20000Hit御礼!白雪姫」

 

 むかしむかし、あるところに美しい王子がおりました。

王妃様が黄金の龍の夢を見た晩に授かった、金の瞳を持つ王子でした。

王子の名前は光。

けれど色が白くたいそう見目麗しき容姿でしたので、その方は白雪と呼ばれておりました。

光王子は文武に優れ、優しく、公平な人柄で国中全ての民に愛される王子でもありました。

国は栄え、民は幸福に暮らす、それはそれは豊かな国家でありましたが、ひかりあるところには必ず闇が生まれます。

そしてここに、王家を狙う影が一つ。

城からそう遠くない、切り立った谷間で暮らす邪悪な魔法使い。

名前を紅葉と申します。

紅葉は常々、こんな薄暗い場所でなく、もっと広い世界で自由に暮らす事を望んでおりました。

「そのためにもあの国が欲しい・・・けれど、次の世継ぎがいる」

紅葉は忌々しく呟きます。

「白雪さえ・・・いなければ、僕がこんなに苦しむこともないはずだ」

魔法使いは変身の術が使えました。

王子さえいなくなれば、彼に成りすまし、国を継げると考えたのです。

「よし、では早速実行に移そうか」

紅葉は王子の身辺調査を慎重に行い、計画を連日連夜に渡りよく練りました。

その際光の顔写真を見たのですが、唐突に胸に走った動揺がどのようなものであったのか、心の冷え切った魔法使いにはわかりませんでした。          

魔法使いは術を使い、黒衣のアサシンへと身を転じます。

仕事用の手袋をはめて、城へと潜入いたしました。

王子の部屋はすぐに見つかりました。

フカフカのベッドで眠る王子の姿は、それはそれは稚く、アサシンの胸は高鳴ります。

(いやいや、僕は何を考えている)

アサシンは王子をそっと抱き起こしました。

目覚めた王子が眠そうに目を擦りながら紅葉を見上げました。

「誰・・・?」

「殺し屋だよ、白雪姫」

驚く王子が抵抗する間もなく、アサシンは薬品を嗅がせてその意識を奪いました。

まずは行方をくらまして、その後で入れ替わった紅葉が登場しなければ、この計画は意味がありません。

殺害は人目につかない場所を選ぶ予定でした。王子が死んだ事を知られては困るのです。

紅葉は光王子を担ぎ上げて、窓を蹴破り、夜の闇へと身を転じました。

 

さて、一夜空けた城は大騒ぎです。

なにしろ大事な跡継ぎである光王子の姿がどこにも見当たらないのですから、国を挙げての懸命な捜索が開始されました。

争った形跡は無いものの、破られた窓を見る限り悪意あるものの仕業であることは一目瞭然です。

王は自ら指揮を執り、兵たちに命じて国の端から端まで丹念に探させました。

王妃はあまりの出来事に床に伏せってしまい、妹姫がその看護に付き添います。けれど、彼女自身も不安で白い顔はいよいよ青白く、静かな瞳にゴウゴウと怒りの炎をたぎらせておりました。

国中全てが王子の身の上を案じ、その無事を天に祈っておりました。

 

一方その頃うまうまと王子をさらった紅葉は、さてこれからどうしたものかと思案に暮れておりました。

谷間の自宅付近で休んでいると、腕に抱いた王子がどうやら目覚めたようでした。

「お前は、誰だ」

王子は紅葉をじっと見詰めて尋ねます。

紅葉は何故か胸の奥が熱くなりました。

「僕は殺し屋だ、そう名乗ったはずだけど」

「殺し屋が俺に何の用だ、俺を殺しに来たのか?」

そうですと答えようとして、魔法使いは口を閉ざしてしまいました。

「どうなんだ」

「・・・その、つもりだったけれど、君がどこか遠くへ消えてくれるなら、命まで奪ったりはしない」

思いもよらぬ自身の言葉に、一番驚いたのは他ならぬ魔法使い自身です。

「遠く、ってことは、この国を出て行けっていうことか?」

「物分りのいい人間は嫌いじゃない、了解してもらえないかな」

王子は少し考えて、再び紅葉を見詰めます。

この金茶の瞳に見詰められるたびに、黒衣の下で動悸が早くなるようです。

「わかった」

驚いたことに、王子はすんなり了承してくれました。

「それがお前の望みなら、いいよ、俺、出て行くから」

魔法使いはなぜか動揺します。

けれど、何かを言う前に、王子は立ち上がって谷底に広がる深き森の中へと歩いていってしまいました。

「これで、よかったんだ」

見えなくなった後姿を、それでもいつまでも見詰めながら、魔法使いは小さく呟いておりました。

 

