幼い声が、歌いながら、拙い手元でハサミを繰る。

その様子を傍らに座り、時折口も挟みながら眺めている兄は、いつもより少しだけ楽しそうな顔をしていた。

「にいちゃん、ちょうちんはどうやって作るの?」

「本を読め、お前がねだるから買ってやった物だぞ、書いてあるだろう」

「だって、兄ちゃんは知ってるかなって思ったんだもん」

「やれやれ、ほら、貸してみろ、ここをこう折ってだな」

指の長い、繊細な兄の指。

そこから生み出される色々な物は、いつでも弟の心を魅了してやまない。

兄が作ってくれた様々な玩具、日用品、料理や裁縫などもこなしてしまうのだから侮れない、パソコンのキーボードを目にも止まらぬ速さで叩きもする、魔法の指先だ。

兄は折り紙を折り、ハサミでちょんちょんと切れ込みを入れて綺麗に切り抜くと、最後に糊付けして仕上げたちょうちんを弟の目の前で摘んで見せた。

「こうだ、分かったか?」

「もういっこ!もういっこ作って!」

「自分でやれ」

「だって、兄ちゃんみたく格好いいの作れない」

「まったく」

溜息を漏らしながら、新たなちょうちん作成に取り掛かる、兄はいつでも自分に甘い。

それを知っているから、弟は傍らでニコニコと、自身でも拙いなりにちょうちんの作成に取りかかる。

紙の輪を繋いで作ったカラフルな鎖、様々な模様の切れ込みを入れた紙飾り、星型の折り紙、朝顔、何故かツルもいる、切り張りして造ったスイカ、カキ氷、柔らかな和紙を括って作った色とりどりの花。

そして、折って作った牽牛と織姫の人形と、同じく折り紙製の短冊。

今日は七月七日、七夕の星祭り。

年に一度しか逢えないという、空の二人が唯一共に過ごせる日。

空の、天の川に橋が掛けられるのだと学校で教わった。

家に帰って兄に話したら、鼻で笑われたけれど、しかし兄は笹と沢山の折り紙を用意していてくれた。

出張中の父の分も張り切るわよと母は夕飯の買い物に出ている。

笹は弟の身長よりずっと大きく、立派で、青々とした葉を茂らせていた。

今は庭に面した縁台に乗せてあって、時折薄手のカーテンが揺れるたび、温い風と共に爽やかな緑の香りがスウッと通り抜けていく。

煌々と灯る明かりの元、兄弟二人きりの居間は、楽しくまろやかな気配で満たされている。

「ほら、できたぞ」

新たなちょうちんに瞳を輝かせて、不意に、自分の手の中の不恰好なちょうちんに目を落とした弟の姿を眺めていた兄は、ひょいとつまみあげた弟作成のちょうちんをしげしげと眺める。

