「何で上手くいかねえんだろうなー」
ばったりベッドに倒れこみながら呟く。
思い返されるのは、今日の昼下がりの出来事―――
空は綺麗に晴れ上がり、雲ひとつない快晴、鳥が気持ち良さそうに飛んでいた。
肌に感じる夏風、並んで腰掛けた鉄製のダクトケースの上は暖かく、木の匂い、埃の匂い、燦々と降り注ぐ太陽の匂い。
隣を見ると朋也がいて、穏やかな表情の口元に笑みを浮かべながら弁当の包みを開いていた。
殆ど毎日一緒の昼食時、時折、朋也がお手製弁当を用意してくれる事があった。
本日も久々のお声がかりに正直メチャメチャ浮かれていたのだ。
(だってコイツの弁当すげーうまいんだもん!)
理由の半分はそんなところだが、残り半分は―――赤面モノ過ぎてとても言葉になどできない。
朋也から「花村、弁当」と包みを見せられると、まるで犬のように尻尾を振って飛びついてしまう、そんな自分はかなり安い男に違いないと思う。
だってしょーがねーじゃん。
膝の上で包みを開きつつ、胸中にて呟いていた。
しょーがねーだろ。
(朋也の弁当、いっつも食わせてもらえるわけじゃねえし)
それでもお声がかりの回数は皆より頭ひとつ分以上飛びぬけて陽介が多い。
やっかみの声を聞くたび、朋也にとっても俺って特別なのかな、と、淡い期待を抱きそうになる。
(いやいや)
首を振った。
横から「どうした?」と聞かれて陽介は焦った。
「や、なんでも」
「そう?」
それより今日の弁当は何だろなーと、わざとらしい鼻歌交じりに弁当箱の蓋を開ける。
「うお!」
フワンと立ち上る醤油の美味そうな匂い。
「本日のメインは、漬マグロの竜田揚げ」
彩を添えるその他諸々のおかずたち、からし菜の和え物、玉子焼き、ご飯にふりかけられた錦糸玉子が目に眩しい。
「ううッ、うまそう!」
垂涎の様相で目を輝かせている陽介に、アッシュブルーの瞳が笑いかける。
「ハイ、じゃあ一緒に」
箸を持って。
「いただきまーす」
「うおーッ」
がっつく陽介を見て、落ち着いて食え、と苦笑いしながら、朋也はのんびり箸を動かしていた。
ハッと我に返った陽介は気恥ずかしさを覚えつつ改めて弁当を味わった。
竜田揚げのマジカルな旨みに舌鼓を打ち、和え物はお茶漬けだったら何杯くらいいけてしまうだろうかとバカな妄想が頭を過ぎる。
錦糸玉子は煌いていた、玉子焼は甘くてふわふわだった、ほかのおかずも全部抜かりなく美味かった。
幸せを腹いっぱい詰め込んで、満足しつつお茶を飲む隣で朋也が目を細くしていた。
「花村は、ホント、美味そうに食うよなあ」
そりゃ俺が卑しいって話か?
