「いやしっかし今年はモロキンいないからなぁ」
若干浮かれ調子の陽介に、朋也がそうなのか、と問いかけた。
並んで歩く朝の並木道。
「おぉ、去年はな、そりゃもうひっでぇ有様だったぜ、モロキンの奴、没収したチョコの山抱えて歩いててさ」
「それは酷い」
「だろ?男からも女からもブーイングの嵐、しかも戦利品全部教員で山分けしやがってさあ、もったいないってありえないだろ?」
「寧ろいなくなって良かったとか」
「―――そういうブラックジョークやめようぜ、いや振った俺も悪かったけど」
二人で僅かに黙り込んだあと、すぐ違う話題に興じる。
今日だけ、大気がほんのりチョコレートの香りを帯びているようだ。
2月14日。
お菓子業界の陰謀に殆どの国民が踊らされる、日本でも五指に入るだろうイベントデー
(あーあーあー)
登校途中で朋也と合流してから、陽介は何度も胸の中で溜息を繰り返していた。
(あの子も、あの子もか、え、ひょっとしてあちら様も?うーわー)
すれ違う女子、話しながら歩いている女子、追い越していく女子、数多の瞳が瞬間ちらりと朋也を窺う。
(こいつ、前のガッコでもこんなだったんかね)
それで、と当事者を見てみれば、別段普段と何も変わらない、飄々とした様子で昨日見たお笑い番組の話などしているから鬱だ。
そんなのどうでもいいだろ、今日はバレンタイン当日だぞと、首を絞めてやりたくなる。
(まあ、もっとも?昨年度中は俺もモテにモテまくったけどさ)
ジュネスの肩書きが邪魔するのか、簡単なメッセージのみの匿名チョコが靴箱や机やロッカーの中にギュウギュウと押し込まれてあった。
そしてそれらを片っ端から諸岡が没収していった。
(まあ、後で若干妙な顔されたけど)
陽介宛のチョコを食べたらしい体育教師に『花村モテるなあ』と言われたあとの『強く生きろよ』だの『親は関係ない』等の言葉が今も若干引っかかっている。
(まさかと思うけど、バレンタインもどき的にヤバイもん混ぜられてたんかね―――)
過ぎた過去の話はどうでもいい、目下問題は、今日、この日だ。
「なあ、そういえば」
「うん?」
昨日の餃子パーティーの話を振ってみた。
案の定、朋也は嬉々として陽介達が帰った後の事を話してくれた。
堂島が今朝になってもまだ上機嫌だった事、菜々子がまた皆でパーティーやりたいと言っていた事、そして、来年のバレンタインは一緒にチョコレートを作る約束をしたそうだ。
「俺には今朝くれた、ホラ」
それは陽介がジュネスの特設会場で一緒に選んでやったチョコレート。
ほんのりくすぐったくて、何だか照れたような気分で「そっか」と呟いた。
「ヘヘ、良かったな、お兄ちゃん?」
「ああ」
「今年のバレンタインは特別思い出に残ったよな」
「何言ってるんだ陽介、今日が14日だぞ」
「あれ、覚えてたの?」
「忘れる方が難しい」
そりゃそうだと呟いて、ついでにトンと脇を肘で突く。
「そういやお前」
「ん?」
「ハバネロドリアンチョコと、肉チョコと、海鮮チョコ食う覚悟決めてきたか?」
「うッ」
黙り込む朋也に、陽介は声に出して笑う。
「何でりせちーにハバネロとドリアン好きって思われてんだ?」
「知らない、好物じゃないし、それは俺のほうが詳しく聞きたいよ」
「里中もチョコの話してるッつうのに、何の肉が好き?どの部位が好き?とか、ありえねぇよなぁ」
「別の話をしていたんだと信じたい」
「天城も大概、発想がものすげーよ、例によってアレだろ?自分は試食してねえんだろ?」
「断言できるな」
「ハハ、希望は直斗のチョコだけか!」
「―――いや」
「え?」
傍らに陽介は視線を向ける。
学舎に続く緩やかな坂道は制服姿の男女で溢れ、辺りは活気で溢れている。
