NO-Title6

 

 そんなこと、口が裂けたって言えないよ。

 一緒に居たいだけだなんて。

 

 靴を履いて外に出ると、門の所に人だかりが出来ている。

紅葉は怪訝に顔をしかめた。

近づいてみるとあちこちからひそひそと「真神」「真神」と聞こえるので、はたと思い立って急ぎ足で近づいてみた。取り囲む生徒達を押しのけて、中央に出来た空間まで進む。

やっぱり、と溜息が漏れた。

門柱にもたれた光はすやすやと安らかな呼吸を繰り返していた。

なるほど、どこでも寝てしまう特技に偽り無しだったわけか。

以前そんな事を胸を張って言われて、呆れながらもちょっと可愛らしいなとか思っていたのに、本気で眠られてしまってはもう苦笑いしか出てこない。

取り巻き達は彼が男か女か判別しかねているようだった。無理もない、起きている時ですら間違われるのに、眠ってしまったならこの美貌だ、わからないに決まっている。

学ランを着ているから男だ、いや、でもこの顔は・・・などと勝手な意見は放っておいて、紅葉は光の肩に手をかけた。

「光」

途端、あたりにどよめきが走る。

誰、こいつ、壬生紅葉?三年の?こいつの彼女なわけ?え、友達?しんねえ、つうか、羨ましい!

いくら学問、スポーツの名門校、文武両道の拳武館なんて謳われていても、所詮男子校、こんなものだ。

普段の生活で女っ気が全くないから、ちょっとでも潤いを見つけたらついフラフラと近づいてしまう。

光はよく寝ていたし、こんな外見だから騒ぎが大きくなったのだろう。

悪戯されなくて良かったと少し思い、そんな馬鹿なことあるわけ無いと訂正する。

起きている時の彼は誰よりも強い、最強の男なのだから。

(こんな見かけの癖に)

しばらく揺すると光は目を覚ましたようだった。

「ん・・・あ、紅葉」

「こんな所で寝るなんて、君もなかなかの大物みたいだね」

「だってヒマだったし」

「ヒマだと寝てしまうのか?」

「家では大体そうだよ」

「ここは君の家なのか」

違うねといって笑う光に、紅葉はため息を漏らした。

「拳武は仲がいいんだなあ」

え、と振り向くと、取り巻き達が何食わぬ顔で解散する所だった。何人かがそれでもまだ名残惜しそうに、目覚めて更に魅力の増した光をちらちらと窺いながら去っていく。

生徒達の羨望を一身に浴びて、紅葉はそう悪い気もしなかった。

当の本人はとぼけた様子で「集団下校強化週間?」などと大して面白くもない台詞を呟いているが。

「所で光」

「はい」

「僕に用があってきたんだろう?」

「うん」

まあ、それ以外に光が拳武に来る必要性などない。

大方旧校舎での鍛錬の誘いか、紫暮さんの所もしくは鳴瀧師範が光に許してある道場での手合わせか、どちらかだろうとあたりをつけた。

「紅葉、夕飯食べに行こうよ」

「え」

大穴だった。

ビックリする紅葉に、光も驚いた顔をして、それから少しだけ眉を寄せる。

「無理?ダメ?用事があるのか?」

「そういうわけでは無いけれど」

想像してなかったから、と言うと、意外かな?と聞き返された。

「うん、ここと新宿じゃ距離もあるし、わざわざ来てまでする誘いじゃないから」

「俺だって紅葉のためにわざわざ足を伸ばすのさ」

「どうして」

光はウッと言に詰まったように呻いた。

「そそ、そんなのはいいんだよ、それより食事は?無理?」

「いや、無理じゃないよ」

微笑むと、金茶の瞳が嬉しそうに細まった。

それで紅葉も更に機嫌が良くなって、とりあえず行こうかと誘いかける。

「どこに食べに行くんだ?」

「ラーメン以外」

「ますます珍しいな」

「あれはいいんだ、真神の皆といつも行ってるし、紅葉はどこかいいところ知らないのか?」

「そうだね」

考えて、たまにいく定食屋の話をすると光はそこでいいと頷いた。

二人して並んで歩く道すがら、雑談の合間に紅葉がそういえば、と呟く。

「君たちがいつも行くラーメン屋って、どんな所なんだ?」

「中年のおじさんが経営してるよ、ちょっと黒ずんでるというか、長年の歴史が刻まれた店というか」

中堅社会人が専ら利用するタイプの店だろうと想像が付いた。ようは小汚くて小さなラーメン屋だということだ。別段悪い意味や、けなして言っているわけではない。

「美味しいのか?」

「そこそこ、安いっていうのも魅力の一つだと思う」

「そうか」

光がくるりとこちらを振り向いて、ニッコリ笑った。

「紅葉も行こうな、俺と二人で」

「君と二人だけ?」

「他の奴がいると味わって食べられないだろ」

そこまで味わい深いラーメンが出るものだろうか。そんな店で。

それでも光が嬉しそうなので、まあいいかと思う。

自分にとっての色々な事が彼中心に回っているようで、とても不思議だった。

ここまで生活に入り込まれて、帰りに待ち伏せまでされて、一緒に、などと、すでに自分の中では信じられないくらいテリトリーに踏み込まれているのに、何故か嫌だと思えない。

それどころかちょっと嬉しかったりしているのだ。信じられないことに。

彼にとって、それが一番不可解な感情だった。

並んで歩くとらしくもなく足取りが弾んでしまう。

「紅葉」

「うん?」

目が合うと、光はエヘヘと笑った。

つられて紅葉も笑う。こちらは口元を少し緩ませるだけで。

今度は僕が真神の門で君を待つよ。もっとも、眠ったりはしないだろうけどね。

「次に来る時は携帯に電話をくれないかな」

「何言ってるんだ、いきなりいるからビックリして楽しいんだろ?」

「楽しいことは確定なのか」

「楽しかったでしょ」

そうだね、と言うと、光はますます嬉しそうに笑った。

こんなに楽しい下校になるのも、隣に彼がいるからだ。間違いない。

 

 そんなこと、口が裂けても言えるわけがない。

 ただ君の側に居たいだけだなんて。

 

(完)