NO-Title24

 

 道の両端に赤や黄、茶色の落ち葉が積もり、風が吹くたびカサカサと音を立てる。

冬の気配はすぐそこだ。

舗装された坂道の、等間隔で植えられた、幹に裸の枝ばかりの街路樹の脇を、のんびりした足取りで歩く二人の姿が通り過ぎていく。

「すっかり寒くなったなあ」

「そうだね」

光の首に巻きつけたマフラーを、ほら、と、整えてやる。

彼をイメージして編んだマフラーだ。

黄色を基調に、赤、青、白と黒の糸で、縦にボーダーが編みこんである。

「ありがとう」

笑った光の鼻の頭が赤くて、紅葉の口元にも自然と笑みが浮かんでいた。

「これ、本当に温かいな」

「気に入ってくれて良かった、君によく似合っているよ」

「うん、五行色だね、わざと?」

「多少意識してしまったかな、何せ、君は中央の龍だし、それに身に付ける色はとても大切だと聞いたことがあるから」

「そうなのか」

「個人のパーソナリティーを表現すると共に、精神の高揚や鎮静を促し、時には肉体にも影響を及ぼすそうだよ、寒色系の下着より、暖色系の下着の方が、冷え性の改善に役立つらしいね」

「俺は冷え性じゃない」

「フフフ、勿論知っているよ、君は体温が高いから」

そっと唇を耳元に寄せる。

「―――これから、毎朝の寒さを凌ぐのに丁度いい」

「こ、コラッ」

体を起こしてハハハと笑う紅葉を見上げる光は、仄かに頬を染めて、口元を拗ねたように尖らせた。

「紅葉は手が冷たいから、急に触られるとビックリするよ」

「君ほど高体温じゃないからね、けれど、夏場は君から触って欲しいとねだってきたじゃないか」

「それは、だって」

「今度は僕の番だよ、君に、温めて欲しいんだ」

暫く黙り込み、不意に伸ばされた手が紅葉の手をキュッと握り締める。

「冷たいな」

「うん、君の手は温かいな」

「手の冷たい人は心が温かいって」

「それは迷信だよ」

「もしかしたら、俺は冷たい人間なのかもしれないよ?」

「それだけはありえない」

紅葉がまた笑う。

「僕は絶対なんて言葉信じていないけれど、君に関してなら断言できる、君以上に温かな人はいないよ、この温もりはきっと内面から滲み出してくるものだ、慈しみに充ちた、君の心を感じる」

「よくそんな言葉スラスラと出るな、流石に照れる」

「ん?じゃあもっとよく顔を見せてくれないかな?恥らう君を目に焼き付けておきたい」

「悪趣味」

「フフ、仕方ないよ、君を全部知りたいんだ」

光の頬をスルリと撫でて、恍惚に蕩ける双眸が目の奥をじっと覗き込んでくる。

「今以上、君に入れ込んでしまったら、もしかしたら僕は本当に気が狂ってしまうかもしれない」

途端光は急に紅葉の手を強く握り締めた。

痛いほど強い力に顔を顰めた紅葉に、狂うなんて言うな、と、真っ直ぐ見つめ返す。

「そうでなくても紅葉は極端なんだから」

「光、冗談だよ」

「そうは見えなかった」

龍の眼光は嘘偽りを見逃さないのか―――紅葉は軽く息を吐いた。

「そんな事はさせない」

光の瞳が金の光を帯びている。

「無茶しないように、見張っているから」

「それは―――素敵だね」

スッと引き抜いた手は、難く掴まれていたはずなのに抵抗なく解けて、今度はその手を紅葉から光の背に回すと、多少強引に抱き寄せた。

「君に見張られるなんて素敵だ、それじゃあ、僕が堕ちてしまわない様に」

ずっと見張っていてくれ、君が、ずっと。

「く、紅葉」

身じろぎする光に構わず首筋に顔を埋める。

君はズルイ。

君が悪い。

無意識なのか、意図的なのか、分からないけれど、そうしてどんどん僕を絡め取ってしまう。

君が呆気なく見抜いてしまうから、僕もさらけ出さずにいられないんだ。

周囲に人の姿は、今のところない。

けれど路上で抱き合う男子高校生の姿は多分如何わしく思われるだろう。

同じ学校の生徒に見られてしまったら、もしかしたら噂のネタにされるかもしれない。

そんなもの構うものかと抱きしめる。

甘い日向の香りがして、腕の中から不意に苦しいよとくぐもった声が聞こえた。

「あ、すまない」

慌てて腕を緩めた紅葉の胸を突き返すようにして、見上げる光の顔は真っ赤に染まっていた。

「ダメだよ、こんな場所で」

「どうして?」

悪びれずにクスクス笑い返してやったら、ため息を吐いた光の仕草が愛らしくて、そっと髪に指先を差し込んでスルリと梳る。

「君が好きだよ、光」

秋の日差しを受けながら、睦み合う二人の足元で、風に煽られた色とりどりの落ち葉が乾いた音を立てていた。

 

 凍えそうに冷たい雨が、降る、降る、降る。

昼の太陽は幻のように消え去り、今はひたすら寒く、貫くような雨粒が漆黒の闇を濡らす。

目の前で倒れ伏した姿を冷酷に見下ろしている影。

これは愚かにも御剣家当主を害しようと企てた外道の成れの果てだ。

先ほど自分が屠った。

(結局)

かつては暗殺家業にこの手を染め、血塗られた定めと境遇を呪った事もあるけれど。

(僕は、こういう人間なんだ)

