それから数時間、怪談話に興じている一同の後ろで、いきなりふすまが開かれた。

場の雰囲気に飲まれていた数名がビクリと肩を震わせる。

「おう、お前ら集まってんなあ」

現れたのは祇孔だった。

程よく酔っ払ったような赤ら顔で、有無を言わさず如月と光の間に割って入って腰を下ろす。

「肝試しか、なんなら醍醐の大将でもつれてくりゃよかったのに」

「あいつにゃ試す肝なんかねえよ」

京一の突っ込みにワハハと笑い声を上げた。

「祇孔」

呼ばれて振り返ると、祇孔はニヤリと嬉しそうな笑みを浮かべる。

鼻先まで近づいて、呼びかけた光の顔をしげしげと覗きこんできた。

「先生、相変わらず綺麗な顔してんなぁ」

「村雨さん」

そのすぐ後ろから声がして、祇孔は紅葉を見て僅かに苦笑する。

「怖い怖い、先生にゃ殺しのプロがガードについてっからなぁ、からかうのも命がけだ」

「くだらない話をしないでもらえますか」

へいへいと答えて、祇孔は改めて光に話を振った。

「んで、どうした」

「大変だったって聞いたぞ、勝負は勝ったのか?」

「ああ、それか」

祇孔はニヤリと笑みを浮かべた。

「あたりまえだろ、俺を誰だと思ってる」

光と京一が凄いとはやし立てる中で、他三名は醒めた素振りだった。結果に疑念を抱く余地などない、それぞれに、予想の範疇だと言わずに思う。

実際、興味自体もさしてなかった。

「なぁセンセ、俺の強運、少し分けてやろうか?」

「え」

「まあ、全部あんたのためみたいなもんだが、今日は勝ってきたし気分もいいからな」

有無を言わさず光を引き寄せて、紅葉があっと声を上げる。止める隙もなかった。

「ご褒美」

そのままムチュウ−ッと唇を重ねる。

顔面蒼白の周囲に構わず、直後に祇孔はガハハと豪快に笑い声を上げていた。

「祇孔、酒臭い、酔っ払ってるだろ!」

赤い顔で慌てる光を見て、怒る気力もなくした紅葉がガックリと肩を落とした。

彼は着目点というか、こういう場合においてポイントがどうにもずれている。いつものことだが。

紅葉が背後から腰に両腕をまわして光を回収すると、見計らったように翡翠が祇孔の頭を軽く殴る。

「痛え、何すんだ如月!」

「お前こそ、光に何てことをするんだ」

「なんだ、お前もキスして欲しいのか?」

「バカを言うな、バカを!」

半ギレで怒る翡翠に祇孔が笑う。京一が呆れた様子で溜息をついていた。

「あ、あの!肝試し、続けましょうか!」

必死に場を取り繕うとする諸羽の表情も引きつっていた。

急に明るくなってしまった雰囲気を何とかしきりなおして、数分後、ようやく肝試し大会が再開されたのだった。

翡翠が短くなったろうそくを継ぎ足しに行く。

その間に、順番の回ってきていた諸羽が咳払いとともに怪談話をスタートさせる。

「これは、僕の先輩から聞いた話なんですが・・・」

紅葉に半分抱きかかえられるような姿勢になっていた光を、暗がりにまぎれて祇孔がちょいちょいと突付いた。

「なぁ先生」

「ん?」

「俺の方に来いよ、そのほうが楽しいぜ」

「村雨さん、適当な事を言わないで下さい」

「適当じゃねえ、俺が楽しんだ」

ムッとする紅葉を見上げてから、光は困ったような笑みを浮かべた。

「紅葉は楽しくないみたいだし、諸羽の話をちゃんと聞けよ、な」

「ガキの話にゃ興味ねーぜ」

話す諸羽の声が一瞬止まった。

「祇孔」

気づいた光が軽く祇孔を睨む。

「でもまあ、センセがそういうんなら真面目に聞くとするか」

肝試し大会は怖いというより険悪な雰囲気に染まりつつあった。

(別な意味でハラハラするなあ)

光の思いと裏腹に、霧島は淡々と話を続けている。戻ってきた翡翠が元の場所に座った。

辺りにはろうそくの火と、虫の声、かわるがわる話される恐怖体験。

開始から随分と時間は過ぎて、光の持ち込んだ菓子類も大方食い尽くされていた。

ろうそくに照らされた六人の影が畳の上に長く伸びている。

じっとりとした夏の夜の熱気に、浮かんだ汗が時折吹く風に冷まされて肌をひんやりさせた。

 

夜も大分更けて、そろそろ明日になる頃・・・

 

