「NO-Title11-AnotherSIDE」
夕食も済んで、台所の片付けも済んだ。
洗濯機を回し、洗い物を干して、さて、と一息つく。
「宿題、しなくちゃ」
東京の街を人知れず守る高校生、とは言っても所詮は学生。
勉学に励み、交友を広げる事がその本分らしいが眉唾ものだと思う。
ともかくノートと教科書と例題集を広げて、光は課題とにらめっこしていた。
時刻はもうすぐ十時をまわる。
開始して約三十分、数問を残してほとんど終わりかけた例題集の上にペンを置いて、息を吐きつつふらりと立ち上がった。
「紅茶でも飲むか」
一人で暮らすとどうして独り言が多くなるんだろう?
そんな事を考えながらポットをコンロの上に置く。
着火スイッチを入れようとした、その時だった。
「あれ?」
玄関でチャイムが鳴る。こんな時刻に誰だろうという考えが脳裏をよぎる。
京一だろうか?
時計を見て首を振った。酔って来るにしては時刻が早いし、電車だってまだあるはずだ。
それなら一体誰なのか。
首を傾げつつ、ドアの覗き穴から窺った姿に驚いた。
「紅葉?」
慌ててドアを開くと、目の前にぬぼっとした黒い影が現れた。
彼の姿を頭からつま先まで二度見回して、やっぱり間違いないと思って瞳をぱちぱちと瞬かせる。
「どうしたんだ、こんな時間に」
紅葉は何も言わない。
ただ立っている。
「紅葉?」
様子がどこかおかしいので、嫌な予感がふと胸をよぎった。
どこかに出かけた帰りだろうか?ひょっとしてそれは・・・
「え」
突然伸びてきた腕に抱きすくめられて、光は一瞬訳がわからない。
ぼっとしていると首筋に何かあたった。
音を立てて繰り返されて、ようやくキスされているのに気付いた。首筋に何度も、ヒルのように吸い付いて、また離れるのを繰り返している。
「ちょ、ちょっと、紅葉?」
気づいた途端光は大慌てで彼の体を押した。
ここは開いたドアの前で、何をしているか外から丸見えだし、今人が通ったら間違いなく仰天されるだろう。
マンション暮らしで近所に妙な噂が立つのは願い下げだった。
けれどそんなことには全く構わず、紅葉の口付けは続いている。
首筋、それからうなじにかけて、耳たぶを吸って、頚動脈にそって鎖骨に下りていく。
「紅葉、やめろよ、な、何考えて」
シャツの胸元を力尽くで開いて、そのせいでボタンがはぜて飛んだ。
鎖骨にしゃぶりつかれて、光の背筋に電流が走った。
「紅葉!」
必死に怒鳴ると、全身を体で押される。
抱きしめられたまま後退り、家の中に押し込められると紅葉の背後でドアが閉まった。
鎖骨をしゃぶり、喉元に吸い付く間にもどかしい指先がイライラとボタンを外していく。
顎に、頬に口付けて、喋ろうとした光の唇を紅葉の唇が塞いだ。
舌をもぐりこませながら、はだけた胸の乳首を嬲る。
立っていられなくなった光の体をそのまま玄関マットの上に横倒しにする。
言葉など許さないように貪られる口腔内と、胸元では骨張った指先が這いまわった。
その先端が、気付けば室内履きのスウェットのゴムを潜り抜けてズボンの内側に入り込み、少年の股間の雄に触れている。
光の体がビクンと跳ねた。
(や、嫌だ、こんな所で!)
逃げ出そうとしても、片腕ががっちりと肩を捕まえている。
こすれあう胸元の紅葉の服の生地が乳首をすり潰し、下着にもぐりこんだ手が性器を掴んだ。
その形を確かめるように握ったり擦ったりを繰り返している。
喉に流れ込む自分のものでない液体を飲み込みながら、体の奥が熱くてたまらない。
涙を浮かべて瞳を閉じて、光は荒い息を繰り返しながらなすがままにされていた。
(どうして)
この状況はどういうことなのだろう。
さっきまで普通に過ごしていたはずなのに。
紅葉が現れて、そこまでは問題なかった、けれど気づけばとんでもない事になっている。
鍵もかかっていない玄関先でこんなことをされて、訪問客があったら言い分ける言葉すらないじゃないか。
(そ、そんなことじゃなくて!)
