「NO-Title9」
放課後。
拳武館高校、手芸部はにぎやかだ。
部員は総勢10数名ほど、男子校で、この内容で、しかしてこの人数は奇跡的と言えるだろう。
しかも部員は全員皆勤、数々のコンテストにも出展し、賞もいくつか授与されている。
武芸、スポーツの拳武館と歌われる校内において、意外性あふれるこの部は教師陣からも密かに期待を寄せられていた。拳武の新たな名物になれ、と。
しかして部員達は言う、これには明確な原因が「いる」のだと。
彼らがいなくなれば、きっと手芸部は以前のようになりを潜めるだろう。
そう、今の手芸部には優秀な生徒が二人ほどいる。
彼らをさして、部員達はこう呼ぶ。
手芸部には、女王様とナイト殿がいらっしゃるのだ、と。
「みんな、お疲れッ」
勢いよく開いたドアから現れた姿に、部員達が途端に色めき立つ。
「こんにちは副部長!」
「うぃっす副部長!」
「こんちわ副部長!」
口々に飛び交う挨拶の言葉に彼らのアイドルがニッコリ笑って手を振ると、生徒達は全員ポヤーッと見目麗しいそのお姿に魅了されてしまう。
一連の光景を見ていた部長が苦笑しながら副部長に声をかけた。
「やあ、随分遅いご登場だね」
「ゴメン紅葉、先生に捕まっちゃってさ」
頭を掻いて笑う姿まで可愛らしいので、部長の彼まで参ってしまった。
拳武館高校手芸部、部長壬生紅葉、副部長御剣光、彼らが噂の「ナイト殿」と「女王様」である。
部員達は皆「女王様」を崇拝し、彼を守り補佐する「ナイト殿」に畏怖と憧れの念を抱く。
二人はその呼び名にふさわしいだけの実力もあって、部長の紅葉は文武両道、性格に多少難があるものの、見かけは並みの上、おまけに身長まで高い憎らしいまでの王子様体質で、そのせいか教師陣からの信頼も非常に厚い。手芸においての得意部門は縫い物全般で、噂では女王様の衣服は彼が作っているとのことだった。
一方副部長の光は、勉強は普通程度、それほど信用があるわけでもなかったが、最大にして最強の武器である外見と性格が突出して良いせいで、校の内外を問わず多くの人間が彼に魅了されていた。あまり知られていなことだが実は運動能力も多分にあり、肉体的な争いではこれまで無敗を喫している。手芸においての得意分野は編み物全般で、一部ファンからはニットのお姫様とも呼ばれていた。
この二人が在籍しているおかげで、拳武館の手芸部は輝かしい功績をその歴史に刻み続けていた。
幾つかの賞の授与と、雑誌掲載、諸事の理由により目立った行動は控えていたが、それでも溢れるカリスマ性はどうしても人目を引いてしまう。
それで、普段の生活の全てと個人的な情報のほとんどを二人は誰にも話さなかった。親しい生徒や教員ですら知らない謎の部分のせいでますます周りは惹きつけられて、その結果ファンが増えていく。
正直に言えば、それは彼らにとってあまり好ましくない循環であったが、それでも好きになられてしまうのだから仕方が無い。
いつの時代でもアイドルは持てはやされてしまうものなのだから。
部活開始後、定位置についた光は紙袋から白と薄茶の混じった細めのアクリル毛糸を取り出して、それを鈎針に絡めながらニコニコと他の生徒達からの質問を受け付けている。
「副部長、編み始めが良くわからないんですが」
「それは、こう指を二本出して、ここに絡めてこっちをすくって」
「副部長、輪針の使い方教えてください」
「ええっと、その前に編み方とかはわかってる?慣れると簡単だけど、初心者はちょっと難しいかもよ」
「副部長―!目の数がわかんなくなっちゃいましたぁ」
「ちょっと持ってきて、解いてからまた数えてあげるから」
大騒ぎのすぐ側で、裁断の終わった身ごろ同士に待ち針を打つ紅葉の元にも、部員が恐る恐る質問にやってくる。
「あの、部長」
「どうした?」
「こ、ここの、その、寸法の測り方がよくわからなくて・・・」
「ああ、それならこうすればいいだけのことだ」
「部長、すいません、こっちも少しだけいいですか?ここの裁断なんですけど」
