【ストーリー分岐/素直】

 

(別に今でいいか)

思うと同時に、言葉がスルリと唇から零れ落ちていた。

「なあ、前、お前から貰ったCDさ」

「ん?」

「ほら、これ」

首にかけていたヘッドホンを外して、朋也の耳に当てる。

聞こえてきた音に朋也が「ああ」と頷いた。

「気に入ってくれたんだ?」

「おう、お前って音楽のセンスもいいのな、また今度オススメアーティスト教えてよ」

「まかせろ」

「ヘヘ、サンキュ、そんでさ、コレくれた時、お前、後で貸してくれとか言ってただろ」

「うん」

陽介の手の上から自分の手を重ねて、朋也が「貸してくれるの?」と小首を傾げて見詰め返してくる。

その仕草が、たまらなく可愛い。

胸が高鳴った。

急速に跳ね上がる心拍数に驚いて、急いでヘッドホンを首に戻すと、空咳を数回、陽介は視線を宙に泳がせる。

「お、おお、どうかなって思ったんだけど」

「何か赤いぞ、どうした?」

指摘されたのは火照って仕方ない今の顔色だろう。

「ど、どーもしねーよ」

「そうか?」

しねーしと言いつつそっぽを向いて、足早になった陽介の後から、クスクスと忍び笑いが聞こえてきた。

「有難う、陽介」

思わず立ち止まった。

振り返ると、すぐ傍で朋也が目を瞬かせて「何?」と訊いてくる。

「いや」

「もしかして、新たな悩みか、陽介」

「そういうんじゃ、ねぇけど」

分かった上で、この態度なのだろうか。

陽介はすうと息を吸い込む。

「―――そんで」

「え?」

「借りるなら貸すけど、どうすんの、朋也」

胸の高鳴りを隠すため、平静を装う陽介に、「借りる」と朋也が嬉しそうに微笑み返してくる。

同時に周囲で沢山の煌めく光をみたような気がしていた。

朝の光が、輪郭をなぞり、動作の一つ一つを追いかけて、幾つも幾つも、キラキラ、キラキラと。

(はあ、それに、この声)

ただの言葉が歌のように聞こえる。

優しい笑顔に柔らかな声、輝く光、そよぐ風。

陽介の全身を疼かせる甘ったるくて激しい衝動を無理に腹の奥へとぐいぐい押しやりながら、それでも、堪らず伸ばした腕で強引に肩を抱き寄せると、「おう!」と返した声は予想以上に大きく響いた。