あえて嫌味っぽく返すと、違うと苦笑い。
「作り甲斐があるって話、お前がうまそうに食べてくれるから、俺も凄く嬉しい」
フワリと花開いた笑顔に一撃KOだった。
心臓めがけて飛んできたハート型の鏃がずぶりと食い込む。
いつだって、朋也の細かい仕草や表情、言葉なんかにいちいちキュンキュンしまくりだってのに、こんな天気のいい日に、青空バックで極上の笑顔なんて浮かべられたら死んじまうだろ。
口半開きで見惚れていた陽介に、呆れ顔の溜め息、そして、間を置いて間抜け面の額を指先で弾きながら朋也は再び楽しげに笑った。
「コラ、馬鹿な顔が益々頭悪そうに見えるぞ、口くらい閉じとけ」
「ちょ、おま!」
馬鹿はないだろむしろイケてんだろがと半身を乗り出す抗議を受けて、涼しい声が「どうかな」と惚ける。
「花村ガッカリ王子なんだろ」
「な、なんだよそれッ」
「こないだ部活見に来てた一年の女子から聞いた」
「はあ?」
そりゃどんな噂だ。
結局、曖昧に誤魔化されて詳しい話を聞きだす事はできなかった。
畜生と胸の中で呟きつつ、陽介は指先で箸をくるりと回す。
―――いつもこうだ。
朋哉は手の内をなかなか見せようとしない。
同い年のくせしていいようにあしらわれているような気がするのは、錯覚なんかじゃないだろう。
余裕の態度が憎らしくて、それ以上に好きで好きでたまらないんだと、改めて溜め息が漏れた。
(俺、黒沢の事好きだなあ)
最後のおかずを口に放り込み、名残惜しく噛み締めながらつくづく思う。
空は青くて、天気は良くて、風は気持ちよくて―――俺はコイツが大好きだ。
恐らくは、恋愛対象として。
ちらりと窺い見た朋也の横顔は凄く綺麗だった。
肌の白い頬にキスしたい、マジで。
ゴクンと飲み込んで、空の弁当箱を包みなおしてから、隙を突いて朋也の弁当箱の最後のおかずを奪取する。
玉子焼きは自分の弁当に入っていた分と同じく、甘くて優しい味がした。
「コラ!」
「へへ、ごちそーさん」
お叱りの声にウィンクしながら弁当箱を返す。
「すっげえうまかった、サンキュ」
「人の弁当にまで手を出すな、足りなかったのか?」
「いんや、黒沢の玉子焼きが美味そうに見えただけ」
「お前が食ったのと同じだろ、この卑しん坊め」
むしろ卑しんボーイめ。
相棒に軽く肘を当てて、二人して笑いあう。
愛しさが溢れ過ぎて抱きしめてしまいたい。
だからつい、雰囲気に乗せられて「お前の事嫁さんに貰いてェー」などと口走ってしまった。
直後に陽介は口を噤み、火を吹きそうなほど顔を真っ赤に染めてパッと背けた。
言ってはいけないことを口に出してしまったと思った。
「何言ってるんだ」
けれど笑顔のまま朋也は立ち上がる。
「そろそろ昼休み終わるな、戻ろう」
陽介の様子などお構いナシで、犬を撫でるみたいに頭をグシャグシャと撫でまわして
「行くぞ」
―――当たり前のように冗談で済まされてしまった。
乱れた髪を手櫛で直しつつ、くしゃくしゃにされたことに抗議しつつ、それ以上に―――切なくて居たたまれない。
まさか本気と捉えないだろう、疑われるはずもないだろう、それはわかる、わかるのだが。
(けどよう)
―――そして今、陽介は自室のベッドの上で枕を抱え込みながら口を尖らせている。
(ぜんッぜん無反応って事は、つまり)
朋也にとって、どうしたって陽介はただの友達としか捉えられていない。
こちらが抱いているような恋愛感情なんかは微塵もナシ。
(わかってたけど、わかってたけどッ)
キッツいよなあ。
枕に顔をギュッと押し付けた。
いずれ朋也をその気にさせてやりたいという野望だけが常々あって、ポジションは相変わらず『他よりちょっとだけ仲のいい男友達』止まり。
密度の濃い時間を共有しているはずなのに、どうして俺だけトキめいて、朋也はトキめかないのかと不条理にジリジリする。
(俺、変態じゃないし)
化学反応の方程式はいまだ未解明のまま、謎と恋慕ばかりが膨れ上がる一方だ。
(その上でヤツをどうにかこっち向かせたいんだけどなー、どうやったら俺の事そういう目で見るようになるんかな)
―――学内で絶大な人気を誇る女子や、アイドルですら崩す事のできない天然で鉄壁の城壁を、ましてや同性なんかがどうこうできるはずないのかもしれない。
(あーでも、諦めるとか無理、絶対無理)
姿を見つければ、声を掛けてしまう、手を伸ばしてしまう、気付いてしまった恋心を止める手立てはどこにも何もない。
枕に顔を押し付けたまま足をジタバタさせて、唸り続ける陽介は、まだ気付いていなかった。
―――携帯電話に表示されたメール着信の文字。
開いてしまったら、読んでしまったら、益々後戻りできなくなってしまうだろう文面は、電子の海で送信先の開封を今か今かと心待ちにしていた。
夜は、静かに更けていく。
着地点決めずに書いたらこんなことに(笑)メルの文面はご想像にお任せします。