「自分で出来る事なら、自分でやってくれ」
「あ、いえ、あの」
萎縮する生徒に紅葉が眉をしかめると、その脇腹をちょいちょいと突いて、光が苦笑する。
「教えて欲しがっているんだから、ちゃんと教えてあげないと、紅葉は部長だろ」
「でも、この程度なら本を読めばすぐ理解できるはずだよ」
「それでもわからないから教えて欲しがってるんじゃないか」
ねえ、と首を傾けると、件の生徒は一生懸命首を縦に振った。紅葉は渋々教えにいく。
西洋の、それこそ遥か昔から、ナイトは女王に逆らえないように出来ているのだ。
それを知っているからこそ、部員達もいざとなると副部長を通じて部長に頼み事をする。もちろん副部長も甘えや無理な願いはきっちりと断る人だから、部長は滅多な事では彼からの頼みを断ったりしなかった。
そうして放課後の二時間ほど、手芸部の部室で大騒ぎでハンドメイトにいそしんで、彼らは帰路に着くことになる。ここの部員は皆勤勉で、全員作品は自宅持ち帰りで精魂込めて作成していた。もっともそれは部長と副部長の教育が良い賜物でもあるのだが。
紅葉と光も自分の製作物に集中しつつ、時間と頃合を見計らって彼らに声をかける。
部の終わりを告げられた生徒達は心底残念そうな顔をするが、それでもまた明日になればと直後に思い直すようで、大体いつも晴れやかな笑顔で部活動は終了するのだった。
「お疲れ様です」
「お疲れ」
「副部長、また明日!」
「うん、明日ね」
「明日も待ってますから、絶対来てくださいよ!」
「お前達もちゃんと来るんだぞ」
生徒達は顔を見合わせてから笑う。
「サボるわけないっすよ、副部長が来るなら」
「ありがと、俺もお前達が来るならちゃんと毎日来るよ」
副部長の笑顔に生徒達はまたポヤーンとなっていた。
居残っていた分まで全員追い出して、他に部員がいないか確認すると、光は軽く息を吐いた。
紅葉は付け終わった活動日誌を閉じて、付箋で閉じられた角をトントンと机で叩いて整えている。
「光、どれくらい進んだ?」
「カーディガンはもう編みあがるよ、後は揃いのショールと手袋かな」
「そうか」
「紅葉は?」
「シャツはボタンをつけるだけ、パンツはやっと裁断が終わったばかりだ、これからもっとピッチを上げて作らないと」
「そっか」
そろそろ雑誌の作品募集の締め切りも近いし、頑張らないとね、そう言ってニッコリ笑う姿を暫く見つめて、不意に伸ばされた掌が光の髪に触れる。
されるままに指先の感触を楽しんで、光はクスリと笑って目を閉じた。
「どうしたんだよ?」
吐息が近づいてきたような気がして、微笑みは更に深くなる。
そのまま唇に触れて、呼吸を飲み込むように長いキスをされた。
やっと解放されて目を開くと、間近に紅葉の優しい表情があった。
「柔らかそうだったから、触ってみたくなった」
「・・・どこに?」
フッと微笑んだ瞳が、髪に触れていた手で唇を緩くなぞり、また髪に触れる。
「バカ」
コツンと額をぶつけ合うと笑いが零れ落ちた。
副部長は顔を上げて、改めて部長の顔をよく見つめる。
「もう帰らないと、先生に怒られるよ」
「もう少しだけ、と言ってもダメかな」
「続きは家に帰ってからだよ、部長殿」
紅葉は微笑んで、君には敵わないな、と荷物を取りに行った。
光も荷物と紙袋を持って部室の出入り口で待つ。
戻ってきた紅葉が、部屋を見回して戸締りを確認した後で、電気を消そうとして動きを止めた。
「紅葉?」
不思議そうに見上げた光を不意にドアに押し付けて、もう一度だけ短いキスをする。
解いたその先に見えた恋人の顔は仕方ないなと苦笑していた。
「早く帰ろう?このままじゃ俺まで我慢できなくなっちゃうよ」
「そうだね」
今度こそ、電気を消してドアを閉め、鍵をかけた。
夕日に照らされた廊下で、並んで歩く影は長くなった先で僅かに重なり合うようだった。
意図した所では無いけれど、偶然の呼称の一致。
ほとんど誰も知らない部長と副部長の関係。
いつの時代でも、女王とナイトは信頼しあい、そして愛しあうものなのだから。
(完)