昨夜の雪はすっかり積もったようで、今朝、窓を開けると、まだ降っていた。
「寒いなあ」
白い息を輝かせながら、くるりと振り返った光が笑う。
布団の上で、壬生は苦笑いを浮かべていた。
「やっぱり布団は二組敷くべきだったかな、これじゃ、君が寒くていけない」
「何言ってるんだ、起きたら俺ばっかり上に大量の毛布やら掛け布団やらが乗せられていたじゃないか」
その隣で、壬生は毛布を一枚だけ羽織って寒そうに寝ていた。
目覚めた光は慌てて彼を布団の中に引きずり込んだのだった。
「光、体の具合は、大丈夫かい?」
起き上がってきた姿が背後に立って、そっと抱き寄せられる。
耳朶や首筋に触れると息がくすぐったくて、光は思わず声に出して笑っていた。
「何ともない、俺の回復力は相変わらずだから」
「そうか」
「く、紅葉こそ、その」
「うん?」
手を伸ばして、開かれたままのサッシを光越しにからからと閉じていく。
壬生が抱きしめているパジャマの全身は、見た目よりずっと引き締まっているが、華奢だ。
それだけで彼の秘めている力が人外のものであるのだと否応なしに実感させられる。
壬生も痩身であるけれど、体つきは光よりずっと筋肉質で、がっしりとした格闘家らしい体つきをしている。
それは、日々の鍛錬と精進の賜物に他ならない。
実際聞きかじりの知識だけでも、大概の事はこなせてしまう、彼は、やはり常人の枠の外にいる存在なのだろう。
けれどその『御剣の剣』も、今はこの腕の中で年相応の表情を仄かに赤らめながら、俯いている。
「疲れて、ないか?」
意図するところをすぐに汲み取って、壬生はフッと微笑んでいた。
「―――平気だよ」
「そう、か」
昨夜の名残をうなじの終わりの方に見つけて、もう一度、同じ場所に口づけをした。
ピクンと肩が震えて、全身を緩やかに弛緩させた甘い重みが、胸元に預けられた。
愛しいと、噛み締めるようにしみじみ思う。
昨夜の誓いを、僕は何度でも繰り返す事ができる。君が僕の全て、その想いは本物だ
「紅葉」
小さな呼びかけに、壬生はうん、と答えた。
「―――俺は、『剣』だから」
緩めていた表情を不意に引き締めて、覗きこむと光はもう微笑んでいなかった。
どこか張り詰めた表情で、窓に降る雪をじっと眺めている。
「光?」
「何があっても、今度こそ、務めを果たさなければならない、御剣の『剣』としての務めを」
―――実の事を言えば、壬生ですら、彼の言う所の『剣』である使命というのが何であるのか、知らされていなかった。
朋恵や、京都の本宅にいる彼の両親は間違いなく理解しているだろう。
鳴滝も恐らくは知っているに違いない。彼もまた光の実の父弦麻の守人をしていたそうだから。
(僕は光が『剣』であることの意味を何も知らない)
光は強ばった様子でぽつぽつと話を続けた。
「朋恵も話していた事だけれど、柳生は恐らく、俺が戻ってきたことに気づいている、そして、恐らくまた俺の前に姿を現す」
「そうだね」
「でも、そうなればきっと―――影生も、同じ様に向かってくるだろう」
壬生の指先がピクリと震える。
「俺は躊躇しない、障害になるようなら、迷わず戦える」
「光」
「けど、紅葉は?」
振り返った眼差しが、悲しく眇められていた。
「紅葉は、戦えるのか?」
壬生は返答に詰まって、そのまま僅かに瞳を伏せた
あの暗黒の中、目を剥いて怒りをぶつけてきた、彼の事も結果として傷つけてしまったのだなと、改めて辛く想う。
(けれど)
壬生は再び光を見詰める。
「ああ―――僕も、戦えるよ」
「紅葉」
「僕は御剣の守人だ、そして、それ以上に君を守りたいと想っている、だから戦える、誰とでも、何とでも」
金色の瞳がますます哀しげに潤んで、両腕が壬生を強く抱きしめていた。
優しい君。
そんな顔をさせてしまったのも、僕の責任だ。
この身はすでにいくらでも業を背負い込む覚悟はできている。
(かつての友に刃を向ける咎は、僕だけのものだ)
そっと髪に口づけをして、壬生は光の背中をポンポンと叩いてやった。
「君が気に病むことじゃない」
「紅葉」
「僕は、僕自身でそう決めたんだ、だから君は前だけ向いていてくれたらいい、それが僕にとっての望みでもあるのだから」
「ごめん、紅葉」
「君が謝ることは無い」
罪深いのは、僕だ―――
壬生は、静かに降り積もる雪を、いつまでも眺めていた。
この手の中にある温もりだけでいい。
光の気配を全身で感じながら、ずっと彼を抱きしめていた。
過ぎた過去より、ここにある今を、そしてその先に紡がれる明日を望もう。光と共に。
世界を真っ白に浄化しながら、初雪は朝日に照らされた雲の隙間から、まだ絶え間なく降り続けていた。
(契・了)