それを哀れと救い出してくれた輝く御手。

愛しい彼の手を守るため、今度は自ら望んで、再び宿業に身を投じた。

後悔などは微塵もない。

罪悪感もない。

空しさも、ない。

ただこの身を焦がし、気が狂わんばかりの―――欲があるだけ。

恋と呼ぶにはあまりに激しく、愛と呼ぶにはあまりに身勝手な感情。

灼熱の想いに身を焦がし、ただ一心に求め、縋る。

君を害する者は何であろうと許さない。

それは、僕をも害するものだ。

(たとえ、この手をどれ程の罪に染めようと)

ふと気配がして振り返った。

闇の中に傘を差して佇む姿が見えた。

一寸先も危ういほどの黒一色で塗りつぶされた景色の中、何故彼の姿だけ輝いて見えるのだろう。

見間違えたりしない、見落とすことも決してない―――君だけは、必ず見つけられる。

「紅葉」

「光」

伸ばしかけた両腕を中途半端に止めて、そのまま紅葉はどうしたものかと立ち尽くしてしまった。

汚れた手で光に触れられない。

足元に転がる汚物を、光の目に晒したくない。

雨が降る、降る、降る。

水の爆ぜる音がした。

急に光が駆け出して、紅葉の手前で立ち止まった。

フッと足元の骸に目を向けると、端正な顔を僅かにしかめ、再び紅葉を見上げる。

そんな顔をしないで、光。

伸ばしかけたまま固まっていた手に、温かな掌が触れた。

「冷たくなってるな」

地面に落ちて転がった傘がまるで花のようだ。

指先から伝わる愛しい温もりに目を眇めたら、そのままそっと胸元に身体を預けられた。

「光、ダメだ」

光の姿が雨に濡らされていく。

一瞬ためらい、けれど抱きしめた腕の中から、見上げた光の瞳が仄かに金の光を帯びている。

「―――気付いていたよ」

ポツリと聞こえた。

「だから来たんだ、でも、紅葉のほうが先だった」

そう、と答えて、紅葉は微笑んだ。

「やはり、流石だね、でも、僕は君と僕自身に呪いをかけているから」

「俺に向けられた敵意を感じ取る呪い、だろう?鳴瀧さんが俺の父さんと自分にかけていたものと同じだ、災いを被る前に、当事者より先に原因を絶つために」

「君の対は僕だ、だからこれは僕が負うべき当然の役目さ、光、これは呪いなんかじゃないよ」

「呪いだよ、父さんは嫌がっていたって今の父さんに聞いた、俺だって、そんなもの紅葉に」

ザアザアと降る雨音が鬱陶しい。

これさえなければ、光の澄んだ声をもっとよく聞くことが出来るのに。

(ああ、どうしてだろう)

さっきまであんなに寒かったのに、今はもう僅かも感じない、寧ろ温かいほどだ。

光が傍にいるだけで、こうして触れ合っているだけで、幸福が込上げてくる。

いいんだ、光、君が気にすることは何もないんだ、これは僕が自ら負いたいと願っている十字架なんだ。

(光、僕もね、卑怯者なんだよ)

多分、師匠の鳴瀧も、同じ想いで呪いを自らに施したのだろう。

君の罪悪感に付け込み、縛りつけるために。

そうして、この手を汚すことで、君を独占するために。

そのためだけに―――咎を望む、僕は何もかも君と真逆で、だからこそ君を欲して止まないんだろうか。

光の眼差しが心地良くて、ただ見つめ返していたら、腕の中でフッと力の抜ける気配がした。

伸び上がってきた姿を受け止めて、唇を重ねる。

それだけで、何もかも赦された様な想いに満たされていく。

(ああ、光、光、光―――君が愛しいよ)

ギュッと抱きしめると、込められた力をやんわりいなすように押し返した光が、そのまま笑った。

「もう、いい」

穏やかで優しげな瞳、気遣うように紅葉を見上げる慈愛に満ちた視線。

「帰ろう、紅葉」

そうだね、と抱きしめて、再びキスをした。

甘く愛しい想いに満たされた、僕の何もかも君に捧げたい。

「このままじゃ、本当に風邪を引いてしまう」

濡れた髪を指で梳り、足元に落ちていた傘を拾い上げると、今更のように二人の上に差し掲げた。

ポタポタと落ちてきた雫を受けて、光が困ったように薄い笑みを浮かべた。

「びしょ濡れだな」

「早く君を温めないと」

―――足元の屍に触れようとしないのは、後処理も含めて、事情を理解しているからだろう。

拳武の人間が全て無かった事にする。

死体処理も、今夜の出来事も、闇に葬り去る。

分家の勤めとはそういうものだ。

そして現館長の鳴瀧の後継者である紅葉も、同じ役を負っている。

「行こう」

囁いて行こうとしたら、傘を差した紅葉の手に、そっと光の手が重ねられた。

「冷たい、ね」

雨のせいだけではないようなヒヤリとした感触。

その奥へ染み込んで行くような光の手の温もりを感じ取って、紅葉の口元に自然と笑みが浮かぶ。

「大丈夫だよ、君が、温めてくれているから」

そっと寄り添うように近づいた肩を腕に抱くと、今度こそ歩き出した。

僕を君が見張り続けてくれるのなら―――

(違えること無く、この身を罪に染められる)

この温もりは、やはり、君の心根に宿る輝きの証明だ。

僕の咎を受け入れて、想いごと負ってくれる。

君だけが僕にとって唯一の寄る辺。

多分、君が僕を望んでくれる以上に、僕には君が必要だから。

(ありがとう)

声は雨に紛れて届かなかったかもしれない。

不意に光からギュッと手を握り返されて、それだけで充分だった。

 

冷たく、けれど、どこか心地良いような雨が、漆黒の闇に降る、降る、降る。

 

 

久しぶりに書いてみたら、どうにも妙なことに。

表裏の龍なので、昼間は光のパート、夜は紅葉のパートです、あらゆる意味で(笑