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 木を裂きて見よ 花の在り処は

そんな言葉をいつか聞いたことがある。

どこまでも澄み渡った大空を眺めながら、気の置けない笑顔を浮かべる友人と2人。

そんな事も、あったな。

ぼんやり思う。

春霞に包まれた、薄紅色の景色。

これほど絢爛豪奢だというのに、どこか悲しい。

舞い散る花びらは、ひとつの刻の終わりを示しているからだろうか。

フワリと目の前を通り過ぎた一片を、掌で捉えた。

この刻もまた、終の舞。

桜の頃は、いつでも、出会いと別れを繰り返してきた。

壬生紅葉と出会ったのも。

朋恵に別れを告げて、宿星の導きのままに歩みだした時も。

蓬莱寺や美里と出会ったときも、桜が咲いていた。

その全てに別れを告げようとしたとき、まるで花吹雪のように、雪が舞い散っていた。

そして今。

見上げた大空に花びらが舞う。

美しいけれど、儚い。

輪廻のように、咲いては散り、散っては咲く、そうして、悠久の時を刻み続けている。

ほんの少し瞳を眇めて、唇からため息が漏れた。

 

今の光は、姿形だけならば、如何様にも変ずる事が出来る。

見た目、容姿などといったものは、あくまで概念的な意味合いしか持たず、人が『目』を持って判別する時、その安さや嗜好の判断基準となる程度の意義しか持ち得ないものだから、光であるという前提さえ成立すれば、どのような姿でも構わないと思う。

人の姿を採っているのも、ただそれだけの理由だ。

元の形を基礎として、更に、気脈の力が、見た人によって好ましい雰囲気を無意識に反映させる。

例えば、壬生と、蓬莱寺では、今の光の姿は、微妙に違って見えているだろう。

剣に至る前は、そうではなかった。

あの頃は半神半人であったから、光の体は固定の肉を持ち、一定の法則に則って変化を続けていた。

でも、今は、ない。

魂に付随する固定された器を、光は持たない。

龍脈と同義である『剣』の自分に、人と同じ概念は存在しない。

(それが寂しいとか、そういうことじゃないんだ)

光は掴んだ花びらを風に乗せる。

近くの桜に寄りかかり、身を預けると、木も光を優しく受け止めてくれた。

髪をそっと撫でる枝が、心を推し量ってくれているようで、ほんの少し笑みが滲む。

 

―――嘆いているわけではない。

 

ただ、懐かしいだけなのだろう。

世界の変化はめまぐるしくて、人は見る間に歳をとり、街は忙しなく移りゆく。

ただ一人、慣れ親しんだ世界と違う刻を歩むようになってしまった乖離の感。

例えば春に花咲く桜のように、昼夜を繰り返す天のように。

けれど、樹木の生長は一朝一夕に伺うことの出来ないものだし、空は常に空のままだ。

桜が、さわさわと揺れていた。

舞い散る花びらに、涙がこぼれた。

そのまま気配を消してしまえば、もう誰も自分に気付く事はない。

この世界に留まっていること自体が奇跡のような存在。

そっと手を翳す。

紅色の向こう、眩い日差しが瞳を射抜く。

 

「―――光?」

 

ハッと振り返った先に佇んでいた、優しい姿。

「どうしたの?」

紅葉、と呼びかけた瞬間、周囲の人々が振り返り、まるで今この瞬間に現れ出たかのような驚きぶりで、光を見ていた。

彼らを気にも留めず、壬生が近づいてくる。

「すまない、売店が混んでいて」

「いいよ、気にしないで」

「君、何かあった?」

「え?」

「泣いているから」

そっと目元を拭われて、光は、慌てて自分の手で擦ると、困ったように少し笑った。

「違うよ」

そうじゃない。

また涙が込み上げてくる。

けれどこれは、同じ涙ではない。

「紅葉は」

「うん?」

「紅葉は、俺に気づいたね」

壬生は暫く光を見詰めて、不意に穏やかな笑みを浮かべる。

「気づくさ、君の事なら、見つけられるよ」

「どうして」

「君のことを分からなかったら、それは僕じゃない」

キョトンとして、思わず噴出してしまった。

「凄い自信だなあ」

笑う光を壬生は静かに見詰め続けていた。

「誓いは」

「―――え?」

「誓いは、いつでもここに在る」

掌を自分の胸に置く。

「変わらない想いは、ここに在るよ」

桜の花びらが舞った。

「だから泣かないで、光、悲しい事はもう起こらないから、信じて」

「紅葉」

「君の探しものなら、僕が持っているから」

そして僕の探し物は、君が持っているんだ。

そっと差し出された手に、瞳を留めた。

巡る季節、変わりゆく世界。

違う刻を生きる自分、けれど。

ああ。

こんなにも―――繋がっている。

途切れることのない絆が、結ばれていた。

伸ばした手で掴まると、そのままするりと桜の下から導き出された。

枝がそっと背中を後押ししてくれた。

壬生は、片手に持っていたビニールの中から、大判焼きをひとつ取り出すと、光に手渡す。

「僕のはクリームだから、半分ずつにして食べよう」

「紅葉」

「うん?」

どうして急に今の話をしたの?

壬生は笑う。

「君が泣くから、もしや僕を忘れかけているんじゃないかと思ってね、違ったかい?」

「忘れないよ」

「そうか、でも、今度から桜の下で君一人を待たせるのは、やめようと思う」

「どうして?」

「桜は、季節のめぐりと僕らの営みの間に生じる壁を、否応無しに思い出させるから―――同じに見えてそうじゃない、僕には君がいるから、いつでも感じていられるけれど、君は違うかもしれないからね」

光の髪を、掌がゆっくり撫でる。

「それでも、僕は、季節の移り変わりを愛するように、君を想っているよ」

舞い散る花びらの中を歩いていく。

涙はもう無い。

胸の疼きも、いつの間にか消えていた。

代わりに幸福な笑顔を浮かべて、光は頷き返していた。

ためらうたび、何度でも差し出されるだろう。

約束の言葉と、暖かな繋がりは、二つの時間を確かな形と変わらぬ強さで結び続けてくれる。

遠く煙る薄紅の桜並木は、儚いけれど見事な彩をもって、巡る季節の愛しさを伝えてくれるようだった。

 

(完)