夢は、願望の現れであるらしい。
空を飛ぶ夢なら現状から逃げ出したくて、追いかけられる夢なら現実でも切羽詰っている、そういうことだそうだ。
(それなら、俺の見るアレも)
雨の音に紛れて、ページをめくる音、ペンを走らせる音、時折誰かの咳払いが聞こえるだけの、静寂に満ちた図書室の一角にて。
期末試験が近いからいつもより人が多いように感じる。
陽介の傍らで、朋也が辞書を引いていた。
目の前には教科書とノート、参考書の類、筆記用具。
(願望の現われ、だよな、やっぱ)
指先でクルリとシャープペンシルを回して、陽介は小さく嘆息した。
寝不足の原因は幾つかある。
けれどその最たる物は、夢だ。
想いを告げて以来、陽介には毎晩のように見ている夢がある。
―――それは、黒沢朋也と裸で抱き合う夢。
濃厚なキスを交わして、お互いの体をまさぐり、深々と奥を穿つ。
絶頂と共に目覚めた後、間を置いて我に返ると例外なく下着の内側が酷い事になっていて、散々な気分で朝を迎える、そんな自分が痛くて堪らない。
(好きなら、やっぱ、ヤりたいよなぁ)
小西早紀に対しては憧れが勝ってまさかそんな想い抱かなかったけれど、黒沢朋也に対しては明確な性欲を自覚している。
(しかも男同士だっつうのに)
やり方に見当はついたけれど実際どうなんだと調べてみて欝になった。
それでも、朋也相手にシュミレーションしてみた途端、猛烈に反応した自身にますます情けなくなった。
陽介は男が好きという訳ではない。
ただ、黒沢朋也限定で、性的な興奮を覚えてしまう。
まるで異性に感じるような情動や愛、欲望を抱いてしまう。
(ただ、問題は、俺はともかく、こいつがどうかって事なんだよな)
横目でチラリと伺った横顔は綺麗だ。
睫が長くて、肌が白くて、唇が赤くて、艶っぽい。
それだけで下半身が僅かに疼く思いがする。
(俺の事、そういう風にはまだ見れないって言われたし)
まだって、いつまでの『まだ』なんだ。
今は『もう』じゃないのか。
あれから結構はっきり態度で示しているのに、涼しい顔の相棒が若干憎らしい。
(キスくらいなら、そろそろオッケーなんじゃねえの?)
シャープペンシルを指先でくるりと回す。
頭の中にチラチラと、林間学校のとき、滝の傍で見た朋也の裸が浮かび上がる。
雨の音ばかりサアサアと聞こえていた。
「花村」
「えッ」
ハッとした視界で、こちらを見ている朋也の姿に気付く。
ぼんやり見つめていた自分に気付いた途端、陽介の頬から耳にかけて急に熱くなった。
「どうした?進んでないみたいだけど」
「あ、うん」
「解らない所があるなら訊いて、一緒に考えよう」
「お、おう」
「大丈夫?」
棗の形をしたアッシュブルーの瞳に見詰められて、どうにも落ち着かない。
朋也には目力があり過ぎると思う―――それも、尋常でなく魅力的な。
(ああ、もうッ)
ドキドキする。
朋也がため息混じりに「どうしたの?」と再び尋ねてきた。
「何だか変だ」
「な、何が?」
「最近、俺に対して挙動不審、気付いてないとでも思った?」
違う、そうじゃないと言葉が渦を巻き、黙り込んだ陽介をじっと朋也は見詰めている。
棗形の双眸が瞬いて、ノートに『あれが原因?』と書かれた。
(え?)
