「NO-Title23」
※拙宅二次創作の長編「Sword of Dragon」がベースになっています。
(アレの続きって訳でも無いので悪しからず)
舞い上がる紅の焔の様な木の葉。
この季節は好きだ、自分という存在が、この世に生を受けた頃だから。
周りを囲む黒犬達を見回して、優美な姿が掌で受け止めた一枚の赤い葉をフッと吹いた。
葉は、ヒラヒラと舞い、足元の赤に混ざる。
詰襟の喉元を僅かに寛がせて、きちんと着込んだ黒尽くめの学生服、金のボタン、黒い靴。
艶やかな鴉の濡れ羽の様な髪が風になびき、肌は青褪めて見えるほどに白く、幽玄の美しさを纏う姿形、双眸に宿る光は黄金。
「禍つ怪共よ」
赤黒い口腔内が覗くほど牙を剥いた獣達の白濁した瞳は、一様に獲物を見据えている。
身構えもせず佇む姿に向かって、円は徐々に狭まりつつあった。
微かに溜息を漏らして、一度閉じた瞳を、次に開いた時、彼を取り巻く気配が一瞬で変化する。
それは応龍の持つ太極の気、全ての土塊を無に返し、再び巡らせる始原の力。
けれど殺気を漲らせたままの獣達に、金の瞳が哀れみの色を浮かべた。
「理が淀んでいるのか」
元より、自らの降り立つ地は戦乱の渦中、たとえそこに秩序が満ちていたとしても、剣の一振りで混沌へと塗り替える。
「すまない」
小さく呟くと同時に、青年は地を蹴った。
同時に獣達が四肢を繰り出した。
懐に飛び込んできた一匹を掌打で張り飛ばし、脇から襲い掛かる一匹にその手を刀に変えて薙ぎ払う。
更に反対側から踊りかかった牙を片腕で防いで、そのまま手の甲を叩き込んでから、背後より飛来した気配を紙一重でかわして、通り過ぎる姿に拳の一撃を見舞う。
一瞬の動作で4匹屠って、更に迫り来る牙をつま先で蹴り上げ、振り下ろす際にもう一匹、二匹。
戦っているというより、舞っているかのような流麗な動作。
一切の無駄なく、一つ動く度確実に目的を遂げていく。
やがて、あらかた数を減らされた獣達が僅かに後退するそぶりを見せると、青年は繰り出す手を休めた。
刹那、剥かれた牙が背後から踊りかかる。
気付いた青年が動作に移るより早く―――「はっ」
不意に姿を現したもう一人のつま先が獣の腹を蹴り上げる。
「光!」
こちらは喉元まで襟をキッチリと閉じて、一分の隙も無く青い学生服を着込んだ長身の青年。
さらりとした質感の髪の下で切れ長の瞳が鋭い光を放ち、涼しげな面立ちに不快と怒りが滲み出している。
冷たく冷ややかな気配の内に滾る熱さを孕んだ姿が、青年の隣にすっくと立った。
「紅葉」
振り返った光は、微かに口の端を緩ませる。
「こんな所にいたのか、探したよ」
「すまない、どうやら俺が場の気を荒らしたみたいだ」
「光」
気遣うような紅葉の表情に、光はそんな顔をしないでくれと笑う。
「理解して選んだ道だ、俺も、お前も、二度と安息なんて言葉に縁はない」
「それは」
「もしや、後悔してる?」
途端きつく睨み返されて、今度は困ったように少し首をすくめた。
空気の読めない無粋な一匹を軽く拳で打ちのめして、光は往なす様に紅葉に詫びる。
「ゴメン、冗談でも言う事じゃないな」
「そうだね」
次いで迫る牙を次々と蹴り砕くと、紅葉の薄い唇から淡い溜息が零れて落ちた。
「君にはもう少し、僕の気持ちを理解して貰わないと」
「これ以上何を理解しろっていうんだ?」
