何か聞こえたような気がした。

目を開くと部屋は薄暗く沈んでいる。

動こうとして、少し腹が減っていることに気付いて、そういえば朝食以降何も食べていないなと思い出した。

部屋に充満する花の香り、そして、雌の匂い。

気付いて、自慰をして、再び意識を失って、を繰り返していたような気がする。

今、朋也は殆ど自分が自分では無いような感覚に陥っていて、だから朦朧としたまま、ああ陽介が帰ってきたのかな、と考えつつ、指先がぐっしょりと湿ったショーツの内側を再びまさぐっていた。

(何だろう、これ、一体どうして)

よくわからない。

既に一日が殆ど終わりかけていて驚いた。

いつの間に時間が過ぎたのか。

この場所は、本当はどこなのか。

コンコン、と扉をノックする音がした。

朋也、と聞える。

「寝てる?」

開けるよ、の声に併せて、ショーツから手を引き抜き、行儀よく上掛けの中に納まった朋也の視線の先で、開いた扉からの陽介が顔を覗かせた。

直後に妙な表情を浮かべると、怪訝に辺りを伺って、けれど朋也と目が合った途端、今度は気遣うような笑みを浮かべながら起きてたのかと傍に近づいてくる。

「大丈夫か?」

「うん」

「所でさ、この部屋、なんかスゲー臭いしない?」

「そう?」

そっけなく応えると、陽介は空気を入れ替えようと、窓辺に歩いていった。

「なぁ、お前、昨日から変な匂いしないか?」

「何?」

「花みたいな、なんつーか、エキゾチックっていうか、エロティックっていうか、嗅いでるとこう、モヤモヤーっとしてくるような」

「分からないな」

「そっか?」

開いた窓から夏の熱気を孕んだ風がスウと吹き込んできた。

この暑い中冷房もつけないで締めっきりにしてるのが悪いんだなと、振り返った陽介がそうだとベッドに腰を下ろした。

「お前、汗かいてるだろ、風呂入っとけよ、髪とかちょっとペッタリしてるぞ」

「うん」

「何なら、俺が風呂に入れてあげましょうか?」

ニヤニヤ笑いの陽介をジッと見詰めて、うん、と朋也が頷き返すと、お調子者は俄かに驚いた表情を浮かべてから、急に曖昧な口調になって、とりあえず起きよう、と手を貸してくれた。

「大丈夫か?」

「うん」

「皆に、ちゃんと言っておいたから、見舞いにはこれないけど、その代わり、復帰したら飯奢るって言ってたぞ」

「ははっ」

「天城が板さんに頼んで、腕振るってもらうってさ、里中とりせちーもデザート作るって意気込んでたし、完二は、あー、その、編みぐるみ、とか、お前が元気出るようにって」

まあ天城屋の飯以外は正直微妙ッつーか、逆に迷惑?

そう言って笑う陽介に凭れて、朋也もクスクスと肩を揺らす。

「あとさ」

何?と見上げたら、陽介は何故か言い辛そうに少しだけ視線を逸らした。

「陽介?」

「えっと、その、な」

言いよどんでから、不意にポケットを探ると、何かを取り出して見せる。

「これ」

小さなフェルトの人形だった。

「奈々子ちゃんからさ、お兄ちゃんに渡してって、頼まれて」

そっと手の上に乗せられた、稚拙な作りの人形を、朋也は凝視する。

「その、いつ、戻ってくるのかってさ、待ってるって伝えて欲しいって、言われて」

陽介の視線を感じる。

人形を乗せた手の辺りから、ゆっくりと血の気が引いていくような思いがする。

―――そうだ。

(忘れかけていた)

奈々子が待っているんだ、多分、堂島も。

(それだけじゃない、俺には、今までの暮らしがあって、やらなきゃならないことがあって)

一体何をしている?

