埃っぽく濁った空気の中を三人は無言で歩く。
駅が近づいた頃、京一がボソリと呟いた。
「なあ」
「あん?」
「なんで、あんなことになってんだ」
ああ、と答えたのは祇孔だった。
「俺たちも詳しい事は知らねえ、ただ、あいつらの言葉をまとめて考えると、どうも壬生の奴が光に何か言ったらしい」
「何かって」
知るかよ、と答える祇孔の言を取って翡翠が引き継いだ。
「光を独占したいといったらしい」
「壬生が?」
「ああ、そして、光はそれに応えた、それで全部だ」
まじかよ、と心で呟いていた。
光は強くて、優しくて、おまけに美人で、性格もいい最高の友達だった。
多分生涯で彼以上の人間に出会うことはもう無いだろう。その名のとおり、光り輝く「光」そのもののような人だった。
なのに。
あの姿を思い出しただけで怖くなる。体の震えが止まらなくなる。
腱も切れて、動かなくなった手足を縛られて、それでもまだ幸せだと笑う姿に嘘はなかった。
光は本気で、心の底からあの状態でいいと納得しているのだ。望んであのベッドの上にいる。
紅葉がいるから、幸せだと言って。
「信じ、らんねえ」
呟くと祇孔が背中を叩いた。
「俺だって信じらんねえ、こいつだって信じらんねえよ」
翡翠を指差した。
「けどよ、壬生だけならぶっ殺して攫っていくとこだけどよ、先生が望んでんだ、あれを」
「どうして」
「んなもん言わせんなよ、あの馬鹿に惚れてるからだろ」
京一は納得できなかった。
人を好きになるということはそういうことなのか?体の自由を奪って、閉じ込めて、それで愛しているといえるのか?
「光は心まで壬生に捕らわれてしまった」
翡翠の声はどこか悲しげだった。
「もう戻ってこないだろう、僕らが知っているあの彼は、どこにもいない」
「そんなわけ」
「蓬莱寺」
懐から取り出したタバコに火をつけて、ひとふかしして祇孔が呟く。
「そういうのもあるんだ、これは、俺らがどうにかできる事じゃない」
「けど俺は、納得いかねえ!」
「そりゃ俺たちも一緒だって言ってんだろうが」
灰色の街を覆う空の青は偽物のように胡散臭い。
まるで光の目のようだった。
あの綺麗な金茶の瞳。気が高まると金色に染まる彼の目が、二度と再び輝く日は来ない。
この天蓋が本当の青に見える日も、それを思うと永遠に来ない気がした。
不条理な力で蹴り飛ばされた足元の石が、近くの壁にぶつかってあっけなく砕けて落ちる。
京一は割れた欠片から思わず目を逸らしていた。
この、東京の片隅で、かつての親友は幸せに暮らしている。
最愛の者と共に、誰も入る事の出来ない監獄の中で。
「ひーちゃん」
名前を呼ぶ声はどこか空々しかった。
これきり、二度とその名を呼ぶことも無いのかと思うと心底悲しくて、京一は浮かんだ涙がばれないように一生懸命空を見上げていた。
そこに青空があるだけ。
それだけだった。
(完)