「NO-Title19」
「君の事は、僕が守るよ」
そう言ってくれた、彼の言葉がうれしくて、それよりもっとずっと、守りたくなる。
いつも、自分を傷つけるように心を殺して生きる、彼のことを。
旧校舎の地下、数十階程度でのことだ。
左右に翼を広げる翼竜を確認しつつ、正面の獣を拳の一撃で沈めた。
直後に飛来する牙をかわし、尾をよける。
ひらり、ひらりと飛びのいて、さらに追撃してくる翼竜の一羽を仕留め、もう一羽に向かい合ったときだった。
「くっ」
少し離れた場所から声が響いて、慌てて振り返れば、紅葉が死角から獣の一撃を食らったところだった。
よろめく彼のさらに後方から翼竜が飛来してくる。
「紅葉!」
光は咄嗟に翼竜をかわし、地を蹴って駆け出す
はっとした紅葉が振り返ってその姿に気づく前に、飛び掛った両腕が彼を突き飛ばし、光の学生服の背中を鋭利な爪がえぐり去っていった。
「うくっ」
「光!」
押し倒された状態から半身を起こし、慌てて光の状態を確認すると、困惑と動揺を孕んだ声が強くその肩をつかみ、名前を呼んだ。
「光っ」
「くれは―――」
「君、いったいどうして」
「わからない、けど、足が勝手に動いてたんだ」
ごめん、そう言って苦笑いを浮かべる光の向こうから、翼竜が再度飛来する。
紅葉はキッと顔を上げて、光を丁寧に横によけながら立ち上がった。
「お前たちは、僕に対する最大の禁忌を犯した」
翼を広げた禍々しい異形を、気を乗せた爪先の一閃で蹴り落とす。
気配の変わった紅葉の様子に、光は多少驚いた面持ちでその姿を見上げていた。
「ただでは、済まないと思え」
呟きと共に、走り出した紅葉は次々に異形を屠っていく。
光も、この程度の怪我で動けなくなるような体ではないから、向かってくる獣や翼竜を次々と打ち倒していった。
どのくらい戦っただろうか。
見渡すフロアに動く姿が自分と紅葉のものしかなくなって、二人はようやく動きを止めた。
乱れた息を整えながら、すばやく戻ってきた紅葉が光の顔を覗き込む。
「光、怪我は?傷は痛むか?」
「うん、でも、これくらいは、平気」
眉間を寄せつつ後ろに回って、紅葉は怪我の具合を見たあと、いいといっても聞く耳を持たずに光の上をすべて脱がせて、消毒と包帯の処置を施した。
「今日はもう戻ろう」
「でも、あと数フロアで区切りがつくよ?」
「そんなことはどうだっていい、区切りなんかより、君の体のほうが大切だ」
「俺は、紅葉にそこまで心配してもらわなきゃならないような鍛え方はしてない」
「わかってる、でも、心配なんだ」
「信用されてないのか?」
「違う、そうじゃなくて」
どう言えばいいんだろうね。
紅葉は苦笑いを浮かべる。
「その、君に少しの傷もつくのはいやなんだ、つまりその、君のことが大切だから、無茶をして欲しくない」
「無茶じゃないよ」
「わかっているけれど、でも光」
光はじっと紅葉を見つめている。
彼が懸命に言葉を捜して、どうしてそんなに自分を気遣うのか、おおよそ見当はついていたけれど、もう少し聞かせて欲しかった。
その、理由を。
「とにかく、今度君の身に何かあったら、それこそ僕は自分を許せなくなってしまう、だから」
「俺のことは俺が決める、大丈夫だってば、だから、もう少し」
「いや、戻ろう」
「どうして」
「怪我の具合もちゃんと見て、治療したいし、それにそろそろ疲れてきているんじゃないのか?」
「平気だ」
「けれど、君」
―――普段はこんな人でないのに。
光は内心こっそり笑う。
紅葉は、果たして気づいているのだろうか。
過保護すぎる自分のこと、光絡みだと途端にムキになることを。
自分を一番おろそかにしすぎる彼が、愛しくてたまらない。
だからこそ、守りたいと思う。
(だって)
そうすれば―――丁度いいじゃないか。
俺も、自分のことはいつも一番後に考える性質だから。
(俺達は似てるんだよな、きっと)
多分、自分も紅葉が自分をかばって怪我をしたら、同じように必死になっただろう。
どうやったら納得させて、連れ帰ることができるだろうか。
考え込んでいる紅葉に、もういいかと思って、光はその手を取った。
「光?」
「やっぱり、俺ちょっと疲れてるみたいだ、だから、帰ろう、紅葉」
紅葉は少し不思議そうな顔をしたけれど、すぐに安堵した表情で頷き返してくれた。
「よかった、じゃあ、戻ろうか」
「ああ」
歩き出すとき、さりげなく体を気遣うように腕を回されるので、少し困って、少し嬉しい。
本来なら日々鍛錬を積んで、かつ常人とは造りの違うこの体、高だかこの程度の裂傷では、心配には及ばないというのに。
(紅葉って、心配性だ)
でも、それはきっと、自分も。
だから何も言わずに、彼の望むまま、そっとかばわれた。
優しい気配が伝わってくる。
この人と共に在りたいと思う。
この人の体を、心を、守りたいと願う。
「紅葉」
「うん?」
「心配してくれて、ありがとう」
「いや―――僕こそすまない、君に余計な気を使わせたな」
「いいんだ、それに、余計じゃないよ、したかったんだから」
「そうなのかい?」
「ああ、俺も、紅葉にちょっとの傷もつくのは嫌だから」
光が笑うと、紅葉も笑っていた。
かすかな体の動きと、柔らかな吐息に、共に歩ける幸福を感謝する。
こんな場所でも、羽は降るのだと知った。
愛情という名の、柔らかな羽が。
彼がこれ以上心を殺さないように、想いを失わないように。
俺が、きっと守ろう。
新しい明日を、二人で見つけ出すために。
この先もずっと、この背に彼が与えてくれた、そして、俺があげた、翼をはためかせて、どこまでも飛んで行けるように。
―――共に、蒼い空の果てまで。
(完)