(俺は)

目眩がした。

強烈な花の香りに意識が混濁して、何も分からなくなる。

「朋也!」

陽介の声が聞こえたような気がした。

(陽介、陽介)

ずっとそればかりだった、この数日間、花村陽介の事ばかり考えていた。

それも全ては、あの時の、あの―――

(どうして、そんなこと言うんだよ)

あんまりじゃないか、俺は、それでも、俺は、お前の事を、それでも。

(欲しい)

これほど強い欲望が、自分に潜んでいるなんて知らなかった。

これほど強い感情を抱くことが出来ると、思いも寄らなかった。

欲しい、欲しい、欲しい、欲しい。

 

「何だこの匂い」

 

それは夜の香り。

月の光の下で花開く、秘められた闇の香り。

 

欲しい。

 

陽介の肌に、突如として爪が食い込んだ。

痛い、と呻きながら慌てて見ると、朋也が指先を食い込ませてすがり付いてくる。

 

「朋也?」

顔を上げた朋也の双眸は、怪しい金色に輝いていた。

「―――陽介、陽介を、俺に、ちょうだい」

 

「どうしたんだよ、朋也」

ギョッとしていると、突然唇に吸い付いてきた。

これまで施された事のない熱烈な口付けに、思わず驚いて硬直してしまう。

(な、何?)

「陽介っ」

キスの合間に熱っぽい囁きが聞えた。

「寂しかった、ずっと、待ってる間、お前の事ばかり考えて」

「と、朋、んむっ」

唇を吸い上げられる。

舌先でネロネロと口の中をまさぐられている。

「ずっとずっと、陽介の事ばっかり考えて、お前とこうしたくて、陽介が、欲しくてっ」

「んっ、んむっ、んむっ、ん、んんっ、ちょ、ま、待てって、朋也!何」

「触って、ほら」

無理矢理掴んだ手をショーツの上から押し当てた。

グチュ、と卑猥な水音と共に、湿り気を帯びた熱っぽい感触が伝わってきて、陽介はまじまじと朋也を見詰める。

朋也は荒い呼吸と共に、挑発するような眼差しで陽介を見詰めながら、自分の唇をペロリと舐めた。

「ね、わかるでしょ、陽介が欲しくてたまらないの」

「と、朋也、お前」

「して、陽介、ここに陽介のをちょうだい、いっぱいいっぱい、欲しいの」

「どうしたんだよマジで、何が、んむ!」

それ以上は喋ることも許さないといったように唇を塞がれる。

口腔内を貪りあうような熱烈なキスを交わしながら、朋也の手がスルスルと陽介の股間を撫で上げて、腹の奥からどうしようもない衝動が込上げてきた。
(朋也がおかしい、けど、俺もヤバイ!)

これほど情熱的に誘われては、元より愛しい相手なだけに、素直に反応してしまう。

それに、突然周囲に漂い始めたこの香り。

(何の匂いなんだ、一体)

息苦しいほどの匂いのせいでまともな思考が遮られる。

窓は開いているはずなのに、どんどん濃厚になっていく。

「んむっ、ふぁっ、はっ、はっ」

舌先を触れ合うようにして、見詰めあって、蕩けた眼差しで捉えた恋人の姿は、非常に扇情的だった。

(ダメだ)

理性の箍が外れる。

(ダメだ、俺、もう)

朋也の両腕がスルリと首に回されて、再び深く口付けられる。

(もう!)