両手で紅葉を押し返そうにも、快楽に溺れかけた体ではどうにもうまく力が入らない。
そうしている間に性器を抜き出されて、いよいよもって抗うすべを奪われていった。
ちゅ、くちゅと唇が重なり合う水音の合間に、光の声が切なく鳴く。
「あ―――う、あふ、う―――うふ―――んっ」
ビクビクと体を震わせて、柔らかな内股が緊張と弛緩を繰り返していた。
慣れた手つきで鎮めるように、執拗に性器をしごき、筋をなぞり、鎌首を指で擦っては先端にあふれ出した液体を塗り広げていく。睾丸にも触れて、裏筋を揉みしだくと光が悲鳴のような声を洩らした。
ひときわ大きく震える体に、その絶頂が近い事を悟って紅葉の手が性器を握る。
「う、うう!」
途端、光は射精していた。
掌で性器がビクビクと収縮を繰り返した。
感触に、彼が一息つくのを待って、紅葉はようやく光の唇を開放してやった。
すっかり濡れてぐしゃぐしゃになった間に銀糸が引いて、溢れた唾液を舌先で舐め取る。
至近距離から見つめていると、開いた金茶の瞳にうっすら涙が浮かんでいた。
「く、れは―――」
「光」
囁いて、もう一度キス。
ただし今度は触れるだけの、ごく優しい。
光は顔をしかめている。
「なんで?」
紅葉は答えずにキスをした。
見詰め合って、口付けて、繰り返される行為に光は質問の回答を諦める。
多分何かあったのだろう。
事情は憶測しかできないが、彼の目は聞いて欲しくないといっている。
だから、聞かない。
いきなりの訪問でこんな事をされて、本来なら怒るべき場面であるのにどういうわけかさっぱり怒りが沸いてこなかった。
代わりに訪れる切なさに、上にある紅葉の首に腕を回して抱きしめる。
紅葉の体がビクリと小さく震えたような気がした。
「光―――」
回された片腕が恐る恐るといったように自分の体を抱くので、今更とおかしくてかすかに笑った。
スウェットの中から引き出された手が、所在なさげにだらりと脇に垂れ下がった。
「あーあ」
顔が見えるくらいに離れて、光が洩らす。
「服が汚れた、ボタンも取れたし、紅葉のせいだ」
「すまない」
シュンと困り顔で謝るので、わざと睨みつけてやる。
「夜中に人の家に来て、いきなり何するんだ」
紅葉がますますうな垂れるので、光は軽くキスをした。
それで驚いてこちらを見る深い色の瞳に、イタズラっぽく笑って見せる。
「ほら、手洗って来いよ、そしたら居間にきて、コーヒー入れてあげるから」
動揺している彼がまさに今更だったので、苦笑して額をペンと叩いてやった。
「早く降りろ、重い」
「あ、ああ」
紅葉は慌てて上からどいた。
ふらつく足に気合を入れて、何とか立ち上がってからとりあえずドアに鍵をかけなおす。
そのまま紅葉を残して、光は台所へ歩いていく。
途中で振り返って、固まったままの彼にもう一度笑いかけてみせた。
「責任取れよ」
紅葉はどうにも意図する所を測りかねているようだった。
それで、ちょっと照れた笑顔になる。
「あんなもんじゃ足りないだろうが、ちゃんと、その」
光は顔を赤くして、視線を逸らすと声のトーンを僅かに落とした。
「気持ちよくしてくれないと、困る」
それでようやくはっとした様子を確認して、そのままくるりと踵を返した。
とりあえず明日のこともあるし、早く宿題を終えなくては。
ヌルつくスウェットが気持ち悪いし、シャツもしわくちゃだから、とっとと脱いでしまいたい。
コーヒーを入れて、シーツは取り替えたばかりだったっけ、紅葉の寝間着は要るかな?
(でもどうせこの後やるんだろうしなぁ)
考えた途端に真っ赤になって、顔から湯気が噴出しそうだった。
「光」
角を曲がろうとした所で、紅葉の声が光を呼んだ。
振り返ると、暗がりの中で彼がこちらを見つめている。
視線が合った途端、とろけそうな微笑に変わった。
「すまない、それと、愛してる」
光はぎょっとして、すぐ後ろを向いてしまったけど多分紅葉にはばれただろう。
「光?」
そうやって聞くので、仕方なくて答える。
「知ってる―――愛してるよ」
足早に立ち去っても動悸は治まりそうになかった。
紅葉を愛しているから、どうにも彼には弱い。多分最大の弱点だと思う。
ハア、と溜息をついて、それからふと、知らぬ間にぼやいていた。
「いつか、本当のこと、色々話してくれるといいんだけどな・・・」
玄関先に立っていた時の彼の暗い瞳。
その全てを受け止めて、共にありたいと心から願っている。努力は決して怠らない。
この体を抱く事で彼の何かが癒されるのなら、好きなだけ抱いてくれていい。
「紅葉、好きだよ」
もう一度呟く言葉は甘やかに響き渡るようだった。
二人だけの箱庭で、いつまでも共にあることだけが望みだった。それだけだった。
暗がりから光射すほうへ歩いていく紅葉もそれは同じ。
繋がっているのだから。本当に、それはいつだって、傍らに、ある。