「と、いうわけで、出し物は喫茶店に決定しました〜」

うわーいと上がる歓声、教室内の誰もが今日から文化祭当日までを想ってソワソワしている。

高校入学して初めてのお祭り事だから無理もないだろう。

もっと学年が上がれば、それに応じた大掛かりな出し物の企画も通るらしいのだが、一年生は自クラス教室のみ使用が許可されているから、定められた範疇で目いっぱい楽しみたいという強い願いがその後のとんでもない展開を引き起こした。

―――そのため、全てのクラスメイトが手放しではしゃいでいるわけでは、ない。

「では、早速係りを決めていきまーす」

運営委員が教卓の上にドンッとダンボール製の箱を置いた。

それは三十センチ四方程度の大きさの正方形の箱で、天面に腕が入る程度の穴が開いている。

中身は委員が自らの放課後を犠牲にして必死に作り上げたクラス全人数分のクジだ。

改めて箱をザッザとよく振ってから、委員は教室内をぐるっと見渡してニッコリ笑う。

「現代社会は男女平等!学生の内から慣れておくのも悪く無いと先生も仰っておられました、そういうことで、担当配分は平等にくじ引きです!神の采配にその身を委ねましょう!食材確保及び調理担当10名!設備設置及び店内装飾諸々担当6名!後は全員給仕担当といたします!そして我がクラスの喫茶店はぁ、昨今の流行を考慮してぇ、メイドカフェといたしますのでぇぇぇ―――」

サッと頭上に箱を掲げた、委員の表情はいよいよ活き活きと輝いていた。

それは恐らく、面倒臭い書類関連の仕事を一手に担当している腹いせだろう。

一応クラス投票で上がった中からジャンケンで選出された人物だが、本人が納得入っていない以上そういうこともあるのかもしれない。

ちなみに委員はクラスの出し物に参加しなくてもいい。

「給仕を引き当てた奴は問答無用でメイドコス着てもらうんでヨロシクゥ!」

ウオーッと別の声が上げられる。

かくして、神のみぞ知るくじ引き大戦がここに勃発したのだった。

 

―――そして、文化祭当日。

ノリのいい女子、恥らっている女子、一生懸命頑張ろうと意気込んでいる女子。

そのどれもがとても可愛らしい。

テレビアニメのキャラクターから構想を得たメイド服は、フリルたっぷりのミニスカ仕様、ハイソックスが醸し出す絶対領域も麗しく、そこかしこに取り付けられたリボンがヒラヒラと揺れていて華やかな事この上ない。

