どのくらい経っただろう。
体中の水分が抜けて化石になったようだ。
ふと耳を澄ますと足音が聞こえてくる。
ビクリと震えて闇に目を凝らすと、それは望んでいたのとは違う姿をしていた。
「光?」
電燈の下、買い物かごを下げた如月の姿が現れる。
「どうしたんだ、そこで何をしている?」
途中まで近づいて、彼はぴたりと立ち止まった。
僅かに顔をしかめると、はたと気付いて慌てて駆け寄ってくる。隣にしゃがんで顔を覗きこまれた。
「壬生に会ったのか?」
光がフイと視線を背けたので、如月は確信する。
彼の服は血で汚れていた。路上にも、転々とこぼれた後がある。
見れば喉が裂けているようで、赤く染まったその部分以外に口の端からも血の伝った跡が付いていた。
六門封神。その言葉が脳裏にひらめく。
(厄介な・・・二門めを施されてしまったのか)
龍の気は確実に弱り始めているようだった。
こんな所でしてやられるなんて、御剣の守人として代々契約を交わしてきたというのに、如月はうかつだった自身を密かに責めた。
「蓬莱寺君は一緒じゃないのか」
取り出したハンカチで喉元を拭いて、口の端を拭う間に光が小さく頷く。
「今日は一人で、比良坂の見舞いに行っていた」
「バカな、君は狙われているんだぞ、単独で行動するなんて」
「もう、現れないと思ったんだ」
如月はふと動きを止める。
「現れて欲しくないと思った、でも逢いたいとも思っていた、逢いたくて、逢いたくて、たまらなかった」
声が震えている。
目の端に涙が浮かんで、するすると零れ落ちるのを見た。
「我慢できなかったんだ!」
振り返って光は叫んだ。
「だって俺は、それでもやっぱり紅葉の事が!」
それ以上聞くに堪えなくて、如月は光を強く抱きしめていた。
縋りついてくる体が嗚咽と共に震える。
彼が泣きやむまで、如月は何度も背中をさすり続けていた。
「ご、ごめ、ん」
身を起こした光が、しゃくりあげながら頭を下げる。
「如月に、迷惑かけた、俺、服まで汚して」
涙で濡れた頬を拭うと、血が付いていたせいで顔が赤く汚れた。
なんと脆い。
如月はあらためて動揺を隠し切れなかった。
これが御剣の剣の姿なのか?
かつての姫巫女が希い、地に振り下ろされたる万物を納める万能の剣。
何者にも侵されず、惑わされぬ金色の刃。
その血脈が、こんなにも儚げな彼の中に受け継がれている。
その気配は紛れもない龍。
けれど心はガラスのように透明で脆い。
守らなくては。
そう思った。光には、守人が絶対に必要だ。
盟約や昔のよしみなどではない、個人として、彼を守りたいと強く願った。
それが強いてはこの町を守ることになるのだろう。けれど、それは単なる言い訳のようでもある。
如月は光を促して立ち上がらせた。
体の汚れを簡単に叩き落して、ハンカチを喉元にあてているようにと差し出す。
「そんな姿じゃ電車にも乗れないだろう、そう遠くもないし、今日は僕の家に来るといい」
光は素直に頷いた。
「悪い」
申し訳なさそうに眉間を寄せるので、気にしていない風を装って軽く笑んで見せる。
「いいさ、知らない仲じゃないし、このまま見捨てて帰るほど冷血漢でもないからね」
光が少し笑ったので、やっと安心したような気分になった。
「さあ、行こう」
買い物かごを持ち直す。
僅かにふらついている彼の体を支えるようにして如月は歩き出した。
新円になりかけの半端な月が、行く道を淡く照らし出していた。
(涙・了)