光王子が踏み込んだ森は、凶暴な獣達が暮らす森でもありました。

王子は不安にあちこち見回しながら、それでもフラフラと森の中をさ迷い歩きます。

「よう」

声がしました。

振り返ると、真っ白い狼がニヤニヤ笑いながらこちらを見ています。

「偉いベッピンさんだな、こんなところで何してんだ」

「君は?」

「俺は祇孔っていう、しがない一匹狼よ」

狼は王子にわからないように舌なめずりをして近づきます。

「それよりどうした、この辺はごろつきどもの盛り場だ、あんたなんか肥溜めに鶴だぜ、それとも食われに来たのかい」

「食べられるつもりはないよ」

伸びてきた両腕をそれとなく避けながら光王子は答えました。

「俺はただ、どこか遠くに行ってしまえといわれて」

「それはあんたの恋人にかい?」

王子は少し考えて、そして寂しそうに微笑みます。

「違う・・・一目ぼれだったんだけど、すぐ失恋した」

「そうか」

狼は急に同情的になりました。どうやら根は悪い人ではなさそうです。

「なら、俺と一緒に来るかい?」

「でも」

「かまやしねえ、それに、こんなところじゃ危なくていけねえよ」

「だけど、迷惑じゃ」

「あんたみたいな別嬪さんなら、こっちから逆にお願いしたいくらいだ」

光王子は嬉しくて、うんと頷こうとしました。

その時です。

「貴様!見つけたぞ村雨!」

驚いて振り返ると、そこには着流しに弓矢を構えた狩人が立っていました。

「うわ、如月!」

狼がのけぞります。

狩人は下駄の足元とは思えぬほど機敏な動きで飛び上がり、そのまま中空で一回転すると忍装束に早変りしました。

「今日こそ掛け金、全額耳をそろえて返してもらおうか」

いつのまにか獲物も弓矢でなく小太刀に変わっておりました。

狼は、苦笑いでジリジリと後退ります。狩人は逆に迫っていきました。

二人の距離がのっぴきならない所まで狭まると、狩人は低く一言

「覚悟」

と洩らして恐ろしく高く飛び上がりました。

狼は逆方向に向かって素早く駆け出します。

「逃すか!」

狩人もその後を追い、二人は森の中へと消えていきました。

光王子はただただ唖然としたまま、気づけばまた一人きりです。

騒動が治まると、森は再びほの暗い気配を強め、夜の闇が深々と近づきつつあるようでした。

「寒い」

王子は辺りをきょろきょろと見回しました。

こんな場所でうかつに一夜は過ごせません。どこか、夜露のしのげる場所を見つけ出さなければ、月の治める森は闇と獣達の領域なのですから、王子のような者には特に危険です。

当てもなくさまよっていると明かりが見えました。

それは焚き火の輝きでした。

人影があたっています。

様子を伺っていると、不意に影が振り向きました。

「あれ!姫!どうしたんだよそんなところで!」

なんと!幸運なことにそれは隣国の京一王子でした。

憔悴し、更に空腹だった光王子はぬくもりに誘われるままにフラフラ近づいていきました。

「京一、俺・・・」

「その格好、狩りってわけでもねーだろ、どうしたんだよ、相談に乗るぜ」

王子は一瞬迷いましたが、結局口を閉じて俯きました。

なぜなら今訳を話せば、あの殺し屋が捕まってしまうと思ったからです。

光王子はどうにもそれが嫌でたまりませんでしたから、無言で炎の側に腰を下ろしました。

京一王子は何か察してくれたのでしょうか、しばらく考えて、結局こちらも黙ったまま、リンゴを一つ放って寄こしてくれました。

「俺は狩りに来たんだ、このあたりはいいよな、獲物が多くて」

たわいもない話をしても、王子は塞ぎこんだままです。

炎に照らされる美しい姿に、京一王子は改めて瞳を奪われておりました。

実の所彼は、光王子に昔からこっそり恋焦がれていたのです。

(理由はわかんねえけど)

京一王子は考えます。

(白雪姫は今落ち込んでる、これは・・・チャンスだ)

世間の荒波にもまれて鍛え抜かれた直感が、今なら落とせると耳元で囁きました。

突然の告白は、相手が精神的、肉体的に弱っている場合に最も効果的です。

光王子はおいしそうにリンゴを食べていましたが、不意にうっと声を洩らして身をかがめました。

「ど、どうした姫!」

京一王子は慌てて側へ駆け寄りました。

光王子は必死で胸を叩き、どうやらむせているようでした。

慌てて食べたリンゴが喉に詰まったに違いありません。

すぐに背後の水筒を見て、内なる声が先ほどより明確な声で京一王子に命じます。

(口移しで飲ませてやれよ・・・!)