日に透かすと銀色に光る朋也のダークアッシュの髪が風になびいていた。
瞳の青も若干色味が増すようだ。
「海老原もくれるって」
「マジか」
「エビでタイを釣るつもりだって宣言された、ホワイトデー期待してるって、脅迫されてる」
「脅し、ねぇ」
海老原の発言は多分照れ隠しだろう、彼女なら高級店のチョコレートを用意してくるに違いない。
(それ以外にもまだまだ、こいつにゃ伏兵が多そうだよな)
その分今年は俺が不景気かもしれないとコッソリ肩を落とす。
バレンタインって面倒だよな、と呟いた相棒に、陽介は平手で怒りの鉄槌を下していた。
「こンの、贅沢者!」
「何するんだ」
「オメーみたいのが世間一般男子の敵なんだよ、ふざけんな、チクショー!」
「俺は欲しいなんて一言も言ってない」
「そういうのを贅沢だって言ってんの、アホ!お前なんぞドリアンチョコやら肉チョコやら、タラコチョコでも食って死んどけ!」
「死なない程度にもどすかも」
「んじゃ目の前で景気良くリバースしてフられろ、バーカバーカ!」
「あーもう、分かった分かった」
煩わしげに生返事をしながら、朋也は鞄を漁り出した。
もうすぐ校門を抜ける。
坂の上からより濃厚なチョコレートの香りが漂ってきているように感じる。
「大体お前な」
そこまで言いかけて、陽介はふと足を止めた。
(え?)
目の前に不意に差し出されたオレンジ色の小さな包み。
「何、コレ」
朋也を見る。
きょとんとした表情が、ほんの僅か困惑気味に顰められて、小首を傾げた。
「お前が言ってたんだろ、逆チョコ」
「は?」
「まあ、これは、逆チョコの友チョコだから、ある意味ただのプレゼントだけど」
「朋チョコ?」
―――まあ、朋也が作ったならそうなるよな。
(って違う!俺!)
明らかに手作りの包みを前に、瞬きを繰り返して、陽介は「はあぁ?!」と声を張り上げていた。
(ばッ、バレンタインの朝に!)
誰よりも、それこそ、女子より早く。
(俺にチョコ渡すって、どういうつもりなのコイツ?!)
返す言葉が見つけられない。
朋也が疲れるから早く手を出せと陽介をせっついた。
「お、おう」
思わず手を出し、陽介はチョコを受け取った。
(うわあ、ホントに手作りだ)
あの時間からよくぞ、とつくづく感心してしまう、こいつ本当に調理得意だ。
(って違う違う、そうじゃなくて)
包みを見下ろしたまま立ち尽くしていた陽介の耳に、不意に微かな笑い声が響く。
ふと顔を上げると、朋也が苦笑いの様な表情を浮かべていた。
「まあ、いつも世話になってるお礼にさ、ちなみに、皆の分もある」
「え」
こそっと広げて見せられた鞄の中には白い包みがたくさん詰め込まれてあった。
「お前、まさか、特捜メンバーや海老原とかにもあげんの?」
「当然」
「はあ、マジですか」
さすがリーダー
小さく溜息をついて、同時にほんのり落胆していた、どうやら(特別)ではないらしい。
(そりゃそうか)
掌のオレンジ色の包み―――先ほど見た包装紙の色は全て白だった。
(あれ?)
そろそろ行くぞと歩き出した朋也の隣に陽介は小走りで追いつく。
「な、なあ?」
オレンジ色の包みをいそいそと鞄の中にしまいこみながら。
「あのさ、相棒」
「何?」
「その、何で俺だけラッピングの色違うの?」
校門を抜けた途端浮ついた空気が半端ない。
今日の八十神高校は少女たちの戦場。
―――けれど、そもそもバレンタインは、女だけのものじゃないだろう。
横目でちらりと陽介を見た、朋也の唇に淡い笑みが浮かんでいた。
「それは―――」
朝の光射す校舎に鐘の音が鳴り響いている。
駆け出す足取りも軽く、並んだ姿は戦地に飛び込んでいった。
2010バレンタイン記念
前フリはドラマCD第二弾より〜♪