「ふふ、なかなか良くできているじゃないか」

「でもにいちゃんの作ったヤツの方が格好いい」

「当たり前だ、俺は兄だぞ、お前より上手く出来るに決まっている」

しょぼくれる弟の頭の上にポンと掌が乗せられる。

「だが、俺はこれが気に入った」

フイと顔を上げると、兄が目を眇める。

「お前なりの工夫がよく利いている、何より、これはお前にしか作れないちょうちんだ」

「ほんと?」

「ああ」

兄をじっと見詰めて、その目に偽りのない事を認めた弟はニッコリ笑う。

触れた手が何度も弟の頭を撫でた。

「えへへ、にいちゃん、くすぐったいよ」

肩を竦める弟に、兄は微かな笑い声を漏らした。

「オレね、もっと作る、本見て、いっぱい作る」

「そうか」

「にいちゃんも作ろ?」

「そうだな、沢山作ろうか」

―――それから、本を手本に工夫して幾つも笹飾りを作った。

弟がハサミに厭いてきた頃、見計らったかのように兄から短冊を手渡されて、今度は願い事を書き込むのに夢中になった。

その頃にはいつの間にか帰っていた母親が、兄弟の睦まじさに微笑みつつ、台所で楽しげに夕飯の準備に取り掛かっていた。

流しに水の流れる音、トントンとリズムよく刻む音、何かを炒める香ばしい香り、そういったものが部屋の中のまろやかな空気と調和して、心地良い一時を織り上げる。

「にいちゃん」

兄は、隣で弟を見ているだけで、自分の願いを短冊に書こうとしない。

「何だ?」

「にいちゃんは、お願いごとしないの?」

すると兄の薄い唇に、何か思うような笑みがフッと浮かんだ。

「ああ」

「どうして?」

「俺の願いは星などに叶えられはしない、それは、お前だけが叶えることの出来る願いだからな、短冊に願掛けなどしても意味がないのさ」

「オレ?」

「そうだ」

けれど兄は、なあに、と尋ねても、笑うばかりで答えようとしない。

いよいよ食い下がる弟に多少呆れた様子で「そのうちな」と呟いて、また笑った。

「そのうち?」

「ああ」

「いつ?」

「お前がもっと大きくなったら」

「どのくらい?」

「今の俺より大きくなったらだよ」

それはもっとずっと先の話だ。

今はまだ想像もつかない、けれど、いつかこの手も足もずっと長く逞しく伸びて、兄のようになったら、ちょうちんもうまく作れるようになるかもしれない、そしたら兄は今の話の続きを聞かせてくれるだろうかと、ほのかな興奮すら覚えて頬を赤らめた弟に、兄はクスリと肩を揺らした。

卓の傍らに肘を付き、マジックを握った弟の手元をひょいと覗き込んでくる。

「願い事はそれで全部か?」

「まだある!」

「欲張りだな、空で牽牛たちが呆れているぞ」

「だってオレ、お願いたくさんあるんだもん、えーっと、あとね」

「新しいゲームが欲しい?この間作ってやったばかりじゃないか、まだクリアしてないだろう、やれやれ―――ん?こっちは」

「わ!見ちゃダメ!」

吊るせばどうせ見られてしまうと兄に言われても、納得いかず短冊を抱き締めて首を振った。

台所から母が呼ぶ。

「夕食だな」

兄は首を巡らせて、食べ終わってから飾ろう、と立ち上がった。

「行くぞ」

「待って、あといっこだけ」

「仕方の無い奴だ、早くするんだぞ」

ポンと頭を一つ叩いて、兄は先に行ってしまった。

最後の一枚を真剣な表情で書き上げた弟は、それだけ別にして卓に伏せると、母の呼び声に応えて駆け出していく。

悪戯な風が、その短冊をフワリと浮き上がらせて、皿を食卓に置いた兄の足元に滑らせた。

気付いた兄は、うるさく騒がれては堪らない、と、弟に気付かれないように拾い上げた短冊の表に書かれた拙い文字を何気なく眺める。

「―――」

口元に淡い笑みが滲んだ。

そっと居間の卓に戻して振り返ると、まだ小さな弟は食卓に茶碗を並べてニコニコしていた。

胸に巡る感慨深い思いをそっと瞳の奥にしまいこんで、兄も食卓に戻る。

「にいちゃん、今日スゴイごちそうだね、食べたらいっしょにササかざろうね」

「ああ、そうだな」

「お母さんもいっしょにかざろう!ササ、でっかいから、全部かざれるよ!」

そうねと母が笑う。

「オレねえ、いっぱい作ったんだよ、ちょうちんとか、折り紙で、ちょうちんはにいちゃんも作ってくれたんだよ、ねえねえ、おりひめとけんぎゅうも天の川でササかざるのかな?」

「分かった、分かった、騒ぐな、席につけ」

弟はぴょんと椅子に座る。

向かい合って兄と、斜向かいに母も腰掛けて、揃っていただきます、と声を合わせた。

薄手のカーテンがフワリと揺れるたび、表の笹がシャラシャラと音を立てて、青く清々しい風が吹き込んでくる。

それは七夕に相応しい初夏の夜。

今頃天上の二人も束の間の逢瀬を楽しんでいるのだろう。

都内では珍しいほど多く星の瞬く空で、掲げられる願いはまるで地上の星のようにきっとどれも輝く。

全て叶えばいいのにと夢想する弟の姿を、兄は僅かに物思うような表情で見詰めていた。

 

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ネコちゃんが小学校低学年位の頃って、おにいやんは中学生くらい?

個人的に「にいちゃん」って呼ばせるのツボです、可愛い。