おかげで傍を通り過ぎていった何人かの八高生たちがちらりと目を向けてくる。

「こら!」

朋也にも叱られてしまった。

すぐ腕を解いて、けれど悪びれずに笑う陽介を見て、ため息を吐いた。

シャツに寄った皺をパタパタ叩きながら、今度は露骨に顔を顰める。

「俺にCD貸すのがそんなに嬉しいのか、何なんだ、一体」

「そういうことじゃ、ねぇけど」

「なら、どうしてそんなにはしゃいでいるんだ?」

「ないしょ」

人差し指を立てて唇に押し当てると、そのままニッと笑う。

陽介の額を軽く小突いて、歩き出した朋也の横顔には微かな笑みが見て取れた。

「相変わらずよく分からない奴だな、陽介」

「いや、朋也ほどじゃねーし」

「俺?俺は結構、分かりやすいと思っているけど」

「ねえよ!それこそ、ありえねえ、お前って普段から何考えてんのかサッパリわかんねえもん」

「大したこと考えてないよ」

「今日の夕飯の献立とか、菜々子ちゃんの事とか?」

「菜々子の事は、大した事だよ」

「確かにそうだ」

葉陰から差し込む白い日差しが透き通った大気を輝かせる。

温い風が吹いて、髪を揺らしながら通り過ぎて行った。

こういう、何気ない日常の風景が、何より大切なものだと、惑い悩んでいた心を導き、教えてくれたのは、他の誰でもない、今目の前にある優しげな笑顔だ。

川原で殴り合った痛み、高台から眺めた町の風景、落ちてきそうなほど漆黒の天を満たしていた星の輝き、そして、その全てに在った朋也の姿、全部色鮮やかに胸にある。

「じゃあ、今日の帰り、家に寄ってけよ」

「そうだな、そうする」

おばさんは、と聞かれて、陽介は韓流と答えながら足元の小石を蹴り飛ばした。

「いい年した追っかけ中、今夜は都内に泊り込みだってさ」

「親父さんも?」

「仕事、お前んとこの叔父さんと一緒だよ、仕事バカで仕事の虫」

「まあ、色々じゃないか、でも、確かに、仕事バカってのは合ってる」

「あれ、もしかして、お前のトコも叔父さんって」

「今日も遅い」

「じゃあ、菜々子ちゃん一人なんだ?」

「そう」

少し黙り込んで、陽介は、それなら自分がCDを持って朋也の家に行くと告げた。

「いいのか?」

「全然!ジュネスの弁当一人で食うよりよっぽど」

「なるほど、それなら、礼は夕飯で決まりだな?」

「へヘッ、よっしゃあ!」

朋也の料理の腕前は、下町の洋食店クラスくらいはある。

思わず腹の虫が鳴りそうで、気が早いと軽く掌で擦ってから、陽介はニコリと笑い返した。

「有り難くご馳走になっちゃう、お前の料理、食べれるの嬉しい」

「それが狙いだったくせに、よく言う」

「いいだろ、大勢で食ったほうが飯はうまいんだよ、きっと菜々子ちゃんもそう言うぞ」

「陽介」

「うん?」

「一応、釘刺させて貰うけど」

頭の天辺辺りを急にパシリと軽く叩かれる。

「うわ!」

「菜々子目当てだったらお断りだからな、俺だけじゃなく、堂島さんも黙ってない」

「ちょ、バカ、んなわけあるかよ!」

アッシュブルーの瞳を睨み返してやった。

ついでに腕を絡ませて、朋也をぐいと引寄せながら耳元に唇を寄せる。

「俺の目当ては、いつだって、お前だけです」

途端、真顔で「バカ」と陽介を突き放すと、そのまま朋也はスタスタ歩いて行ってしまった。

「待てよ!」

追いつきながら再び腕を絡ませて、分かってんのかよ、と言いつつ体重をかけて笑う。

「そんな妙な勘繰りどっからくんの?ちゃんと分かってんの?俺が」

「うるさい」

あからさまに鬱陶しげに振り払われて、今度は肩に腕を回すと、これもまた払われる。

次は背後から、堂に両腕を回してぎゅっと抱きついたら、シャツ越しの体温が伝わってきて、鼓動が少し早くなった。

朋也の匂いがする、鼓動が伝わってくる、シャツの感触、肉の質感、思わず頬擦りしたくなるけれど、相棒は体を揺すって陽介を振りほどこうとする。

傍を、何人かクスクス笑いながら通り過ぎて言った。

「ちょっと、冷たくしないでよ!ともやくーん!」

「しつこい、暑い、重い!」

「だから言えって、分かってんの?どうなの?」

「ああもう!分かった、分かったから!理解したよ、お前はロリコンでもショタコンでもないんだろ?」

「だけじゃなくて、もぉ〜、なあ、なあ、ちゃんと言ってよ!」

「いい加減にしてくれ、はぁ、服も髪もクシャクシャじゃないか」

ようやく振り解かれてやって、そのまま軽やかに隣へ移動すると、朋也は怒っていなかった。

ただ、疲れた気配を滲ませて、陽介と目があった途端溜め息を漏らし、アッシュブルーの瞳を猫のように眇めて笑う。

包み込まれるような優しい笑顔に、また一つ胸が高鳴っていた。

「本当、手ばっかりかかる」

「それって俺の事?」

「他に見当たらないけど」

「じゃ、もっと色々構ってもらっちゃおうかな」

「おい、対等でいたいんじゃなかったのか?」

「それは勿論、だからさ、お前もじゃんじゃん、俺に甘えちゃってちょうだいよ!」

掌を上に向けながら自分に引寄せるように(こいこい)と動かせば、今度こそ朋也は声に出して笑い、軽く肩を竦めた。

楽しい気分が体中で湧いている。

「陽介」

「ん?」

「お前は、ホントうざい」

咄嗟に言葉に詰まった。

けれどすぐ、朋也は「冗談」とまた笑って、陽介の背中をポンと叩いた。

「今日、やっぱり買い物から付き合え、荷物持ちだ、そうじゃなきゃ割に合わない」

「菜々子ちゃん一緒じゃないの?」

「菜々子も一緒、だから先にCD借りて、それからうちに移動」

「了解」

「あとな、陽介」

「何?」

急に強く腕を引かれた。

「うわ」

ぶつかりそうになって体を引こうとした陽介の耳元で、クスリと淡い笑い声が聞こえて、耳朶に息が吹きかけられる。

甘い気配が産毛を嬲り、背筋をぞわりと泡立たせた。

官能的な興奮、腹の奥の方で欲の声がグルグルと唸り、体中が一気に熱を帯びていく。

その場で固まってしまった陽介を覗き込むと、朋也はしてやったりといった表情で笑い、掴んでいた腕を放り出すように離して、スルリと脇を通り過ぎていった。

「ちょ!待!」

慌てて腕を伸ばすけれど、遠ざかって行く背中は片腕だけ上げてひらりと振り返しただけだった。

(ちっくしょ)

無性に悔しい、またしてもやられた。

つま先に力を篭めると、蹴り上げたアスファルトに帯びる熱が伝わってくる。

「ともやぁ!」

真っ青な夏空に浮かぶ真っ白い雲、眩い太陽。

温い風を切って駆け出す体中から光が溢れていく、そんな気がする。

「待て、コラ!やり逃げなんて許さねえぞ、仕返ししてやる、逃げんな!」

ヘッドホンからは朋也の好きなアーティストの曲が流れていた。

八十神高校に至る坂道を駆け上っていく、二人の姿は、夏の透明な大気に包み込まれるようにして、命の輝きを謳歌するようだった。

 

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■おまけ設定

そんで、校門に着く頃には、鍛えている番長でもゼイゼイになって、陽介は散々な有様です。

結局有耶無耶になる、それが青春クオリティ(笑