何か妙だ。
そう気付いたのは、夏も間近に迫った頃。
あっちいあっちいとシャツの胸元をパタパタしながら窓辺でうだっている陽介と、それを眺めて煩いと顔を顰めている千枝、普段そつなくしている雪子も心なしかうんざりしているように見える。
「もうあっついんだからさあ、いちいち言わないでよ、ウザい」
「ウザいとか言うなぁ、あっちいだろぉ」
「これでもまだ夏本番前なんだからね、そんなんじゃ花村、夏になったら溶けるんじゃないの?」
「え、グロ」
「雪子、モノの喩えだから」
アハハと空笑いの陽介。
横目でチラリと窺って、朋也は日誌に鉛筆を走らせる。
今日はこれからジュネスに集まって、今後の捜査方針という名の夏の計画を練る予定だ。
林間学校で懲りたはずなのに、陽介はまだ女子の水着を見る気でいるらしい。
今日の日直の朋也が日誌を書き終えたら皆で向かおうということで、こうして待ってくれている。
(さっさと仕上げないと)
あつい、あついと繰り返す陽介を千枝が窓から突き落とす前に。
想像して浮かんだ笑みを口の端で噛み殺したら、視線を感じた。
ふと起き上がって振り返ると、陽介が窓の外に目を向ける。
(ん?)
何だろう、僅かに気になったけれど、よく分からない。
まあいいかと再び日誌に目を落として書き始めた。
最近、こういう事がよくある。
誰かの視線を感じて顔を上げると、大概陽介が目に入って、けれど陽介は朋也を見ていない。
稀に目が合うこともあるけれど、そういう時はなぜか苦笑いされて、すぐ他所に顔を向けてしまう。
気になって尋ねてみたら「んなわけあるか!」と一笑されてしまった。
自意識過剰だとも言われたので、その時は腹が立って脛を蹴りつけてやったのだけれど。
(あの時痛がって転がる陽介は、ちょっと面白かったな)
出会った時の光景を思い出してしまった。
自転車でゴミ捨て場に突っ込んで、頭からポリ容器をかぶってゴロゴロ転がっていた陽介。
呆れながら手を貸して助け起こしてやった時から付き合いが始まったようなものだ。
溜め息交じりに鉛筆の頭でノートをトントンと叩いていたら、また視線を感じた。
振り返ってもやはり陽介はこちらを見ていない。
千枝と雪子はお喋りに夢中の様子だった。
何だろうと眺めていると、不意にクルリと振り返って、終わったのかー?とのんびりした声で呼びかけてくる。
それを聞いた千枝と雪子も喋るのを止めて、終わったの?とこちらを向いた。
「ん、もうすぐ」
「そっか」
「あと、どれくらい?」
「今日の連絡事項書いて終わり、明日の提出物って倫理のレポートだけ?」
「ぐわっ、そうだった!」
「えーっと、数学の小テストも明日じゃなかったっけ?」
「それは明後日」
「そっか」
頷く雪子の傍らで、千枝と、そして陽介がしきりによかったよかったと頷いている。
「ねえねえ、ついでだからさぁ、倫理のレポートも付き合ってよぉ」
「頼むぜ相棒、お前だけが頼りだ!」
「仕方ないな」
「雪子もいい?」
「いいよ」
千枝が「あ、完二クンは」と呟くと、即座に陽介が「ヤツに倫理を求めちゃイカンだろ」などと酷い事を言ってわざとらしく顔を顰めて見せる。
便乗して千枝まで「確かに」と深く頷き返すので、朋也は雪子と顔を見合わせて、悪いと思いつつ笑いあってしまった。
確かに、彼に倫理を求めるのは、こう言ってはなんだが少し的外れのような気がする。
(性格的には誰より真面目なんだけどなあ)
後から合流すると言っていたけれど、あまり遅くなっては教室まで乗り込んでくるかもしれない。
朋也は多少ピッチを上げて日誌の仕上げに取り掛かった。
雪子と千枝もお喋りを再開して、陽介は再び暑いとぼやきながら窓の外に身を乗り出した。
―――なのに、また視線を感じる。
振り返ると外を眺めていたはずの陽介と目が合った。
「終わった?」
首を振り返して日誌に向かう。
見られている、これは、陽介の視線だろう、そのままこちらを眺めているに違いない。
(でも、この感じって)
いつも感じる視線と似ている気が―――するんだけれど―――やはり自意識過剰なんだろうか?
「ふう」
ようやく書き終えて表紙を閉じると、音に気付いて三人がそれぞれ鞄を手に取り帰る準備を始めた。
「終わった?」
「うん」
「じゃ、さっさと届けてジュネスの屋上にレッツらゴー!」
「ブフッ、千枝、レッツらゴーって、古ッ、ブフフ!」
「そこ、んなもんで笑わない、雪子のツボは相変わらず理解不能だよ」
「ツボって、ブフフ、私のツボって、ブフ!」
「ゆーきーこー」
呆れ顔で振り返る陽介に、朋也も肩を竦めて返す。
寄せていた机や椅子を元の位置に戻して、先に歩き出す少女達の後から少年達が続いた。
並んで歩く傍らの陽介が腹減ったなあと呟くのを聞いて、朋也も笑ってそうだなと答えた。
「フードコートでなんか食うか、お前何食う?」
「ヤングセット」
「おお、結構がっつりいくなあ、何?夕飯?」
「まさか、それは家で奈々子と食べるよ」
「だよな、じゃー俺もヤングセット、いっそスペシャルヤングセットいってみるか!」
「凄いな、食べきれるのか?」
「んーん、相棒と半分こするの、今月ピンチだから」
「またか」
「いいだろ、それくらい付き合えよ」
「完二と半分こしなよ」
「アイツじゃほとんど食われちまうだろ」
「じゃあ里中」
「全部いかれちまうだろが!」
「アタシがどうしたって?」
振り返った千枝に苦笑いの陽介を見て、朋也はまた笑った。
視線の主は相変わらず分からないままだけれど、陽介なら構わないかなとも思う。
(別に、不快ってわけでも無いし)
それが一番謎だった。
誰かや何かに関わったり関わられたりは、自分の一番苦手とするところなのに。
(俺、どうしたのかな?)
肩にいきなり腕を回されて、驚いて振り返ると、陽介は夢中で千枝と口論している。
勢いで絡んできたらしい。
呆れ気味に溜め息を漏らしながら、この重さも嫌いじゃないなと、踏み出す足元が少しだけ浮かれる。
やっぱり不思議で仕方なかった。
相手の心に敏感な、けれど、自分の心には酷く鈍感な、彼が変化の意味に気付くまで―――あともう少し。
それは彼を見つめる眼差しが気付かせるのかもしれない。
賑やかな声が遠ざかる教室に、閉め忘れた窓の隙間から吹き込んできた初夏の風が、カーテンをそっと揺らしていた。
(おまけ)
連載と絡めると辻褄が合わないんで、別物としておいてくらさい。
色々見たんだけど晴れてる日がなかった、っていうか別に晴れてなくてもいいのか…そうか…
じゃあ多分7月頭のどこかって事で、2日から6日までのどこか、どこでも構わん。
まだりせちは加入してないんですよね、りせが加入する頃は夏本番っていう罠さ、ははっ