配色は一応、格式高くモノトーンなのだが、それが逆に女の子本来の魅力を際立たせている。

多少の個体差はあっても、お陰で今日の魅力は全員数割増しだ。

開場前だというのに他クラスの男子生徒たちがちょろちょろと覗き見にすら来ていた。

そして、女子の着替えが終わり、花が去った後の室内にそそくさと入り込んで行く―――男子軍団。

誰も咎めないのは、彼らが決してヨコシマな物盗りで無いと知っているから。

再び教室からおっかなびっくり現れた男子軍団を見て、そこかしこでクスクスと嘲笑交じりの笑い声が上げられる。

「―――んだよォ」

「見んなよォ」

「っつ!笑ってんじゃねーよ!」

ついにゲラゲラ笑い出した他クラスの男子を、数名の少年達が殴りに走って行く―――メイド服姿で。

「これはなあ!男女平等って崇高な思想に基づいてんだ!いいだろ!流行ってんだろ!」

「け、けど、お前らが着るとキモイだけだぜ〜!」

「うっせえ!」

ガツンと殴りかかった男子生徒はラグビー部所属。

「やめろよ!」と慌てて止めに入ったバスケ部所属、身長178センチが、ラグビー部の肩を大きな手でむんずと掴んだ。

「あんまり暴れると、縫い目が解れるだろ!」

「リボンが解けるぜ!」

「カチューシャもずれる!」

「―――ああ、俺ら今日は一日、こうやって笑いモンにされるんだぁ」

「気にすんなよ!こういうの案外女子受け良かったりするから!な?」

「もう楽しんじまおうぜ、俺は、親が来ない事を祈るばかりだ」

「うちはデジカメ持ってくるって宣言されちまったぜ、ハハッ」

しょぼくれる男子生徒たちに混ざって、メイド服姿の篤郎もハアアとマリアナ海溝より深い溜息を吐き出していた。

「何で給仕引き当てちまうかなぁ、オレ」

その肩を、クラスメイトがバシッと叩いた。

「言うな!俺だって悲しい!」

「くじ運の悪さを今更嘆いたって仕方ないだろ、同じ穴の貉だ!」

「いっそ頑張ろうぜ、な?」

何の励ましにもならない言葉を聞き流しつつ、再び溜息が漏れた。

しかし―――

「あ、アツロウ!」

教室から飛び出してきた調理担当の柚子が、篤郎を見た途端顔を真っ赤にして爆笑する。

「ブーッ、アハハハハハハハハ!アツロウ、似合うじゃないアハハハハ!」

「うっせえ!ソデコ!わっ、笑うんじゃねえ!」

「アッハハハハ!これは傑作だわ、後で絶対写メらせてよね?」

「させるか!」

調理担当の柚子は、白のシャツにギャルソンエプロン姿で、頭に黒い三角巾を巻いている。

豊かな胸がさりげなく強調されるシルエットだ。

哀れな仲間の一人をあからさまに馬鹿にされているというのに、直接被害を受けている篤郎以外のスカートをはいた少年諸氏は彼女の姿に釘付けだ。

中にはこっそり、喉をゴクリと鳴らしている者すらいる。

「―――俺さあ」

メイド男子の一人が、そっと近くの同胞に耳打ちしていた。

「谷川には、絶対メイド服着てもらいたいと思ってたんだけどさぁ」

「おう」

「調理担当って聞いて、正直かなり打ちひしがれてたんだけどさぁ」

「おう」

「撤回すんわ」

「―――全面的に同意」

「ギャルソンいいよな!」

「シャツ、チョイ透けてるもんな?」

「アリだわ、アリアリ!」

そんな会話など露知らず、柚子は急にキョロキョロ辺りを見回して「ねえ」と篤郎に呼びかける。

「レンは?」

「え?」

途端―――周囲のメイド男子達が一斉にビクリと体を震わせた。

篤郎もギョッとした表情を浮かべて、何故か頬を染めると、モジモジと俯いてしまう。

「何よ?」

急に辺りが妙な雰囲気に包まれた事を怪訝に思った柚子が、理由を問い詰めようと篤郎に詰め寄ろうとした、その時だった。

 

ガラリ。

 

開かれた扉から現れた―――最後のメイド。

振り返った人々が次々に硬直していく。

女子は即座に頬を染め、胸の前で両手の指を組み合わせて「きゃ〜ん!」と一オクターブ高い歓声を上げ、何故か男子まで頬を染めて、それを気まずそうに隠そうとしつつ、抗いきれない視線がチラチラと向いてしまっている。

中には、少し前かがみになっているメイドの姿もあった。

すっかり言葉を失った篤郎の元へ、最終兵器はトタタッと小鹿のように軽やかな動作で駆け寄ってきた。

「アツロウ」

「あ、れ、レン―――」

世界に、これ以上メイド服の似合う少年は存在しないだろうと誰もが思うその姿。

それなりに背が高く、引き締まった体つきをしているのに、どうしてスカートが似合いまくっているんだろう。

フリルも、リボンも、神が彼のために創り給うたようにしっくりし過ぎている。

いや、それどころか、露になっている二の腕やうなじがあまりにセクシーで目のやり場に困る。

絶対領域に顔を挟んでスリスリしてもらいたい。

胸元のリボンを解いて白い肌を是非拝ませて頂きたい。

フリルで覆った秘密の花園をそっと覗かせて欲しい。

「俺、今の蓮見とならヤレる」と誰かが呟いていた。

トレードマークのヘッドホンを装着したネコミミメイド、もとい、和哉は、篤郎の正面に立つとその場でくるんと一回転して見せた。

スカートがフワリと広がり―――絶対領域が一層露になって―――

「どう?」

「ふ、ふえ?」

「オレ、似合うだろ?」

肩を竦めてクスッと笑う姿に、数人の男子生徒が卒倒し、同時に女子生徒たちの「キャー!」という黄色い悲鳴が上がった。

篤郎もあと一歩の所でどうにか踏みとどまって「ま、まあ、いいんじゃねえの?」と精一杯の応戦。

しかし敵は火力が違う。

篤郎の姿をじっくり眺めながら「アツロウもなかなかモノだね」なんて言うものだから、即座に耳まで赤く染めて「似合ってねーよ!」と声を上げると、スッと肩に指先の綺麗な手を乗せられて耳元で「食べちゃいたいかも」と囁かれ、撃沈された。

「オレの事も、食べちゃいたい?」

「う、あう、あ」

「―――後でこっそり抜け出して、この格好のまま、遊ぼうか?」

「あ、あそ、アソ、うえ?」

「ふふっ」

途端、パシーンと張り倒されて吹っ飛ばされる篤郎。

よろめく視線の先に見えた、顔を真っ赤に染めている柚子の姿。

「んもー!二人で何コソコソ話してるのッ、っていうかレン似合いすぎ!すっごくいいよお!ああもうワタシこのままいっそ危ない道に走っちゃってもいいかもってウキャー!」

―――そして再び篤郎は蹴り飛ばされた。

「もう!もう!何てこと言わせるの!レンのバカバカバカーン!」

「お、オレ、関係ねーじゃん」

げふっ

床に倒れ付した姿を若干の哀れみと共に眺めている和哉。

そして、その和哉に群がる柚子以下女子軍勢と、羨ましそうに指を咥えて熱い視線を送り続けている男子生徒および教員の面々。

目論み大成功。

運営委員は一人胸の内でときめきと共にそろばんを弾いていた。

「うちのクラスの全校売上ナンバーワンは頂いたも同然だな、フフッ」

呟いた声は神のみぞ知る。

 

「あ、そういえば」

「うあ?」

「ナオヤ見に来るって、オレとアツロウがメイドやるって話したら急に」

「マジか!?」

 

そして、災厄も続く。

その後の和哉と篤郎の運命は、兄のみぞ知る。

 

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