「で、そいつはそのまま消えて、それっきりなんだとよ・・・」

京一が話し終わると、諸羽の息を呑む音が聞こえた。

隣で翡翠がふうむと唸っている、紅葉は無表情のままだった。

何気なく壁にかけた振り子時計を見上げて、如月が腰を上げた。

「もう、これくらいにしよう、大分夜も更けたし、何よりそろそろ空腹なんじゃないか?」

「あ」

同時に腹の虫がなって、京一と諸羽がばつの悪そうな笑い声を洩らす。

翡翠が室内灯をつけに行くと、諸羽も立ち上がってろうそくの火を吹き消していった。

部屋の中がいきなり、人工の灯りで真昼のように照らされた。

「なんだあ?姫、寝てたのかよ!」

なれてきた視線の先に、眠そうに目を擦りながら紅葉に抱き起こされている光の姿を見つけた京一が声を上げた。

光の膝枕で祇孔まで寝ている。

紅葉は不本意そうだったが、事実に気付いたほかの面々もすぐ不機嫌そうに眉をしかめた。

「ごめん、翡翠が話してるところまでは覚えてるんだけど・・・」

「そういえば、途中から光先輩の代わりに壬生さんがお話してましたね」

「ああ」

「壬生、お前姫が寝てんの知ってたなら起こせよ」

「僕にそういう趣味は無い」

「趣味とかじゃなくてさあ」

話の合間に光が興味深そうな瞳を紅葉に向けた。

「何、紅葉、お前も怖い話したのか?」

「まあね」

「へえ、聞いてみたかったなあ!」

のん気な一言に、京一と諸羽、それに翡翠が突然表情を暗くする。

「・・・光、それは・・・」

「悪いことはいわねえ・・・聞かない方が身のためだ・・・」

え、え、と辺りを見回して、光はようやく膝で寝ている祇孔の姿に気が付いた。

あ、と声を洩らした後で、困惑気に眉を寄せる。

「祇孔、起きろよ、おい」

揺すられて祇孔は不満げに唸っている。

「祇孔!」

「うー・・・」

「祇孔ってば!」

「・・・先生が」

「え?」

「キスしてくれたら・・・起きてやっても、いい」

京一の木刀がいい角度で入った。同時に翡翠の蹴りと、諸羽のパンチが決まっていた。

紅葉も光を抱いたまま、伸ばした腕で後頭部を殴りつける。光も耳をねじ上げていた。

「ってえ!何すんだお前ら!」

怒鳴って起き上がった祇孔を冷たい視線の集中攻撃が襲う。

「くそー・・・人がせっかく気持ちよく寝てたってのに」

ぶつぶつ呟きながら、祇孔は切れた額の血を手で拭いとっていた。

「なあ、祇孔」

「何だよ先生、ったくあんたまで・・・」

「紅葉の怖い話、お前も聞いたか」

そこでぴたりと祇孔の動作が止まる。

きしむ音が聞こえてきそうな様子で振り返り、光の両肩をがっしと掴んだ。目が真剣だ。

「先生」

「何だよ」

「・・・その話だけは、したくねえ」

顔を背けるので、光は首をかしげていた。

「なんで」

「なんでもだ、世の中には知らねえ方がいいこともたくさんある」

振り返って他の姿を見ても、全員聞こえないフリをしているようだった。

光は改めて紅葉を振り返った。

「紅葉、そんな凄い話したのか?」

「いや、僕にとっては日常だけど・・・」

「ふうん?」

アサシンの日常がどのようなものなのか、光が知る事は永遠に無いだろう。

逆に話を聞いた彼らにとって、紅葉から光を奪うためにはどれほどの覚悟が必要なのか、改めて思い知らされる結果となったわけだが。

「ンな事より飯!飯!」

明るい声で京一が言って、同調した諸羽と祇孔が同じようにはやし立てていた。

「そういえば光」

「うん?」

「君が言い出したくせに、肝試しはつまらなかったのかい?」

紅葉に言われて、光はうーんと唸り声を洩らす。

「だってさあ」

「何?」

「普段から俺ら、鬼とか異形とかと戦ってるくせに、今更肝試しもないだろ?」

 

・・・その瞬間、室内は本日一番の冷たい空気に包まれたのだった。

 

「ひ、光」

「お前」

「それをいっちゃぁ」

「姫」

「光」

彼らの虚しいツッコミに、当の本人は悪気のない笑顔で首をかしげている。

ここに来て初めて、ライバル同士だった彼らの心がちょっとだけ、つながったような気が、した。

・・・と、思う、多分。

 

(完)

訳わかんねえ感じ・・・この後、みんなでラーメン食べに行きましたとさ