商店街で完二と別れて辿る家路の途中、ふと思い出したように朋也が「あ」と呟いていた。
「ん?」
隣を歩く陽介が振り返る。
二人の身長差およそ五センチ。
時間帯でそれなりに交通量の多くなった県道沿いはうっすらオレンジの光に包まれ始めている。
少し見上げるような格好の鳶色の瞳と、アッシュブルーの瞳が繋がった。
「そういや、今日、花村の誕生日だな」
「えッ」
「え?」
不意に怪訝な表情を浮かべる朋也に、陽介は慌てて言葉を連ねる。
「ち、違う違う、マジで誕生日、てかすっかり忘れてた!」
「自分の誕生日だろ、忘れるなよ」
「だって、しょうがないだろッ」
まあ確かに、と朋也も頷き返してくれる。
昨日マヨナカテレビに久慈川りせが映り、今日は身辺警護も兼ねて様子を見にいった帰りで、気分的にも色々あった。
大事に気を取られて私事を失念してしまっても仕方ない。
そもそも、今更この歳で誕生日を大げさに祝ったりしないだろう。
陽介は景色に向き直りながら「そうかー」と感慨深げに呟いていた。
「俺もついに17歳、来年にはバイクの免許が取れるんだな」
「車免じゃないのか」
「それはそのうち、とりあえずバイクでいいでしょ、通学楽になりそうだし」
「八高バイク通学許可あるのか?」
「距離にも寄るけど、まあでも適当に学校の傍に停めときゃバレないって」
陽介のバイクなら盗まれたりイタズラされたりするに違いない。
お前はそういうキャラだよと、朋也は胸の内で突っ込みを入れた。
六月の風が心地良く肌を撫ぜる。
午前中降り続いていた雨は名残だけ残し、夕陽を反射した水溜りが路上でキラキラ輝いている。
「なあなあ!」
不意に肩をガバッと抱いて、陽介は朋也を自分の目線まで引寄せた。
驚いて見開かれたダークブルーの瞳を、キラキラした鳶色の瞳が覗き込んで笑いかける。
「ところで相棒、ちゃんと俺の誕生日覚えててくれたんだなッ」
関心関心、と繰り返す横顔に、朋也は軽く溜め息を吐いてやった。
「―――どこかの誰かさんから毎日うるさいくらい聞かされてたからな」
「おっ、何だよー、俺は大事な用事を忘れないように気を遣ってやってたんだろ!」
「はいはい」
「で?」
「ん?」
足を止めると、二人は至近距離で見詰め合う。
風に前髪を払われ、僅かに開けた視界の向こうで陽介の頬に軽く朱が差した。
「たッ、誕生日の!」
慌てる様子に朋也は『何の事か分からない』と言外に告げるように眉間を寄せる。
途端陽介が落胆を表情に滲ませた。
「―――おっまえなぁ」
「何だよ」
「誕生日ッつったら、アレだろ、アレ!」
「アレ?」
「酷い、黒沢、お前わざとやってるだろ」
やれやれ。
呟きながら朋也は肩に掛けられた腕をよいしょと外す。
体を起こして、改めて陽介と向きあった。
「もういいだろ、俺からのプレゼントは、今日は十分色々貰ったじゃないか」
「何を」
「憬れのりせちーと会えて、がんもどき選んでもらって、帰り際に豆腐までプレゼントされて」
「はあ?」
「いい誕生日だったと思う、正直羨ましい、生りせちーと話せたってだけでかなり凄い」
「お、お前だって話してたろ!」
「花村の今年の運は使い果たしたかもな、あれは、神様からのプレゼントだったんだ」
「おいッ」
「そういうわけで、あまり高望みをすると足をすくわれるぞ、相棒からの忠告、以上」
「何だよそれ!」
視線を外して朋也は歩き出す。
慌てて追ってきた陽介が隣で歩幅を合わせながら、まだ不満たっぷりに食いついてきた。
「なあなあ、マジでプレゼント無いの?そういう流れなの?」
「だから、俺からはもういらないだろって言ってるんだ」
「んなことねえよ、欲しいよ!」
「分相応って言葉知ってるか、花村?」
「あのな、お前俺をなんだと思ってる―――」
「だったらこれ」
朋也は片手に下げていた白いテフロンを持ち上げてユラユラと揺らす。
「誕生日プレゼントだ、やるよ」
「お前がりせちーに貰った豆腐じゃねーか!」
もういい、と声を張り上げて、陽介は急に歩く速度を上げた。
ズンズン遠ざかっていく後姿を眺めながら、朋也は微かに笑い声を漏らしていた。
―――本当にわかりやすい。
「待てよ、花村!」
呼びかけて小走りに追いかける。
「怒るなって」
「怒ってねーよ!」
「怒ってるだろ、ったく、仕方ない奴だな」
「何だよそれ、お前のせいだろ、もういいよ、期待した俺がバカだったよ」
「バカじゃないって、ほら、ちょっと待て花村」
「何だよッ」
腕を引いて足を止めさせる。
振り返って睨み付けてくる陽介に、朋也は鞄の中を探って、取り出した包みを「ほら」と差し出した。
「誕生日おめでと」
「―――え?」
「男に贈り物なんて数年ぶりなんだからな」
陽介はきょとんと包みを眺めていたけれど、ムッスリ黙りこんだままおずおずと受け取り、再びオレンジ色の包みをしげしげと眺めている。
「開けてよ」
ようやく、骨ばった指先が恐々と包みを解き始めた。
やがて現れた薄いプラスティック製の正方形を見て、「CD」と小さな声が夕闇に融ける。
「俺、メジャーどころのJ−POPとか聴かないから、それも洋楽なんだけど」
「―――お前が俺に、選んでくれたの?」
「花村の好みって詳しくないし、もし趣味じゃなかったら返してくれていいから」
穴が開きそうなほどジャケットを見詰めて、片手の包装紙をクシャッと握り締めた途端、陽介はあっと呟いて慌てて包装紙を整えると、空いている指を使って丁寧にたたみ直し、ポケットにそっとしまいこんだ。
再び贈り物を見詰める、その表情がじんわりと笑顔に変わっていく。
「黒沢」
見上げる陽介の鼻から頬にかけて明らかに赤い。
「ありがと、その、なんつーか、すげぇ嬉しい」
朋也もニコリと微笑み返した。
「大事にする」
またCDを眺めると、鞄の中に丁寧に収めるので、朋也は何だか笑ってしまった。
こんなに喜んでもらえるなんて、贈り主冥利に尽きるというものだ。
たかがCD一枚、それでも、幸せそうな陽介の様子が胸にこそばゆい。
花村、と声をかけると、オレンジに染まる姿は真っ直ぐ朋也を見詰め返した。
「―――それさ」
「ん?」
「気に入ったら、俺にも貸して」
「何だよ、さてはお前、ソレ込みでコレ選んだな?」
「自分が好きじゃないものプレゼントにしたりしないだろ」
笑って頷き返す陽介は心底嬉しそうで、朋也の胸にも暖かなものが満ちていく。
再び歩き出した二人の足元に伸びる影も寄り添い合っているようだ。
たなびく雲の向こうで、宵の空に現れる黄金の星がチカチカと眩い光を放っていた。