(ピンポン)

「ん?」

―――顔を上げた、どのくらい寝転がっていたのか。

(ピンポン)

「誰だ?」

むくりと起き上がった。

チャイムの音はまだ続いている。

(ピンポン)

(ピンポン)

(ピピピピピピンポン!ピンポン!ピンポン!ピンポン!!)

「うわッるっせえなあ!」

最悪だ、誰だバカ野郎。

毒づきながら部屋を飛び出す、新聞の集金だったら嫌味のひとつも言ってやろう。

(まさか嫌がらせって事はねえよな)

はたと思い立ち、ドアを開けたら誰も居なかった、なんて最悪な状況を想定しつつ、ノブを捻る。

「はい」

多少威圧的に覗き込んだ扉の向こう、暗闇に立つ姿を見て、陽介はそのまま硬直してしまった。

「―――く」

黒沢?

呼びかけに応えて、朋也が片手を上げる。

「ん」

「って」

唖然としていると、片手で屋内を指し示される。

「上がってもいいか」

「へ?あ、ああ」

どうぞ、とすっかり毒気を抜かれた様子で退いた傍らから、朋也がスルリと履物口に入り込んできた。

ドアの手前で立ち止まり、合わせて陽介が手放した扉が二人の背後でパタンと閉じる。

ごく傍で横顔を見る格好にどぎまぎしていると、そのまま真正面に振り向かれた。

近すぎる距離に陽介は僅かに身を仰け反らせた。

「ど、ど、どーしたの?」

浮かんだのは引きつった愛想笑い。

こんな場面でも誤魔化そうとする、自分がいい加減腹立たしい。

(いや、んなことよりどうして)

―――先程の電話が理由だろうか。

(それ以外考えられないだろ)

朋也は青味がかった灰色の瞳で真っ直ぐ陽介を見ていた。

「お前、さっき電話切ったろ」

「へ?」

「誤魔化すんじゃない、人の話最後まで聞かないで、一方的に掛けてきて、一方的に切って、何考えてるんだ」

本当に電話が理由だったのか。

しかも。

(こんな時間にわざわざ俺ン家まで?まさか、そんなに怒らせた?)

ありえないと思い、同時に強い不安を覚える。

自分にとって些事でも他人にとっては大事だったなんて認識の不一致、ざらに起こりうる。

平素から温和で揉め事を嫌う朋也が目を三角にして押しかけてくるなんて、いったい何が逆鱗に触れたのか。

まったく理由に見等がつかない分、怖い。

早く探り当てて、謝ってしまわなければ。

(こいつにだけは、嫌われたくないんだ)

情けないことだが、今一番怖いものがあるとすれば、多分、それだ。

「あ、あの」

どう取り繕ったものか、それこそ、脳内から発火するんじゃないかと思うくらい陽介が五感をフル活動させている間に、朋也が淡々と話を続ける。

「お前が訳のわからない事言って自己完結するから、こんな時間にこんな場所までくるハメになったんだ」

「いや、それは」

(てか、こんな所って)

「何なんだよ、お前」

「な、何が」

「さっきのアレ、なんのつもりだったんだよ」

―――言葉が出てこない。

浮かんでいたアレコレが一瞬で全部吹き飛ぶ。

(嘘だろ)

朋也には、ちゃんと伝わっていた。

そのうえで―――ここまで、陽介の家まで、その話をするために来たのか。

(そんな)

思えば結果を急いだのは他ならない、話を振った陽介自身だった。

どさくさ紛れに想いを伝えて、直後返答を拒絶した。

朋也はまだ何か言いたかったのかもしれない。

唖然とする陽介を見詰める非難の眼差し。

ややして、あたふたと言葉を捜し、うろたえ、陽介は大きく息を吐き出した。

観念しよう。

「―――悪い」

深く頭を下げる。

「その、一方的に電話切ったのは謝るよ、ホントゴメン、悪かった」

改めて朋也を見詰めた。

今更確認するまでもなく、綺麗だ。

全身から光が出ているように思う。

澄んだ瞳も、長い睫も、色白の肌も、どれもたまらなく魅力的で、喉から手が出そうなほど、欲しい。

銀の混じった髪もいい、じっくり触れてみたことはないけれど、きっと手触りも素敵なんだろう。

好きだ。

腹の底から突き上がってくる。

お前が好きなんだよ、朋也。

「けどその、あの言葉は」

陽介の喉が鳴る。

「―――好きだっつったのは、その、冗談でも嘘でもないから」

(もういい、この際なるようになれッ)

土壇場での開き直りだ、全部さらけ出してしまえと思った。

今更、朋也には既に、悪いところも、汚いところも、全部出会った直後に見られている。

恥ずかしがったって仕方ないだろう。

(これ以上我慢できるか)