それは人命救助の名を借りた、いわゆるキッスでした。

それも、多分、お互いにファーストキッスのはずです。

京一王子はゴクリと喉を鳴らし、少し焦りながら水筒を手に取りました。

水を口に含み、光王子を見下ろします。

王子は苦しそうに喉の辺りを押さえています。

(ひ、姫・・・いま、助けてやるからな)

鼓動が早鐘のように鳴り響いておりました。飲み込みかける口内の水を必死に堪えて、王子の体をそっと抱き起こします。光王子は華奢な外見に見合わず案外しっかりした骨格をしておりました。

京一王子は白雪をあお向けにして唇を見つめます。

(ひ、姫・・・)

どっくん、どっくん、血潮が騒いでおりました。

(いま、いま、俺の口から、水を・・・)

どっくん、どっくん。

(姫!)

後ほんのわずかな距離で唇が触れ合う、その瞬間でした。

鋭い音と共に接近してきた何かに、京一王子は間髪いれず横に弾き飛ばされたのでした。

「ぐあ?!

鈍い悲鳴は近くの大樹に激突して、そのまま意識を失ってズルズルと座り込んでしまいました。

一体何が起こったのでしょう?光王子はまだ苦しげに喘いでいます。

耳元で、不意に聞き覚えのある声が囁きました。

「白雪姫、いま、助けるよ」

そして唇がこじ開けられて、水が流れ込んできます。

光王子は懸命に林檎を飲み込みました。

ようやく落ち着いて、一心地付いた思いでうっすらと瞳を開きます。

一瞬の暗がりの後、離れていく顔には見覚えがありました。

それは、あの殺し屋でした。

「お、お前、は」

王子は慌てて何度も瞬きを繰り返しました。

紅葉はほんのり微笑んでおりました。

「よかった、寸でのところで間に合った」

「どうして、お前は、だって・・・」

「さっきはひどい事を言って、すまない。あれは僕の本心じゃない」

「え」

光王子は驚くばかりでうまく言葉が続きません。

体を支える腕とは反対の掌が、光王子の漆黒の髪をそっとやさしく撫でてくれました。

「僕は、本音を言えば、変化の術で君に成り代わって、君の国を乗っ取ろうと企んでいたんだ」

「それじゃあお前は魔法使いなのか?」

紅葉はフフと笑います。

「名は紅葉という、この近くの谷に、ずっと一人で住んでいた」

くれは、光王子は口の中で呟きました。

「僕は君を殺してしまおうと思っていた、けれど、それは」

魔法使いは首を振り、悲しい顔をします。

「できなくなった、なぜなら僕は、君を」

光王子は紅葉の顔を覗き込みました。

「君を、何?」

「うん、なぜなら僕は」

仕事用の黒手袋を外して、紅葉は自分の胸の辺りをギュッと握り締めました。

「君に、誰よりも側にいて欲しくなったから、だからそんなことはできなくなってしまった」

「お前」

「僕は君の王国を貰うより、君自身が欲しいみたいだ」

そっと微笑む姿の、なんと愛しいことでしょう!

光王子は目もくらむ思いでした。一晩のうちに想人は去り、けれど再び戻ってきたのです!

そしてもちろん王子の心は、同じように魔法使いを想っていたのでした。

王子は今、世界中でもっとも幸福な王子でした。

伸ばした両手でそっと紅葉の頬に触れ、ふんわりと、花が綻ぶように微笑みます。

「ありがとう」

その手をもう一つの手がそっと包み込みました。

辺りはいまだ夜の闇が支配する世界でしたが、それでも降りしきる月や、星の光が辺りをまるで昼間のようにキラキラと輝かせています。

「俺も」

光王子は言いました。

「紅葉、の事が、一目で好きになった、こういうのを一目ぼれって言うんだろう?」

「奇遇だね、僕もだよ」

二人は鼻先をこすり合わせるようにして笑い、甘い口づけを繰り返します。

闇夜を羽ばたくふくろうや、狐、鹿、小さな夜行性の生き物達がいつのまにか周囲を取り巻き、まるで祝辞を述べるように優しく二人を見詰めていました。

ただ一人、少し離れた場所で昏倒していた京一王子だけは、目覚めた直後の目前の光景に唖然として、そのままガックリ肩を落とすといつのまにかいなくなっておりました。

 

その後、魔法使いと王子は夜が明けるのを待って、手に手を取って城へと帰っていきました。

戻った王子に詳細を聞いた王と王妃はひどく驚きましたが、結局王子の幸せを願い、二人の申し出を快く許してくれました。

王子は、魔法使いに誘われて、国の外へと旅立っていきました。

二人ならばどこまでも、どこにいても世界は明るく輝くのでしょう。

こうして、魔法使いの望みは、想わぬ形で全て叶えられたのでした。

 

さて、それでは跡継ぎを失った城はというと、いいえ、何も心配はありません。

光王子の姿美しく心暗い妹姫、葵王女がちゃんと婿養子を取り、国は長く栄えたということです。

 

(完)