「男とするのって、妙な感じだな」

ちゅ、ちゅ、と唇を重ね合わせる合間、朋也が困惑気味な声を漏らす。

「そっか?」

ちゅ。

「何だか、いけないことしてるような気分になる」

ちゅ。

「それは、ちょっと分かる」

ちゅ、ちゅ。

ちゅう、と唇を吸い上げて、ゆっくり離れながら、隣り合って座る朋也と陽介は顔を見合わせていた。

図書室を出た後、多少急ぎ足で雨の中を歩き、帰り着いた堂島宅はまだ誰も戻っていなかった。

朋也の部屋に上がった陽介は、主がお茶の用意に席を外している間一人でずっとソワソワしながら、ついでにフリスクを何粒か口に放り込んでおいた。

―――キスの経験は、まだ一度しかない。

中学の頃、付き合っていた少女と交わした初めての口付けは、レモンの味なんてしなかった。

それどころか緊張のし過ぎで口の中が粘ついて、更にまともなキスだったかどうかも怪しい。

こんなもんか。

それが、ファーストキスの感想だった。

キスそのものより、キスをした事実に興奮を覚えただけ、その少女とは数ヶ月で別れた。

(黒沢も経験あんのかな)

現れた朋也を前に、陽介は更に落ち着かない気分になって、出されたお茶に殆ど手もつけず、隣に座った途端身を寄せ、多少性急に―――唇を重ね合わせた。

朋也の唇は少しかさついていた。

感触そのものはあまり違いがないんだなと、それが少し意外だった。

触れて、離れると、至近距離から見詰める朋也に「焦り過ぎ」と苦笑いで言われてしまった。

「落ち着け、逃げないから」

「お前はキスの経験とかあんの?」

「一応」

仄かに微妙な気分を覚えつつ、再び唇を重ね合わせる。

(やっぱあるのか)

まあ当然だろうとも思うけれど。

朋也が、ただ唇を押し付けるだけでなくて、軽く陽介の唇を噛むようにする動きにゾクゾクする。

唇を柔らかく吸い上げ、それから、今度は啄ばむように何度も繰り返しのキス。

そして今に至り、陽介は痺れたような感触にウットリしながら目の前の姿を見つめている。

朋也は優しい表情をしていた。

(こいつ、キス、上手ぇ)

何だか骨抜きにされてしまった。

キスまで上手いのかと若干悔しさを覚える反面、ここまで上手くなるのにどの位の人数をこなしてきたんだろうとも思う。

(俺の知らない、何人位の子達と、キスを)

花村、と囁くように呼びかける声。

(けど、今の黒沢は、俺のモンだ)

陽介はたまらず朋也を抱きしめていた。

甘い、コロンの様ないい香りがフワリと立ち上ってくる。

「黒沢ぁ」

外はまだ雨だ。

窓枠が水を弾く音に混ざって、近くの道路を行き来するタイヤの音が聞こえる。

時計が時を刻む音、自分と朋也の心臓の音。

制服越しに伝わる熱がもどかしい。

更にギュッと抱きしめながら、僅かに体重をかけると、朋也が「オイ」と声を上げた。

「何?」

「何じゃなくて、何」

「んなの、わかるだろぉ?」

「駄目だ、菜々子が帰ってくる」

「平気、平気」

「今は駄目だ」

今は?

顔を上げた陽介は鼻先が触れ合いそうな距離で朋也を見詰めた。

「じゃあ、今じゃなかったらいいの?」

朋也は答えず、視線を背けた。

頬が赤く染まり、目の端は少し潤んでいるように見える。

(色っぺぇー)

陽介の雄の部分がゾクリと反応していた。

男相手に興奮するなんて正気の沙汰じゃない、それでも今、陽介はもっと深い部分で朋也と繋がりたい衝動に駆られている。

(これ、ヤバイんじゃないかな)

困ったような表情で唇を噛む朋也の姿。

―――元々、ここまでするつもりは、陽介にはなかった。

けれど朋也の部屋を訪れ、外と切り離されたような空間で2人きりで口付けを交わしているうち、妙な感じで盛り上がってきて色々歯止めが利かなくなりつつある。

(どう見たって黒沢は男なのに)

サラサラしたダークアッシュの髪。

白い肌。

少し吊り目がちの、ブルーグレイの瞳。

(何だか俺、本気で)

したい。

(黒沢ッ)

首筋に吸い付いた。

途端、腕の中で朋也がビクリと震えて、「やッ」と陽介を押し返す。

「やめろ、駄目だ!」

「黒沢ッ」

「落ち着け花村、今は駄目だ、本当に、菜々子に見られたら困るッ」

「じゃあ、いつならいい?今じゃなかったら、いつ?」

「それは」

「今晩、泊まってもいい?」

は?

