(そういえば、あの先輩に初めて会ったとき言われたな)

花ちゃん、いい奴だけど、ウザかったらウザいって言いなよ?

柔らかなウェイブのかかった髪の優しげな先輩、甘い香りがしていた。

陽介は隣でうつらうつら舟を漕いでいる。

沖奈から稲羽へ向かう電車は、ローカル特有ののんびりしたリズムを刻みながら田園風景の中を走り続けている。

(本当に、何にもない)

暮れなずむ景色。

斜光に照らされた山肌が綺麗だ、燃え立つような紅に、今日の最後の息吹を感じる。

細く開いた窓から吹き込んでくる柔らかな風は緑の香りがしていた。

もうすぐ夜が訪れる。

先輩は既にいないのだと、胸にすとんと現実が落ちてきた。

(思えば)

たった一ヶ月ほどの間に、なんと様々な出来事があっただろうか。

妙な事件に巻き込まれて、妙な力が使えるようになって、まったく妙のオンパレードだ。

わざわざ電車賃と時間をかけて沖奈まで遊びに来なくたって、十分刺激的な毎日を送っている。

陽介はどうして今日俺を連れ出したんだろうな、と、ふと思った。

しかもとんぼ返り。

暢気な寝顔が電車の震動と共に寄りかかってきた。

この野郎と横目で窺って、ほんの少し、溜め息を漏らす。

陽介の体温はやけに肌に馴染む。

他人から触ったり触られたりが苦手な朋也は、それが少し不思議に感じる。

(花村は俺にとって他人じゃなくなってるってことか)

千枝も、雪子も、それに、菜々子や堂島も。

たった一ヶ月で他人じゃない人間がこんなにできた。

この先、ずっと稲羽に滞在し続けたら、同じカテゴライズの人数はどれほど増えるのだろう。

「一年、か」

ぽつんと呟く声にあわせて、陽介がムニャムニャと何事かぼやいた。

(まったく)

茶色の髪が首筋や耳の辺りを掠めて少しこそばゆい。

行きと違い、帰りの電車内には、それなりの数の人がひしめいている。

恐らくは帰宅途中の会社員。

それでもラッシュと呼称できる程の密度はなく、吊り革に掴まっている姿は十人弱、人の合間から向こうの景色を覗く事ができる。

(花村は)

朋也は傍らの友人にぼんやり思いを馳せていた。

(まだ、あの先輩のことを引きずっているんだろうか)

―――それは恐らく間違いない。

事件にかける意気込みも、取り組む姿勢も、単純にヒーロー願望だけでは語り尽くせないものを感じる。

巻き込まれておざなりに励む自分とは大違いだ。

それだけ大切な人だったのだろうなと、想う胸がチクチク痛んだ。

多分、自分は陽介への同情心もあって、この一件に参加しているのだろう。

無論妙な義務感というか、ヒロイックな気分は否めない。

だってそうだろう?

特別な力を手に入れたら、そいつはもうヒーローだ、ヒーローに憬れない男は多分存在しない。

玩具の変身セットはとっくの昔に捨てたけれど、育まれた心は朋也の根底を成すもののひとつとしていまだこの胸にある。

だから、主人公気分半分、同情心半分くらいで足を突っ込んでいる自分は、半端な気がしてならない。

訪れてたった一ヶ月で土地に愛着心を持てといわれても無理だ。

人への愛着だけで動いて何が悪い?

(でも俺は、多分花村や里中達と根っこの部分で温度が違う)

電車はガタガタと揺れながら次々に駅を渡っていく。

その都度車両内の人数は減り、八十稲羽に近づく頃には数える程度しか残っていなかった。

陽介は相変わらず朋也に凭れたまま、すやすやと寝息を立てていた。

ちらりと窺って、安心しきっている様子にフッと笑みが零れる。

(このまま残して電車降りても、気付かないかもしれないな)

車両に一人残された陽介が終点の八十稲羽駅で駅員に起こされる姿を想像して、内心少し笑った。

(泣く?いやまさか、きっと怒る)

向かいの窓から見える空は藍が深まりつつあった。

誰かに慕われるのは、悪くない。

「なあ、花村」

車両の端に僅かに残った人に気付かれない程度の声で朋也は囁きかける。

「―――お前たち、俺がリーダーでいいと本当に思ってるわけ?」

他愛ないイタズラをした気分だった。

返事は期待していない。

けれど、陽介が小さな声で「うん」と答えたから、朋也は心底驚いてまじまじと見詰めてしまった。

(寝てる)

茶色の髪がそよそよと揺れている。

クッタリ凭れていた頭が、稚い仕草で肩に額をこすりつけてくる。

流石に呆れて、やめろと手で押し戻したら、口元から涎が伝い落ちた。

「うわッ」

朋也の大声に車両端の人々がこちらを窺い、陽介も「ぅあ?」とぼやきながら眠たげに目を開く。

「お前!」

何故怒鳴られたのかわからず、ボケッとしていた陽介は、状況に気付いた途端サッと顔を青くした。

「わ、悪ぃ」

「このッ、馬鹿!」

ハンカチを取り出し、濡れた肩を拭う。

目を三角にする朋也に必死の形相で謝る陽介の姿を向かいのガラスが映し出す。

漆黒に塗りつぶされた空で無数の星がチカチカと瞬いていた。

二人を乗せた電車は、ゆっくり八十稲羽駅のホームに滑り込んでいった。

 

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