「遂に、現れたね」
影は囁いた。
舞い散る桜吹雪の中で、そこだけ妙に薄暗いは、彼が纏う殺気のせいだろうか。
(彼の言っていた通りだ)
御剣光が真神学園を訪れたこと。
そして今、自分に気付いたこと。
あの女の言葉を借りれば、それらは総て『必然』ということになる。
必然。
なんて腹立たしい言葉だろう。
影は、学生服の胸元を、強く握り締めていた。
双眸には怒りと憎しみが渦を巻いている。
苦しくて、発狂しそうな情念の炎に焼かれ続けて、すでにこの身は漆黒に染まりきってしまった。
願いは一つ。
そのために、総てを投げ打つ覚悟は、たった今生まれた。
「君が、僕に、気付いてくれたから―――」
聞かされ続けた、古来の因習、カビの生えたくだらない盟約。
「そんなものに縛られる道理はどこにも無い、僕も、君も」
そっと名前を囁いてみる。
大切な名前。
今再び取り戻す時がやってきた。
一時は嘆きの海深く沈めた想いと心中しようと思っていた、この胸に穿たれた虚無を、かつて占めていた、言い尽くせない存在。
真中に嵌る名前を舌先でなぞるようにして繰り返す。
「御剣 光」
壬生紅葉は木陰から一歩踏み出して校舎を見上げた。
これはれっきとした仕事の依頼だ。
指示通りに動け、期限は特に設けない、そして、任務をこなしたと判断した地点で、その都度言い値で報酬を支払う。
依頼人は壬生の友人の後見人を名乗る人物だった。
依頼を受理して、任を下したのは副館長だった。
けれど、そんな事はどうでもいい。
壬生には戦う意味がある。
そう、戦わなければならない。
組織の掟で私闘が禁じられているこの身には、何よりありがたい依頼内容、引き受けたのは僕の意志だ。
(僕は、この頚木から解放されるんだ)
依人の顔が一瞬脳裏を過ぎり、見上げた空の青色でさえ、世界を封じる忌まわしい蓋のように思えた。
「御剣光、僕は、君を―――殺す」
僅かな息苦しさに壬生はギュッと目を閉じる。
最後に残されていた、恩師への罪悪感がこの胸を苛んでいるのだろう。
でなければ、苦しむ理由など、自分には何一つ無い。
(そう、何も)
5年ぶりに見つけた、光の姿を認識した途端、襲ってきた激しい痛みなど錯覚のはずだから。
過去は総て捨てたのだから。
「僕等のため、僕は、君を、殺してあげるよ、光」
踵を返して立ち去る瞬間、呟いた言葉は舞い散る花びらと共に、遥か彼方へ流れていった。
季節は春、咲き乱れる満開の命の織り成す綾。
古来より紡がれ続けた契りの一つが、今まさに、苛烈な運命の一幕を上げようとしていた。
(転校生・了)