何、と聞き返そうとした途端、朋也は唇に指を当てて静かにするようジェスチャーで促す。
シンと静まり返っている周囲に気を配ったのだろう。
すぐに察して、陽介はノートに『あれって?』と書き返した。
『七夕、川原でのこと』
ドキリと胸が跳ねる。
問いかけるような眼差しの朋也と目が合って、朋也はまたノートにサラサラとペンを走らせた。
『花村、あの日からぎこちない、ずっと気になっている』
『そんなことない』
『嘘吐くな、分からないわけないだろう』
『何で』
『見てるから』
ノートから視線を移して、陽介は朋也を凝視する。
朋也は小さな溜め息と共に続けて文字を綴った。
『男に告白した事、後悔してるんじゃないか?』
「んな!?」
ガタン、と、大きな音に、周りがビックリした顔で振り返って、陽介に視線が集中した。
咄嗟に立ち上がってしまった当人は途端あたふたしながら椅子を引き戻して、すいませんすいませんと詫びつつ座りなおすと、小さく肩を竦ませる。
周囲の視線があらかた興味を失い散った所で、陽介は改めて朋也に身を寄せるようにしてノートに書き殴った。
『ちがう!』
朋也の目がまじまじと陽介を覗き込んだ。
『なんでそうなる、んなわけないだろ!』
『それなら、どうして?』
小さく書かれた文字。
陽介は書く手を止めると、僅かに息を吐き出して、決意と共に文字を綴っていく。
『おまえこそ、ホントは、オレのことどうおもってるの?』
『何が?』
『ともだちか、こいびとか』
朋也の手がピクリと揺れた。
伺った横顔にはまるで変化がない。
(黒沢)
知りたいのは多分、お互い様だ。
俺たちは、凄く回りくどい事をしているんだろう。
暫く俯いていた朋也のペン先が綴った文字を、陽介は何度も読み返す。
『恋人』
もう一度朋也を見ると、顔色が良くなっている気がする。
もしかして、赤い?
途端腹の奥で燻ぶっていた何かが熱を帯びてあふれ出して、思わず朋也の腕に触れていた。
『それなら、キスしたい』
え、と小さく聞こえた。
驚いている朋也の眼差しに、本気なんだと瞳で答えて、見詰め合う二人に雨の音だけ聞こえている。
―――どれだけそうしていただろう。
実際には数秒もなかった時間が、陽介には永遠ほどにも感じられていた。
掌にジワリと汗が滲んでいる。
夏の暑さのせいじゃない。
答えて欲しい―――曖昧で中途半端な状況に、いい加減決着を付けてくれ。
それは朋也でなければできない事だ。
綺麗な指先がためらいがちに伸ばされて、ノートに綺麗な文字を綴った。
『いいよ』
思わず溜め息が漏れてしまった。
改めてじっと見詰めると、朋也は困り顔で目を逸らした後、すぐまた陽介を窺いながら、今度は照れたようにはにかんだ笑みを浮かべた。
途端、抱きしめたい衝動が陽介を貫く。
けれどそれはどうにか堪えて、代わりに、陽介は一所懸命文字で想いを訴えた。
もう我慢できない。
我慢しなくていいとも言われた。
それなら、遠慮なく頂こうじゃないか。
『じゃ、ここじゃなくてオマエんちで!ベンキョーは、そっちで、ふたりっきりでしたい!』
何をしたいんだと内心ツッコミが入った。
勿論、エッチな事に決まってるだろと自分に突っ込み返す。
今日はキスだけでもいい、でも明日は、そして明後日は、もっとしたい、色々したい。
朋也は呆れ顔で笑っている。
「分かりやすい奴」
答える代わりに、陽介は子供が駄々をこねるように朋也の腕をぐいぐい引っ張り、体を寄せて「なあ」と囁いた。
「はいはい、じゃあ、行くか」
席を立って広げていた勉強道具一式を片付け始める。
陽介もソワソワとノートや教科書を鞄に放り込みながら、明日が日曜で良かったと考えていた。
―――このまま泊まれるかもしれない。
―――もしかしたら一足飛びで、心と同じく体も深い関係になれるかもしれない。
(なんて、それは流石に気が早過ぎるか)
帰り際に参考書を数冊借りた朋也を待って、2人で図書室を出た。
薄暗い廊下に人影がない事を確認すると、陽介は朋也の空いている方の手にそっと指を絡ませた。
振り返った恋人が困り顔でコラと注意する。
「ちょっとだけなら、いいだろ?」
すると、繋いだ手をキュッと握り返されて、朋也から解かれた。
「行くぞ」
「おうッ」
雨音が響く廊下を歩く足取りは軽い。
楽しげに会話する二人の声が、少し肌寒い空気を温く緩ませるようだった。
―――ではなくて、続きがあるよ!
成人してなくても読める内容なのに何故か裏にあるよ…なんでだろう…
二十歳未満は妄想にて補完!君と僕とのお約束!