手を引かれて、足をもつれさせながら、やっと声に出して呼ぶことが出来た。

「ナオヤ!」

――背の高い姿が立ち止まり、振り返る。

「和哉」

グッと腕を引かれた。

バランスを崩した和哉を片腕で抱きとめて、耳元で囁く。

「静かに」

それだけで、和哉は動けなくなってしまう。

様々な想いが胸の中で渦を巻き、硬直する体を強く抱きしめられた。

すぐ肌に馴染む体温、気配―――直哉の匂い。

思わず目を閉じて、額を押し付けると、シャツ越しに確かな肉の感触と温もりを感じる。

「元気そうで何よりだ」

髪を撫でられながら、顔を上げる。

直哉だ。

見間違えようもない、この姿、声、表情、笑い方。

「ホント」

呟く声が震えてしまう。

「凄い久しぶりの気分」

―――思いもよらなかった、頼りない声に、恥ずかしくて頬が染まる。

直哉は揶揄するように微笑んだ。

「おや?青山で別れて、まだ三日しか経っていないだろう」

「もう三日だ」

「全く、お前はいつまでも甘え癖が治らんな」

構わず和哉は直哉の背中に腕を回す。

抱きしめて、兄の姿が、自分の弱い心の見せる幻でないと確かめる。

その想いを汲んだように、直哉は暫く無言のまま、髪を撫でていてくれた。

慈しむように触れてくる指先が、時折毛束を絡めて、梳る。

「随分痛んでいるな、しかし、思っていたほど臭いは無い」

「一応、綺麗にしてるから」

「フフ、この状況下で立派なものだ、流石我が弟、だが随分とやつれた」

「ナオヤのせいだ」

「そうかな?」

そうだ、と再び顔を押し付ける。

こんな話をしたいわけじゃない。

恨み言も、聞きたい事も、たくさんあったけれど、今はそんなことどうでもいい。

「ナオヤ」

会いたかった。

見上げた兄はクツクツと笑った。

「―――お前の考えていることなら分かる、だが、俺は、何も話す気は無い」

「どうして」

「話す気は無いと、言ったはずだ」

唇が塞がれる。

口答えは許さない、そう、視線で告げられた。

「今日は特別だよ、和哉、本来なら、俺はまだお前に会うべきでないのだから」

「どういうこと?」

直哉の端正な口元に淡い笑みが浮かぶ。

「褒美さ、和哉、今日は格別に頑張った、それに―――さっき俺を呼んだだろう?」

「なんで」

「さて?」

再び重ねられた唇の、隙間を割って口腔内に舌が入り込んできた。

「―――お前の事で」

濡れた唇をペロリと舐められた。

「俺に分からん事など、何もない」

抱きすくめられる。

シャツの裾から潜り込んできた掌が肌に触れた。

夏でもヒヤリと冷たい直哉の掌。

あちこち撫で回されて、体の芯からゾクゾクと快楽が這い登ってくる。

幼い頃からよく躾けられてきた和哉の体は、兄の求めに素直に応じて、熱を帯びていく。

「あ、あ、あっ」

鼻にかかる甘ったるい声。

伸ばした両腕で直哉にしがみ付いた。

和哉の体を片腕で支えながら、直哉は所構わず何度も唇を押し付けてきて、喉元を舐り、鎖骨を甘噛みする。

ビクリと跳ねた体をいなすように撫でまわされて、胸元の突起をしこり、その手が肌伝いに下腹へ進んでいく。

「な、ナオヤ」

不意に自分が今いる場所を思い出した和哉は、咄嗟に直哉を押し返していた。

羞恥が込上げてくる―――ここは宮下公園、つまり屋外、何度も睦みあった自室や、直哉の部屋ではない。

今更気付いて慌てだした弟の様子に、けれど兄はクスクス笑うばかりで、一向に愛撫の手を止めようとしない。

電気の供給が止まり、街灯の灯らない夜の公園、しかも茂みの奥で抱き合っている姿を、見つけられることはまずないだろうけれど、声や物音で気付かれる可能性ならあるだろう。

まして、園内には、避難してきた人たちが大勢いる。

篤郎や柚子も近くにいるかもしれない。

ベンチから和哉の姿がなくなっていると気付いたら、きっと探し回るだろう。

もし―――今の姿を、見られたら。

笑い声が耳朶を掠めた。

顎を摘んで唇を重ねられて、圧し掛かってくる直哉を受け止めるような格好で膝を折り、柔らかな草の上に押し倒される。

抵抗する和哉の手足を上手に封じ込めながら、半ば強引に、快楽を引きずり出していく。

露になった胸元をネロリと舌が這った。

暑い。

玉の様な汗が伝い落ちていく。

片手で器用にズボンの前を解くと、既にいきり立っていた和哉の雄を掌に納めて、ゆるゆると抜き始めた。

イヤイヤをする和哉を押さえつけて強引に唇を奪いながら、弱い部分を執拗に攻め立てる直哉の慣れた手つきに、次第に理性の抵抗は弱まり、遂には堪えきれなくなって、白濁した精を吐き出していた。

