■転生後の直哉とネコちゃんの今とか、その辺りの蛇足。

 

 

「部屋は、とりあえず一緒でいいよね」

万魔殿の奥にしつらえられた、魔王の私室はただ広いばかりで簡素なつくりだった。

白で塗りつくされた空間に目立った装飾品など何もなく、部屋の中央に巨大な円形のベッドが一つ、傍に机が一つ、奥にはテラス付の巨大な窓があり、たっぷりとした薄布で覆われた向こうに景色が透けて見えている。

出入り口の正面、数メートルの空間だけ設けて、壁の端から端まで御簾の如く布で内と外を区切っており、入ってすぐは部屋の全てを窺えないようにされていた。

(以前と違うな)

以前の直哉が記憶している弟の私室は、この半分ほどの広さも無かった。

そこはどうなったのか尋ねてみると、狭くなったから移った、と、和哉はこともなげに答えた。

(過去に執着しなくなったのは良い傾向だ、着実に覇道を歩んでいるという訳か)

確かに以前より幾分貫禄が付いたように見える。

直哉は内心苦笑いを浮かべていた。

以前も何も、和哉は魔王だ、自分の不在期間中も神と渡り合っていたのだろう。

でなければ、今こうしていない。

過去が染み付いたままでいるのは俺の方かと、薄布を手で避けて直哉はテラスに出た。

眼前に広がる紅蓮の空と、その遙か下方であちこちくすんだ煙を立ち上らせる漆黒の大地に目を細くする。

(まさに万魔の住まう地か)

兄さん、と呼ばれて、振り返ると、窓の手前で照れたような表情の和哉がグラスを持って立っていた。

「その、ジュースでいい?」

「ワインはないのか?」

「まだ未成年だろ、ぶどうジュースならあるよ」

「見た目が子供と侮るな、俺はお前の兄だぞ」

「体の造りは子供だ、飲酒は発育に良くない」

「何」

「って、今だけは年上ぶらせてよ、俺もほら、こんな姿だからさ、一緒にジュース飲むよ」

戻ってグラスを受け取りながら、直哉はフンと鼻を鳴らした。

互いに掲げあった縁を軽く合わせる。

「改めて、おかえり、兄さん」

「長らく待たせた、弟よ」

やっぱりちょっと慣れないかも、と、困り顔がポツリと呟く。

「直哉って呼んでもいいかな」

「フフ、好きにしろ」

「え、それって、恥ずかしいあだ名をつけても構わないってこと?」

「お前が口に出して呼べる範囲のものであれば、俺は構わんぞ」

う、と呟き、閉口する和哉の様子を見て、これならばまだ当分はからかい甲斐がありそうだと直哉は楽しげにジュースを飲み干した。

 

「そういえば、家族は?」

知りたかった情報をあらかた聞き終え、今、直哉はベッドの上に座り、隣で寝転がりつつ話を強請る和哉を適当にあやしながらノートパソコンのキーを叩いている。

転生して自由が効くようになるまでの世の情勢などは戻る前に様々な手段を講じて入手していたが、それでも外部からのアクセスではやはり限界があり、戦線復帰した今、やることは山積みだった。

「先日政府から退避命令が来て、仮住まいに避難中だ」

国境を越えて作られた世界政府はどちらかといえば情報局に近い。

神と魔の戦いの起こりそうな地域を事前に住人に知らせ、場合によっては退避命令なども行う。

そうか、と小さく呟いた、声に気付いて、直哉は振り返り、和哉の頭をグシャグシャと撫でた。

「な、何するんだ!」

「お前がいちいち気に病むな、悪魔は人を襲わん、それに、天使もシェルターは攻撃しないだろう」

「でも、それじゃ直哉は」

「フン、安心しろ、移動中にはぐれて行方不明、という事になっている」

「そんな」

更に暗い顔をする弟を見て、兄は困ったように溜息を漏らしていた。

(甘いところは変わらずか)