もし、これで、関係が壊れて、お互い居心地が悪くなって、今までのように過ごせなくなったとしても。

―――それでも、コイツなら受け止めてくれるんじゃないかという性質の悪い足掻きがまだ脳裏にある。

陽介は自覚した上で、更に傲慢に、朋也に甘えを全部押し付けようとしていた。

嫌われるのは怖い。

朋也にだけは絶対に嫌われたくない。

(けど、このまま有耶無耶にするのはもっと嫌だ)

柄にもなく足が震えている。

男に告白するのがこんなに勇気の要るものだったのかと、ピントのずれた考えが脳裏を過ぎる。

巡り合えた最高の理解者を、くだらないエゴで俺は失くすのかもしれないのか。

(ゴメン、黒沢)

ぎゅううっと心臓を強く握り締められているようだ。

朋也はじっと陽介を見詰めている。

黙ったまま、窺うように陽介の目の奥を覗き込み、そして―――

「バァカ」

笑った。

ふわっと花咲くように。

額にデコピンされるまで、陽介は完全に魅入られていた。

「く、黒沢!」

「何泣きそうな顔してるんだ、お前」

ハハッと笑った朋也は、やっぱり押しかけてよかった、と、僅かに肩を竦めてみせた。

「ちゃんと顔見ないと納得いかなかったから、明日までなんて待っていられなかったし」

「なんでッ」

「花村はそうやってすぐ本当の気持ち誤魔化そうとするだろ、今黙らせたらこの後ずっと我慢するんじゃないかって、だから」

そんな。

陽介は声を上げる。

「だって俺は、お前に、その」

嫌われたくなかったから―――と、続けられない。

俯く陽介の髪に何かが触れた。

そっと撫でられて、朋也が下から覗き込んでくる。

「また胸貸してやろうか?」

「ば、バカッ」

耳まで熱い、視線の先、ごく近くで二つの視線が結ぶ。

(あッ)

近い。

考える間もなく腕が伸びる。

「花村?」

驚いた朋也の声。

陽介は目を閉じた。

(ダメだ、とめらんねえ)

唇が触れる。

呼吸が絡む。

僅かな抵抗を抑え込むように強引に引き寄せて―――陽介は朋也にキスをした。

頭の芯がジンワリ痺れたようになっている。

ただひたすら、重なる鼓動と柔らかな唇だけ、感じる。

小さく鼻声を漏らして、朋也が、強く陽介の胸を押し戻し、二人の距離は半歩ほど開いた。

「な、何する」

直後にサッと青ざめて、家の奥を窺う様子に首を傾げた。

陽介はすぐに察すると、まだ慌てている朋也に対し思わず声に出して笑ってしまった。

即座に振り向いた視線の強い非難に、蕩けた笑顔のまま手を振って見せる。

「へーき、へーき、大丈夫だって!」

「なにが!」

「うちねえ、今日は」

手を伸ばしてドアノブを探り当てる。

鍵を捻り、そのままスライド型のロックをパチンとはめ込んだ。

「親、両方とも留守、ちなみにクマの野郎は本日ジュネスに泊り込み」

物音に気付いた朋也がドアの施錠を確認して驚いた視線を向けてくる。

「何?」

さて。

「何でしょう」

僅かに逃げ腰になりかけた朋也を捕まえて引き戻す。

「んな事より黒沢、お前さ、怒んないね?」

「は?」

「告られてもキモがんねーでいてくれてるし、それってどういうつもり?」

「な、何が」

「キスされても、逃げねーじゃん、そもそも引いてないみたいだし?」

それどころか、顔が真っ赤だ。

慌てふためく姿が可愛くて、陽介は益々つけあがってしまう。

(ダメだな、俺)

やっぱりお前に全面的に甘えっぱなしだよ。

(けど、甘えさせてくれるお前も悪いんだ、多分)

自惚れた鼻を折らないで、頭を撫でてくれるから。

「ね、黒沢」

複雑な表情を浮かべている朋也を覗き込んで、逸る気持ちを抑えながら囁きかける。

「で、結局どうなのよ?」

「なに、が」

「お前は俺の事、好き?」

視線が他所に向けられた。

結んでいた唇の表面がまだ少し濡れている。

開かれた隙間から、小さな声がポソポソと聞こえてくる。

「やっぱり、そういう意味なのか?」

「モチ」

「―――正直、よくわからない、ただ」

「何?」

「花村の事、勿論嫌いじゃない、キスも、その、結構平気だったんだ、だから、もしかしたら」

朋也は頷いてしまう。

膨らむ期待感を追い風にして、陽介はこっそりダークアッシュの髪に触れてみた。

想像通り、指どおりのいい、滑らかで心地いい感触がした。

「まあ、いいよ」

(嫌われてないなら)