達した後の脱力感に体中の力が抜けて、ボンヤリ宙を眺める和哉の目の端から、涙が一筋伝い落ちていく。

(これが、ご褒美)

視界に薄く笑う兄の姿を見つけた。

(相変わらず、無茶苦茶)

直哉の傍若無人は、今に始まったことでもないけれど。

愛撫はまだ続けられていて、再びジワリとした熱を覚えながら、色々煩わしくなった和哉は大人しく直哉を受け入れようと、伸ばした両腕を背中に回した。

―――気持ちいい。

満足気な吐息が首筋に吹きかかる。

和哉も、満ちてくる快楽と悦びに、甘い鼻声で応えた。

ずっとこの兄から愛され続けてきた、念入りに、巧妙に、張り巡らされた糸に絡めとられて、今更抗えない。

同時に弟の自主性を重んじてきた直哉の教育は和哉の奥深くまで染み込んでいて、ただ無心に傾倒しているわけでも無く、和哉は和哉の意志で、直哉を慕っている。

「んっ、あ、ふぁ、なおや、なおやぁ」

こうして抱き合っているだけで安堵する。

直哉の瞳は、自分を見ているようにも、自分を通して他の誰かの面影を見ているようにも思えた。

けれどそのどちらも自分に違いないだろうと、何故か分からないけれど、和哉は確信にも近い想いと共に赤く輝く双眸を見詰め返す。

「和哉」

どこか幸せそうな、直哉の微笑。

口付けを繰り返しながら、尻の窪みに、さっき和哉が吐き出したものらしきぬめりを塗りこまれる。

「ふむ、やはり足りんな」

どこからか取り出したローションを足の付け根に盛大にかけられて、和哉はようやく自分が半裸である事に気付き、笑ってしまった。

「冷たい」

「我慢しろ、すぐ―――熱くなる」

直哉は、相変わらず直哉のままだ。

こんな状況に陥って、和哉の中でも妙な変化が起きたけれど、直哉は何も変わっていない。

変わらず、愛してくれる。

ふと見上げた空は緑の天蓋に覆われ、葉陰から覗く星明りが綺麗だった。

闇が深すぎて地上まで光は届かないけれど、確かに空にあり、輝いている。

「ねえ、ナオヤ」

「何だ」

「都心でも、星って、ンッ、結構キレイに、光っ、て、たん、だね」

「こんなときに星の話か?やれやれ」

ちゅ、と唇が触れ合った。

両足を抱え上げられて、尻の窪みに熱く張り詰めた先端を押し付けられる。

グッと内側に入り込んできた瞬間、思わず声が漏れた。

強引に犯された事は一度もない。

今も様子を窺うように、少しずつ、まだ僅かに硬さの残る内側を丁寧に解しながら、ゆっくり奥へと進められる。

「ちょっと、まだ、キツい」

「フフ、これくらいで音を上げるな、体の力を抜け」

「ん、わかっ、た」

肩で息を繰り返しながら受け入れようとする和哉の上に乗り上げて、片方の手で再び硬くなりつつある和哉の雄を抜きつつ、重ねた唇の間を割って口腔内を舐る。

流れ込んできた直哉のものをゴクンと飲み込んで、震える和哉の肩に手をかけると、最後は一気に沈められた。

繋がりあった部分が熱い。

強烈に直哉を感じる。

律動が始まると、和哉は両足を直哉の腰に絡めて、自ら甘い声でもっととねだった。

「まったく」

呆れたような声が、俺はお前をそんな破廉恥な弟に躾けたつもりはないぞ、と、嘯く。

直哉を見上げて、和哉は目の縁に涙を滲ませながら、口を尖らせた。

「オレに気持ちいいこと教えてくれたの、全部ナオヤじゃないか」

「確かにそうだが、お前はこの頃、俺の目を盗んで愉しんでいるようだからな」

「アツロウのこと?ナオヤ、ヤキモチ?」

「まさか」

グッと突き上げられる。

アッと声を上げた和哉に口付けて、兄は笑う。

「お前は俺のものだ、過去も、今も、未来永劫変わることなどない、嫉妬など無意味な感情は不要だ」

「本当に?」

「可愛げがないのはよくない兆候だぞ、和哉」

俄かに奥を乱暴に穿たれて、反らした喉元に強く吸い付かれた。

「痕が」

「お仕置きだ」

赤い目が笑う。

濡れた音が闇に散る。

口付けをねだると、兄は欲しいだけ与えてくれた。

ゆっくりと、ゆっくりと、意識が溶け出して、頭の中が白く染まり、やがて弾ける様な閃光と共に昇華した快楽が和哉を貫いて、奥深く流れ込んでくる熱と共に、直哉の下腹にもう一度精を吐き出していた。