「まだ足りないよ、光、僕は君のためなら何もかも破壊し尽くしたって構わないと考えているんだ、これは冗談でも比喩でもない、いつだって本気で、そう考えている」
「怖いな」
「でもそれは、君の望む所ではないから―――僕も、そんな未来は選ばない」
飛び掛ってきた獣を、つま先に引っ掛けるようにして蹴り上げる。
そのまま左に蹴り抜いて、もう一匹の鼻柱を折り、その足を軸に宙を駆ける一匹の腹を膝で跳ね飛ばす。
前方に飛んで一匹の頭を踏み潰し、更に飛んで牙を剥いた一匹を右に蹴って弾いた。
残り3匹。
よくもまあこれほどと呆れながら周囲を見渡して、山中から漂う気配にそっと目を細めた。
「もしかして、ここは」
「うん」
光が駆ける。
3匹が迎え撃つより早く、拳の先制で一匹を沈め、発剄で残り二匹を一時に弾き飛ばして、獣はそれぞれ木の幹にしこたま体をぶつけて動かなくなった。
累々と周囲に転がった獣達からは、やがてシュウシュウとどす黒いもやが立ち上がり、いずれも元の死骸へと戻っていく。
「こういうのってさ、不法投棄とか、そういう言葉で片付けられるんだろう?」
「ああ」
傍らに立った紅葉に凭れかかる様にしながら、そういうのは寂しいよな、と光は呟いた。
「生きている間はたくさん愛されたんだろう、獣でも、墓を建ててやろうなんて酔狂な人間もいる、なのに死んだら物扱い、確かにこの地に最早本来の魂魄は存在しないけれど、抜け殻だって愛しいと感じる誰かがいるはずだ―――価値観なんて、委ねる手の内でどのようにでも変わってしまうものなんだね」
「光」
「死んだら終いだ、人も、獣も」
「そんなことはない、少なくとも、僕にとっての価値は永久に不変だ」
見上げた瞳から黄金はゆっくりと薄らぎ、黒曜石の煌めきへと変じていく。
映された自分の姿に僅かに双眸を眇めて、紅葉は光をそっと抱き寄せた。
「僕は、僕のエゴで、君を手放すつもりは無いよ、たとえ君がそれを望んだとしてもだ」
「紅葉」
「だから君はもっと理解するべきだ、僕がどれ程君を望み、君に執着しているか、思い知るべきだ」
耳元でクスッと笑い声が聞こえた。
肩口にうずめた顔を起こして、そっと唇を重ねあい、見詰め合った背後から―――突然大声が上がる。
「何してるんですのー!」
ハッとして振り返った光と紅葉の眼前に、薙刀を握り締めた朋恵が仁王立ちで佇んでいた。
少し離れた楓の幹に祇孔がニヤニヤしながら凭れかかり、傍では翡翠が溜息を漏らす。
「どこへ行かれたのかと思えば!こんな所で!」
途端気まずげな表情で黙り込んだ紅葉の腕をそっと解きながら、兄は暢気に「いやあ」と笑った。
「綺麗な景色に見惚れて歩いていたら、いつの間にかこんな場所まで」
「山頂でお待ちくださいと申しあげましたでしょう?まったく、一体お幾つのおつもりですの!」
「とりあえず、高校は卒業しているんだよな?確か」
「蓬莱寺様が卒業証書をお持ちくださいましたからね、間違いないでしょう」
「うん」
「けれどまだ実感が湧かないなどと仰られて、卑しくも学生の真似事などして卒業旅行など、付き合う私達の気持ちもお考え下さい、恥ずかしいったら!」
「そう怒らないで欲しい、俺はずっと寝ていたんだ」
「お兄様が高校を卒業されて、既に数年経っております」
「みたいだね」
「お目を覚まされるまでの間、私達がどんな想いで」
「でも、意外と早く戻れたと思うよ、下手をすれば十数年、いや、もっとかかっていたかも知れない」
「縁起でもない事を言わないでくれ」