魔王ともあろうものが、瑣末な事象に心を砕いても仕方あるまい。

「和哉」

見上げた和哉の額を指で弾いた。

「痛ッ」

「お前は馬鹿か、選択を誤るな、俺は、どちらか一方しか選べないのであれば、常にお前を選択する」

途端頬を染める、そういう所は相変わらずのままかと、愛しく思う。

和哉は「分かってるよ」と口を尖らせて、直哉の腰に抱きついてきた。

「俺だって、直哉に傍にいて欲しい」

「そうだ、俺達は、兄弟二人きりでいい」

「それ、アイツが聞いたらきっと拗ねるね」

「フン、知ったことか」

直哉は口の端を吊り上げる。

「和哉、愛している」

「今、言われると、ちょっと嘘っぽい、相変わらず意地が悪いな、案外嫌われてたんじゃないの?」

「フン、馬鹿を言え、両親は俺に過剰な期待を抱いていた、それに、女からも随分言い寄られたな」

「は?」

「体の関係も持った」

「うそ」

「当然ウソに決まっている」

なんだよ、と口を尖らせた和哉の髪を、そっと指で梳いた。

「もっとも、同じくらい奇異の目で見られていたからな、まあ致し方なかろう」

俺は規格外だからなと呟いた直哉を暫らく見詰めて、急に起き上がった和哉が、改めて肩に顔を埋めるようにして強く抱きついてきた。

「オイ、作業の邪魔だ」

「そんなのいつでもできるだろ」

「本当にお前は面倒な奴だな」

「それ、そっくりそのまま兄さんに返す」

そっと離れた二人の視線が結びあって、そのまま唇を重ねようとすると僅かにためらう仕草に直哉はどうしたと尋ねる。

「いや」

「何だ」

「―――ちょっと、まだ無理っぽい」

「何だと」

まさかと思うが―――股間に触れようとした途端、和哉はギョッと目を剥いて飛び退くように身を引いた。

「うわぁ!」

「和哉」

「え、ええと、その、まだ今の顔に馴染めてない」

―――何という事だ。

直哉は軽い目眩を覚えて閉口してしまった。

転生にまさかこのような弊害が伴うとは。

見た目で左右されるなど未熟もいい所だと、内心密かに溜め息を漏らす。

(ある程度期間を置いて正解だったな、この調子では、下手を打てば子供扱いされかねん)

和哉は困り顔の頬を染めてジッと直哉を見詰めていた。

もう何もしないと声をかけてやったら、ようやく恐る恐る戻ってきて、伺うように隣に座った。

「お前、今更俺の外見を気にするのか」

「だってさっき会ったばかりだ、いくら直哉だって分かってても、流石にいきなりは無理だよ」

「見た目で俺を判断しているのか?」

「そうじゃないけど、あっでも目と髪は変わってないね」

「だからこそ今この場にいるのだろう」

「そうだね、うん、確かにそうだ」

「まったく」

要らぬ憂いが増えてしまった。

共に過ごしていればそのうち慣れてくれるだろうが、心底呆れてしまう。

次生でもこんなやり取りを繰り返すつもりはないと、教育熱心な兄は躾の見直しを心密かに決意していた。

その兄の心中などお構いなしに、和哉は不意に熱っぽい吐息を吐き出して、ごろりと仰向けに転がった。

「直哉」

「何だ?」

「―――キスくらいなら、平気」

「尻軽な奴だ、見た目に馴染めないのではなかったのか」

「だって、それでもナオヤだもん、声もちょっと似てるからさ」

「お前まで前世を引きずってくれるな、そんなもの、俺だけで充分だ」

ノートパソコンを閉じて、傍らに置く。

今日はもうこれ以上作業などしていられない。

覗き込むと、愛しい姿は僅かに困った顔をして、目を閉じてから「努力する」と小さく答えた。

(やれやれ)

抱き寄せて唇を重ねれば―――待ち焦がれた蜜の味に胸が震える。

「和哉」

「―――続きは、もうちょっと慣れてから」

「具体的な期間を言え」

「分かんないよ、一年くらいかも」

「それまでお預けを食らわすのか、まったく偉くなったものだな」

呆れ気味に笑って、赤い顔の和哉をじっと見つめた。

何年経っても、いや―――幾億の時が過ぎ去ろうとも、お前はお前のままであってくれる。

うっすら瞼の上がった瞬間を逃さず、改めて、今度は思い知らせるようなキスをしてやった。

よく覚えておけ和哉。

姿形がどう変化しようとも、お前に捧げる俺の想いは変わることなどないのだと―――

 

「な、ナオヤ!」

「フン、知り合ったばかりの人間に口付けされた気分はどうだ?垢抜けない魔王サマ」

「う、うるさいな、イジワル言うな、散々待たせたくせに」

「仕方なかろう、これでも年齢からすれば上出来だ」

「じゃあ次は俺から迎えに行く、連絡ちょうだい」

「それは結構、自力で到達できる程度に育っていなければ後々面倒が多いだろうからな、お前は忘れかけているようだが、和哉、ここは既に人知の及ばぬ異界と化した地なのだぞ、まして魔王の居城とあらば、相応の力を有していなければ」

「大丈夫、ナオヤに手を出したら殺すって、皆にはよく言ってあるから」

「魔王らしくて結構、しかしやはり迎えは要らん」

「どうして?」

「お前の驚く顔を見る楽しみがなくなってしまう」

「―――やっぱり、俺のナオヤはイジワルなまんまだ」

 

 

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…補完し切れなかったけど、とりあえず幕引き。

 

えーっと

■ナオヤさんははぐれたと見せかけて事前に契約を済ませた悪魔を使役して戻ってきました。

■王様の部屋までフリーパスのヒントは神の呪いです。

■一人魔族化した仲間は…まあ、お好きに、あらかた想像ついてるだろう奴だよ!

■うちのナオヤさんは弟の最優先事項が自分であれば他は大概どうでもいい人です。