どさくさに紛れながら陽介は再び朋也を強く抱きしめた。

不安と期待と興奮と動揺と後悔と、そういったものが全部ごちゃ混ぜになって頭の中で渦を巻く。

心音が早すぎて、今にも胸を割って飛び出してきそうだ。

今はもう目の前のコイツのことしか考えられない。

腕の中で強張っていた体から―――少しずつ、緊張が解れていく。

暫くして漏らされた、ふう、という微かな溜息。

間を置いて陽介はポンと背中を叩かれた。

「いいよ」

そろりと目を開ける。

「―――え?」

腕を解き、恐る恐る覗き込んだ朋也は、困ったような笑顔を浮かべていた。

けれどあからさまに顔が赤い。

柔らかい雰囲気の、包み込むような眼差しで陽介を見詰めている。

「今日、叔父さん戻らないみたいだから、いいよ、泊まっても」

「く、ろさ」

「でも、菜々子が寝るまでは我慢、約束できるなら、泊まってよし」

(んな、あっさりと)

冗談の様な展開。

喉をゴクリと鳴らして、口の中に溜まった唾を飲み込んだ。

「―――マジで?」

「え?」

「いいの?」

朋也はきょとんとして、今度は可笑しそうに笑った。

「お前が言い出したんだろ、何を今更」

「で、でも」

「それとも怖気づいたか?実は経験ないんだろ?」

「なッ」

真っ赤になって声を上げた陽介に、更にクツクツと遠慮なく笑う。

「わ、笑うなッ、てかお前は経験あるのかよ!」

「それは、秘密」

「何だそりゃ!どうせお前も童貞なんだろッ」

「さて、どうかな?」

「はっきりしやがれ、このッ」

掴みかかる陽介に、朋也は笑いながら背中から転がって、押し倒されるような格好になった。

圧し掛かり、見下ろす陽介はふと動作を止めて、組み敷いた朋也をじっと見詰める。

朋也もようやく笑うのを止めた。

「黒沢」

そのまま唇を重ね合わせる。

顔を上げると、目の前の静かな瞳が、約束できる?と問いかけてきた。

「うん、する」

「よし」

「でも黒沢、ホントにいいの?俺、マジでしちゃうよ?」

「いいって言ってるだろ、しつこいな」

「だって」

「そうだな、それじゃ――― 一つだけ」

首に掛かった朋也の腕に引き寄せられた。

陽介の耳元で、やさしくして、と囁かれる。

「ん、約束」

ちゅ、と、唇を重ね合わせ―――

 

階下より『ただいまー!』と元気な声が聞こえてきた。

 

起き上がる陽介の下から朋也も身を起こして乱れた衣服や髪を簡単に整える。

ふと目が合うと、二人は微笑み合っていた。

「花村泊まるって訊いたら、菜々子が喜んで一緒に寝るって言い出すかもな」

「なッ、そ、それはちょっと、その」

「何?」

「困る、つーか、今日はダメ」

「ハハハ」

お兄ちゃん、いるー?の声に、朋也は伸び上がっているよと答えた。

その姿を陽介は見つめる。

(俺は、結局またコイツに甘えちまうわけか)

優しくて暖かい朋也。

好きになって良かった。

好きになってくれて、良かった。

立ち上がろうとする手を捕まえると、振り返った朋也は苦笑いで陽介にキスをくれた。

「行かないと、菜々子が待ってる、一緒にジュネスに夕飯の買い物行くんだ」

「毎度有難うございます、したら俺、その間に家から荷物取ってくるッ」

「ん、勉強道具は置いていけよ、時間あったら、そっちもちゃんとやるからな」

「うええ、マジか」

「赤点取るような奴は相棒じゃないからな、覚悟しろ」

今度こそ立ち上がり、朋也は部屋を出ていった。

陽介も腰を上げると、雨粒の伝う窓を眺め、それから―――朋也の部屋を、ぐるりと見回す。

(今夜、ここで)

気を付けていないと口の端がだらしなく緩みっぱなしになってしまいそうだ。

鼻腔に残る朋也の匂い、唇の甘い感触。

(けど、最初の相手が男、ってのは、ちょっとアレかもしんないけど)

朋也の姿を思い出す。

(黒沢ならアリ、だな、いやもう全然アリ、っていうかむしろラッキー?)

僅かに肩を竦め、陽介は踵を返した。

―――今更、なかったことにするつもりも、させるつもりもないのだから。

(色々準備してこよう、ちゃんとパンツも新しいの穿いてこよう)

意気込みながら部屋を出る。

階下から朋也と菜々子の話し声が聞えていた。

それだけで何だか幸せな気持ちになりながら、陽介は軽やかに階段を駆け下りていった。

 

 

 

具体的な本番は初夜なんで流石に勘弁してやってください(笑)2人きりの秘密という事で★

朋くんは経験者なので、童貞花村にいろいろレクチャーしてやったろうと思います。

あッ勿論経験者っていうのは対女の子のみなわけでバックバージンはヨースケが頂いたから!

 

キスしかしてないくせに裏にある不条理、スイマセンねえ…