肌の間でくちゃくちゃと滑る音を聞いて、服を汚してしまったかもしれないと他愛ない事を考える。

「随分出たな、溜まっていたのか」

「ん」

「まあ、無理もあるまいか」

あやすような口付け。

直哉はゆっくり立ち上がると、ボウッとしたまま寝そべっている和哉の体を拭いて、後処理を全て済ませてくれた。

服を着せられてから、近くの木に背中を預けるようにして座らされる。

見上げた和哉の前で膝をついて、唇を二度、三度、重ねられた。

「和哉」

多くの人に畏怖され、危険視される兄の、自分に向けられる眼差しを怖いと思ったことは一度もない。

わずかな光を反射してきらめく銀の髪に触れた、その手を逆に絡めとられて、指に口付けされた。

「いつもお前を見ている、この状況を生き抜いて、俺を追って来い」

「行っちゃうの?」

「ああ」

「一緒にいてよ」

直哉の唇に淡い笑みが滲む。

「甘えるな、和哉、人は自ら望み、道を切り開く稀有な存在、その可能性を放棄し、俺を失望させてくれるな」

「直哉の望みは何?」

「さて、なんだろうな」

骨ばった指先が頬をそっと撫でた。

「いずれ話す日が来る、それまで力を蓄えておけ―――だが、和哉、これだけは言っておこう―――俺の望みは、常にお前へと繋がっている」

和哉は思わずフフッと笑っていた。

「殺し文句だね」

直哉もクスリと口の端を吊り上げる。

「この程度で殺されるほどヤワでもあるまい、お前は、なかなかにふてぶてしいからな」

「兄さんに似たんだ」

「お前自身の気質だろうが、何でも俺の所為にするんじゃない」

多分これが今は最後の口付けと、離れていく直哉を見上げて理解する。

立ち上がった直哉は背を向けて、そのまま一度も振り返ることなく闇の向こうに歩き去った。

姿が見えなくなるまで見送り、気だるい身体を放り出して溜め息を漏らしていると、不意に真夏の最中にそぐわない冷たい空気が和哉の肌を撫でた。

「オマエ」

ひょっこり現れ、何食わぬ様子で隣に腰掛けた雪だるまの妖精に、ようやく仕掛けを理解する。

これはきっと直哉の差し金だ、直哉は、自らプログラムを仕込んだ改造COMPを遠隔操作できるのかもしれない。

(勝手にオレの仲魔を呼び出したりとか、何考えているんだか)

フロストの白くて丸い腹を指で突付いてやった。

マシュマロのようにふわふわで、ひんやりしている。

「コラ」

「ヒホ」

「オマエ、ナオヤに言われたな?あの時キャラメル貰った相手も」

「バレちゃったホ、そうだホ、オイラご主人のおにいやんから、弟をよろしくって言われてるホ〜」

「何だよ、それ」

「ヒホホ、いいおにいやんだホ」

丸い手を膝に置かれる。

そこから淡い光が漏れ出して、和哉の体の細かな傷を癒し、だるさを解していく。

種族スキルとかいう能力だったか、妖精系の悪魔が持つ回復能力だと、COMPに解説が載っていた。

ありがとうと頭を撫でてやると、雪だるまの妖精はくすぐったそうにヒホホと笑った。

「はぁ」

腰の辺りを擦る。

気だるい感覚は消えたけれど、違和感だけ残ったままだ、奥に注ぎ込まれた精もそのままに違いない。

「後でちゃんとしておかないと―――子供が出来るってワケじゃないけど」

そして、笑えない冗談、と、呟く。

雪だるまの妖精が不思議そうに首を傾げていた。

「なあ」

「ヒホ?」

「アツロウ知ったら、泣くかな?」

「ヒ〜ホ〜」

COMPを開いて雪だるまの悪魔を送還した。

一息吐いてから、様子を見るようにゆっくりと立ち上がる。

とりあえず普段どおりには振舞えそうだった。

(そろそろ、戻らないと)

篤郎は間違いなく戻ってきているだろう。

そして自分を心配している、柚子や、圭介と、今頃あちこち走り回っているかもしれない。

流石に理由は言えないよなあと、軽く伸びをして、あちこちに付いた土や木の葉をパタパタと叩き落とした。

―――今、こうしている間も、直哉はどこかで俺の様子を見ているのだろうか。

僅かに釈然としない思いが胸を過ぎっていた。

曖昧に誤魔化された、直哉の本当の目的は、一体何だろう。

先ほどの全てを嘘と思わないけれど、和哉だけを求めていると語った言葉の半分は真実で、半分は違うような気がしている。

けれどやはり、兄の心はいまだ見通せない。

「勝手だよなあ、ホント」

それでも会えたからいいやと結論付けて、踏み出した足取りは僅かに浮かれるようだった。

現金な自分に笑ってしまう。

(封鎖に、ベルの悪魔、ナオヤの目的、それと、オレが巻き込まれたっていう、ベルの王位争い)

余命は残り三日。

最長でも四日までの者しかいない、この封鎖内で、四日後、一体何が起こるというのだろう。

「死なないぞ」

夏風に揺れる木立の向こうから、遠く、呼ぶ声を聞いたような気がしていた。

 

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※魔力で蚊とか除けてるんです!おにいやんに虫刺されは似合わないの心意気発動!(笑