「NO-Title18」
春の宴、桜の社、別れの時。
舞い散る花吹雪に瞳を細くして、見渡す景色は何もかも懐かしい。
一年間の思い出がいっぱいに詰まった校舎を眺めながら、光はぼんやりと校門に立ち尽くしていた。
卒業式も終わり、在校生による送り出しの行事も全て済んで、別れ際に出会った顔はどれも涙で濡れていた。
大泣きする小蒔を慰める葵も、やっぱり泣いていた。
京一はそうでもなかったけれど、どこか寂しそうに笑っていた。
醍醐は大男の癖に大泣きしてみんなに笑われていた。本人はそれでも感無量といった感じで、光に硬い握手を求めてきた。
何もかも全てにありがとうと言いたかった。
学校にも、世話になった恩師にも、親しくしてくれたみんなにも。
そして何よりこの一年、俺と共に命をかけて戦ってくれた皆に。
東京のあちこちに桜は咲いているはずだから、降る花びらに乗せて言葉が伝わればいいのにと思っていた。
熱く、激しく、駆け抜けた一年は、今終わりを告げようとしていた。
「光」
呼ばれて振り返る。
もう大分人気もなくなった校門前で、まさか自分が待っているなんて考えないだろう。
約束も何も、交わしてはいなかったのだから。
けれどまるでそれを予測していたように、光は満面の笑みで名前を呼んだ。
「紅葉・・・遅いよ」
一瞬驚いた顔をして、それから少しだけ笑って、歩いてくる紅葉を光は見詰めている。
片手には丸くて長い筒、中身は今自分が手にしているものと同じはず。
正面に立って、少しだけ背の高い彼は、わざと屈んで視線の位置を合わせた。
「これでも急いできたんだ、拳武館も今日が卒業式だったから」
知ってる、と答えると微笑まれる。
すっと近づいてきた唇に、瞳を閉じるとキスをされた。
再び顔を覗き込んで、紅葉の声は穏やかだった。
「少し、付き合って欲しい所があるんだ」
「どこに?」
「それは着くまで秘密だよ」
「なんだ、それ」
「いいから、来てくれるだろう?」
光はくすくすと笑いながら、いいよと答えた。
途端手を引かれて、歩き出す紅葉に連れられて光も歩く。
うららかな春の陽に照らされる、道いっぱいに桜の花びらが舞い散っていた。
「紅葉」
振り返った彼に、ひかりがあたる。
金色に輝く輪郭が眩しくて、思わず瞳を細くした。
「どうかした?」
「うん」
掌に感じる、彼の感触。
それは絶対で確実な存在、今確かに俺の手を掴んで、どこまでもつれて行ってくれる愛しい温もり。
光はニッコリ微笑んでいた。
「桜」
視界とちらちらと、また新しい花びらが舞う。
「・・・綺麗だな」
紅葉も微笑んでくれた。
それだけで、世界はもっとずっと明るくなるようだった。
今日が最後の、そして、最初の一歩。
続く桜並木を共に行く二人の、彼方からいくつもいくつも降り注ぐ紅色の祝福が、足元いっぱいに敷き詰められていた。
(完)