「NO-Title8」
それは風の強い日。
見上げる青空が目に痛いほど、高く遠く広がるその先に、切れ切れの雲が思い出したように浮かんでいる。
乱れる髪に手をあてて、改めて歩き出す街は相変わらずの雑踏と埃だらけだ。
ここは、東京。
多くの人と物が溢れる、光と音で飾られた灰色の街。
自分にとっては取るに足らない、ただ、生きて、死ぬだけの街。
それでもかけがえのない場所。ここには、彼がいる。
ここを好きだと笑った、そのために自分は命をかけた。
そして今、僕はここにいる。
この場所で、特に何か変わったようにも思えない。
けれど確実にそれは訪れていて、吹きつける風は新しい予感を運んでくるかのようだ。
同じような日々が続いている。
そこで変わりゆく街並み。
変わり行く自分。
それは目に見えないほど些細な事、それでも、積もれば大きな違いになる。
僕は僕を好きになることなどないような気がしていた。
いや、好き、嫌いという価値基準すら持たなかった。
それを明確に意識し始めたのは出会って少ししてから。
こんな自分は嫌だともがき始めた。
でも、どうしたら自分の事を好きになれるんだろう。
君を愛したいと願う僕が、僕自身を愛せないことは、結局君すら愛せない事になる。
僕は君を好きになる。
そのために、もっともっと、自分の事を好きになれるなら。
ほんの些細な事でも溶けて消えていく春の雪のように。
そんな屁理屈もつまらないことのように、君の笑顔の前にいつのまにかなくなっていたんだ。
それは自分で変わったんだよと君は言うけれど。
そうじゃない、君が変えた、きっかけの全ては君がくれた。
だから伝えたい、ありがとうと。
追い風に逸る足で、君に貰った翼を抱いて、灰色の街を駆けて。
そうして、会いに行こう。
今も、きっと笑顔で待っていてくれる君の元へ。
風を抜いて。
頬を染めて。
(完)