよく分からない。
周囲と比較検討して、外側だけどうにか取り繕えていても、内面は常に戸惑い、揺れ動いている。
だからこそ、大和の強さに、素直に憧れを覚えた。
成るべき自身を見失わず、独立独歩を貫く姿勢は立派だ、そうありたいと願うけれど、自分には意志を支える能力も経験も足りない。
(そんな俺が、ヤマトに執着される覚えが、全く見当たらないんだけどなあ)
人工の光に手を翳して、軽く溜め息を漏らしてから、天人はおもむろにベッドのスプリングを軋ませて立ち上がった。
早朝から来襲した第五の侵略者アリオト対策のため、ついさっきまで駆けずり回り、今頃札幌では天人から成果を受け取った大和がパスパタ発動の手筈を整えているのだろう。
昼食も兼ねて、ジプス施設に戻ってきたけれど、食事を済ませて一人部屋で寛ごうとしてもこうして取りとめなく考え事ばかりしてしまって全く気が休まらない。
恐らくは、数時間後に激戦が控えている緊張感も、精神を高揚させる一因となっているのだろう。
(だからって、部屋で男のことばっかり考えているっていうのも、不毛だ)
やはり少し出歩いてこようと、中折れの携帯電話本体を開いて時刻を確認しようとした途端、着信が入った。
「はい」
「私だ、天人」
「ヤマト?」
淡々とした口調の中に親しみが込められている。
「どうしたの、パスパタ、準備できた?」
「いや、まだだ、だがじきに済む、その時は存分に働いてもらうぞ」
「了解」
電話越しに大和が笑った気配がした。
「天人」
「何?」
「今、どこにいる?」
「―――え?」
部屋で休んでいたよと答えると、そうかと返される。
世間話の様な会話に多少面食らい、思わず「なあ」と口を突いて問いかけていた。
「何でそんなこと訊くの?」
「―――他意は無い、気になっただけだ、屋内のようであったからな、一人か?」
「うん」
「そうか、昨日同様本日も朝から戦闘続きで、流石の君も疲れているだろう、今は休んでくれて構わないさ」
「ヤマトが頑張ってるのに、のんびりなんてできないよ」
「フフ、私を気遣ってくれるか、有難いことだ」
「当たり前だろ」
だって、と、言いかけて、不意にためらう。
出会ってから知り得ている限りで、大和が誰かと親しげにしている姿を見たことがない。
再び沸き起こる想いに、今尋ねるべきでは無いと思いつつ、天人は電話越しの大和に切り出していた。
「ヤマト」
「何だ?」
「ヤマトは、運命ってどう思う?」
「運命?」
怪訝な様子で黙り込んだ後、再び声が聞こえてきた。
「運命とは、定められたものでは無く、自ら選び、勝ち取るものだ」
「定められた道を?」
「違う、天人、君は根本的な勘違いをしている、いいか?運命というものはすべからく、言い訳に過ぎない、何が道を分かち、末に待つものを定めるか、それを運命などという安っぽい言葉に貶めることは出来ない、現在から過去、未来に至る世の摂理が存在したとして、取捨選択を行い進むのであれば、それは運命などという曖昧なものではなく、自らの意志そのものだろう、己が道程を賽の目任せにするなど愚かの極み、望みへ至るには自ら歩むより他に無い」
「そう」
「分かるか?」
「つまり、ヤマトは神様が運命を決めているんじゃなくて、自分で選んだ結果が運命になるって考えているってことで合ってる?」
「そうだな、そういうことだ」
「凄いね」
「フン、くだらん、何を言い出すかと思えば、そもそも君は何故そんな話を尋ねた?」
「ちょっと気になったんだ」
「何がだ」
「俺とヤマトが出会ったのは、運命だったのかなって」
大和は不意に黙り込んでしまった。
何か気に触るようなことでも言ったかと様子を窺っていた天人の耳に聞こえてきたのは、呆れているような、楽しんでいるような、不思議な気配を含んだ笑い声だった。
「―――全く」
ふう、と、溜め息を吐く。
「君という男は、本当に想定外だよ、思いもよらない答ばかり返される」
「そうかな」
「そうさ、では訊くが、君は私との出会いをどのように捉えている?」
「偶然?」
「そうだな、だが、必然でもあった、君はニカイアと接触し、悪魔召喚アプリを得てセプテントリオンと戦った、目的が同じなのだから出会いは必定、そうだろう?」
「ニカイアはダイチに進められたんだ」
「しかし選んだのは君だ、君は自ら選択し、行動した、それは君の意志であって、天の意志ではない、切欠を運命の類と捉えることは可能だろう、だが我々の出会いそのものは必然であった、私はそう考えているよ」
耳朶を愛撫するような声が、天人、と呼びかけてきた。
「君が私を選び、私が君を選んだ―――天の采配などではない、君が、君であるからこそ、私は君を求める、天人、もし君の思うような運命がこの出会いを定めたのであれば、その点に関してのみ、私も神に感謝を捧げよう」
「どうしたの、急に」
電話越しの声が急に黙り込み、暫くしてつまらなそうに鼻を鳴らす。
「風情の無いヤツめ」
けれど声は、少し笑っているように聞こえた。
「まあ、いいさ、いずれ君にも理解してもらおう」
「運命のこと?」
「いや、私と君の未来について、だ―――そのためにも今は長話をしている暇など無い、すまないが、そろそろ切るぞ」
「ああ、うん、悪いな、話し込んじゃって」
「構わない、改めて後程じっくり語らおう、では」
「気をつけて」
「フフ、君もな」
電子音がして、通話は切れた。
自ら忙しいと口にするのなら、何故今わざわざ連絡を寄越してきたのか、大和の意図が分からない。
話したかったのかなと呟いて、閉じた携帯電話をパーカーのポケットに突っ込む。
それが一番しっくりくる答えのように思えた。
「ヤマトが俺に執着するのは、俺がヤマトを選んだから、なのかなあ」
しかし思い当たる節は無く、彼に特別視されるような何かに心当たりもない。
(運命でひと括りにしておいた方が、まだ楽だ)
フッと息を吐いた。
いずれにせよ、俺たちはまだ互いに多くを知らないし、多分自分自身の心すら見えてはいない。
いつか大和の真実を見つけられるだろうかと、思い浮かべた姿に言い様のない恋しさを覚えて、胸騒ぎと共に思わず手を握り締めていた。
知りたいと願うこの想いこそが大和の示す運命であるのなら、自ら歩み寄っていかなければ。
部屋を出る前、目を閉じて、扉を開きながら再び見渡せば、世界は天人を待ち望んでいるかのようだった。