脇から苦い表情で口を挟んだ紅葉を見上げて光は困り顔で笑う。
朋恵にとっては火に油を注ぐ結果となった様だ。
「おだまり、壬生!」
鋭い叱責を受けて、紅葉は僅かに身を竦ませた。
「―――すみません」
「ともかく!」
「もうその辺でいいじゃねぇか、姫さんよぉ」
フラフラ近付いてきた村雨も白い学生服を着込んでいるが、翡翠だけ着物に羽織を羽織っている。
現役高校生の朋恵だけが、唯一制服を着ていておかしくないといった状況だ。
後は、景色のいい所で写真を撮る名目のため、敢て着替えたコスプレ状態。
しかし光と、ギリギリ紅葉はともかく、老け顔の祇孔の制服姿だけはどうにもいただけない。
その点を指摘された当人が切り返す前に、翡翠から「在学時代からだよ」と指摘を受けて、髭面の大男はつまらなそうに舌打ちをしていた。
「今日は折角、紅葉狩りに来たんだぜ、狩ろうぜ、紅葉」
「村雨さん」
「あ?」
「そこはもみじと発音するんです、まさか、僕に喧嘩を売っているんですか」
「そう聞えたか色男?」
懐から花札を取り出す祇孔と、睨み返す紅葉の間に割って入って、光が「こらこら」と二人を往なした。
「それより今日はもう戻ろう、朋恵、本宅に連絡を入れて、不法投棄の通報と後処理の依頼をしてもらえるかな」
「かしこまりました、嫌ですわね、昨今流行のペット埋葬のサギ業者でしょうか?」
「さあ、分からないけれど、状況から鑑みるに可能性は高そうだね、もっとも、俺が来なければただの死骸でいられたんだろうけれど」
「お兄様」
全員が何とも言えない表情で光を見詰める。
役目を果たして太極に還る定めの剣が地上に在り続けるという事、これが、その答え。
けれどそれでも彼を引き留めたいと願う、自分達は罪深い愚か者かもしれないという考えが、脳裏を掠めた。
僅かに漂う暗鬱な気配を断ち切るように、突然紅葉が光を引き寄せ、強引に唇を重ね合わせる。
「壬生!」
朋恵の怒号とともに、おおーと揶揄する祇孔の声が上がり、仰天した翡翠は呆れ顔で溜息を漏らしていた。
「恥を知りなさい、このような場所で!」
「まあまあ、姫さん、あてられて俺とも口吸いあっとくか?」
「いたしません!」
「つれねえなあ」
「―――それ以上の暴言は、粛清の対象になるぞ、村雨」
「おーおー怖いねえ元御庭番衆、大体お前何しについて来たんだよ、趣味の悪い暇潰しか?」
「村雨、人をからかう前に、自分のふざけた格好を顧みたらどうだ」
「卒業旅行にゃ思い出が付きもんじゃねえか、俺は先生の可愛いおねだりに協力してやってんだ」
「痛い、要らない」
「足役だけで充分ですわね」
「クッ、畜生!蓬莱寺の野郎が居やがったらなぁ!」
しかしてメンバー随一の突っ込まれ役は、現在中国の何処にいるのやら。
式鬼を飛ばして今度の計画を伝えてやったら、都合が合わないと半べそで断りの式鬼を打ち返してきた。
けれど今、京一がこの場にいれば、底が見えないほど落ち込んでいただろう。
そっと唇を解いた紅葉は、光を見詰めて何も語らず、ただ髪を指先で梳いた。
光はクスリと肩を揺らしてそのまま紅葉の胸元に凭れかかり、再び朋恵が声を荒げて、村雨の軽口と翡翠の溜息が重なる。
燃え上がる緋色の景色を渡る風は涼しく、紅蓮の定めを負った剣とその伴侶にも等しく穏やかな秋の気配を運ぶのだった。
(完)
最初に思っていたのと違う形になりました、インパクト書き。
光の特異性についてご存じない方は、良ければ長編を拝読くださいませ。