むしろ好意を持っていてくれているような雰囲気だから―――今後いくらでも加点していける。

後ろ髪を撫でつつ前髪の上から額にキスを落とすと、ビクリと震えた朋也が困ったように陽介を見た。

「や、やめろよ、花村」

「いいじゃん、そうだ、ついでだから今日は泊まっていったら?」

「は?」

「大丈夫、いきなり悪さするほど手ェ早くねーし、まあ、でも俺、実は今結構ムラムラきちゃってんだけど」

ギョッとした朋也が「もう帰る!」と叫んで突き飛ばそうとするものだから、陽介は再び目一杯慌てた。

「ウソ!ウソです!冗談だって!だから待って、お願いだから!」

そんな言葉ですら、ちゃんと足を止めてくれる。

やっぱり朋也は相当俺に甘い。

(もっと付け上がっていいの?勘違いしちゃってもいいのかな)

嬉しくて引き寄せたら、弱り果てた眼差しがすっかりお手上げ状態で見詰め返してきた。

「―――叔父さんにはすぐ戻るって言ってあるんだ」

「今日叔父さんいんの?じゃあいいじゃん、菜々子ちゃん一人じゃないなら安心だろ」

「そういう問題かよ」

「電話一本すりゃ済むじゃねえか、何なら俺からも言ってやるよ」

「いい、陽介が電話に出たら益々話が混乱する」

「なんだそりゃ」

両手で陽介を押し返そうとする朋也。

けれど、逃がさない。

「とにかく俺はもう」

「あーあ、一人で留守番寂しいなぁ」

「―――へ、平気だろ、何言ってるんだ」

「黒沢来てくれたのになぁ、帰っちゃうんだ?俺一人ぼっちかぁ、そういや夕飯もカップ麺だったんだよなぁ」

「やめろって」

「知ってるか?ウサギは寂しいと死んじゃうんだぞ」

「花村はウサギほど可愛くないだろ」

「酷い、トモくん酷い、酷すぎる―――俺、明日には死体で見つかってるかも」

「不謹慎だ」

「お前が冷たいんだもん、俺は素直に寂しいって訴えてるだけなのにさー」

煩わしげに眉を寄せていた朋也が、深い溜め息を漏らしていた。

「花村」

「何?」

「―――あのさ」

指先が絡み合う。

ドキリと高鳴った胸の内を見透かすように、二つの温もりは繋ぎ合わされた。

「俺は、何があっても、おまえの手を離したりしない」

静かな声が陽介の胸に愛しい波紋を幾つも刻む。

「だからいちいち不安がるなよ、その―――俺たち、相棒なんだろ?」

結び目から朋也の想いが体温と共に伝わってくるようだ。

自分の想いも同じ様に伝わっているだろうか。

繋ぎあった手を見て、陽介は、黒沢、と呟いた。

「―――俺」

今、猛烈に愛しい。

このまま抱き潰してしまいたいくらい、愛情が胸の奥からあふれ出して止まらない。

(でも、そういうのはダメだよな)

大事にしたい気持ちのほうが勝っていた。

本当に好きだから、無茶や強制はしてはいけない。

代わりにウットリ瞳を眇めて、唇に緩い笑みが浮かんだ。

「どうせなら、相棒じゃなくて、恋人がいいなあ」

「バカ!」

直後に下った平手のジオ。

結構強い、大分痛い、陽介は咄嗟に声を上げて頭を抱え込む。

「このやろ!」

即座に、逆襲とばかりに、笑いながら繋いだ手をギュウッと握り返した。

どうか俺の願いの僅かでもお前にちゃんと伝わっていますように―――

即座に応戦する朋也と力比べの様なことをして、耐え切れなくなった双方が殆ど同時に『痛い!』と叫んで手放すと、そのまま二人でひとしきり声に出して笑った。

繋いでいた温もりだけ消えない。

いい加減家に上げろよと催促されて、陽介はようやく、自分達がずっと玄関に居たのだと思い至っていた。

(流石に寒いな)

お客様用のスリッパを差し出しながら、どうぞと朋也に促した。

おとなしく上がってくれる様子に、こっそり胸を撫で下ろす。

(悪さはしない)

上手い事家に連れ込めたのだ、下手を打って機嫌を損ねたら、それこそ目もあてられない。

(でも一緒には寝よう、俺のベッドで)

手を繋ぐくらいは許してくれるだろうか?

―――そもそも、一緒に寝るのを認めてくれるか?

けど同じベッドに入ったらやっぱ悪さしちゃうかもしれないしなーと、悩める年頃の難しくも心踊る問題が次々に浮かび上がってくる。

舌なめずりを敏感に感じ取った子羊は、スリッパに履き替えた足で容赦のない牽制を陽介の足の甲に下してきたけれど、そんなことで恋する若者の暴走を止められるはずもない。

 

願わくば、互いの想いがいつか等しいものとなりますように―――

 

はしゃぐ二つの声を受けて、優しい月が陽の眠る空を照らしてた。

 

 

エロい事したかどうかは各人にお任せしますが、あのヘタレがいきなり何でも犯れると思ったら大間違い。

キスして、手を繋いで眠ったくらいが妥当なんじゃな〜いですか〜ね〜(※適当)