舌を絡め合い、吐息すら飲み干すようなキスに、陽介の両腕もしっかりと朋也の背中を抱きしめていた。

「朋也っ」

そのまま、勢い良くベッドに押し倒す。

スプリングが軋んで、赤く腫れあがった唇から「あんっ」と甘い声が漏れた。

「朋也、朋也、朋也!」

「陽介、きて、陽介ぇっ」

首筋に顔をうずめて、唇で強く吸い上げながら、シャツの中に突っ込んだ手で乳房を荒っぽくまさぐると、細い体がヒクヒク跳ねる。

もっと、もっととねだる声に誘われるままに、陽介は繰り返し朋也と唇を重ね、滑らかな肌に吸いついた。

乳房は手の中で様々に形を変えて、柔らかで弾力を帯びた感触がたまらなく心地良い。

指先でクニクニと乳首を嬲ると、朋也はアンアンと愛らしく鳴き、乱暴につねると体中が震えた。

「や、らめ、乱暴、しないで、んむっ」

唇を吸い上げる。

シャツを押し上げて、今度は乳首に吸い付いた。

舌で赤く腫れあがった実を舐め上げてはジュルジュル音を立ててしゃぶり、吸い上げると甘やかな声が夕暮色に染まった部屋に響く。

もう片方の手で乳房を愛撫しながら、余っている手を肌の上に滑らせて、丘の麓にたどり着くと、指先で掻き分けた茂みの奥は沼地のようになっていた。

ぐじゅ、と指を一本入れただけで、大量の蜜が溢れ出してくる。

「熟れた桃みたいだな」

ヘヘ、と耳元で笑って、陽介は朋也にキスをした。

そのまま、桃の奥をぐじゅぐじゅとかき混ぜて、柔らかな肉から滴り落ちる果蜜を指に絡ませる。

「あっ、あん、アン、アンッ」

ヒクヒクとひくつく果肉の根元からすらりと延びた白い太腿は小刻みに震えて、しっとり汗ばんだ肌は燃えるように熱く、潤んだ瞳が「もっと、もっと」とうわ言のように繰り返しながら陽介を欲しがった。

「もっと、大きいの、指、じゃ、なくって、陽介の」

「俺の、何?」

クスリと笑って耳元で囁く。

乳房を揉みながら、頬に口付けすると、朋也はいやあと呻いて愛撫を続けるよう助の腕を掴んだ。

「ほし、い、我慢、できな」

「何が欲しいの?」

「ようすけのっ」

「だから、俺の何?俺にどうして欲しいの?」

「挿れ、てぇ」

首を振りながらしがみ付いてきた朋也を抱き寄せると、陽介は仕方ないなと呟いて、仰向けにさせた姿の両足を大きく開かせた。

荒い呼吸を繰り返すたび、豊かな乳房が上下する。

足の間でズボンの前を寛げて、いきり立った男根を下着から出現させた陽介は、ぬかるんだ窪みに先端を定めて、くぷくぷとゆっくり全体を沈めていった。

「ふわぁっ、あ、あっ、きた、きたぁ!」

仰け反りながら歓喜の声を上げる朋也を見て、陽介の胸に仄かな違和感が過ぎる。

けれどそれはすぐ花の香りに紛れて、蜜の滴る果肉の奥まで男根を収めてしまえば、あとは快楽の果てを求めるだけだった。

遠慮なく思いきり揺すり上げると、朋也が全身を戦慄かせて「ひぃん!」と悲鳴を上げる。

「あ、あ、ようすけっ、ようすけ!」

パン、パンと音を立てて、陽介は腰を穿ち始めた。

大きく揺れる乳房を掴んで、掌で押すようにグイグイと揉むと、痛い、痛いと朋也が悲鳴を上げる。

「こうして、欲しかったんだろ!」

深々と刺さった先端が少し硬い何かにトン、トンとあたるたび、朋也はうん、うんと頷いて、涙をたっぷり湛えた瞳で陽介を見上げながら、だらしなく笑っていた。

「ほしかったの、ようすけ、ほしかったのぉっ」

「だったら好きなだけしてやるよ、俺だって、欲しかったんだ!」

「ようすけ、もっと、もっと!」

「ともやっ」

飛沫が飛んで、零れ落ちた蜜が、シーツに大きな染みを作っている。

両足を抱え上げながら揺さぶる朋也の体の上に覆いかぶさって、唇を重ねると、ねだるように陽介の口腔内に舌が這いこんできた。

流れ込んだ陽介の唾液を、喉がコクンと上下して飲み込む。

その間も朋也の蜜を滴らせた秘肉は陽介の雄で穿たれていて、肉が擦れ合い、血管を浮かばせた棹がズルリと引き抜かれるたび、泡立った蜜があふれ出して、付き込まれると、泡と共に雫が飛散った。

押さえ込み、圧し掛かったまま繰り返す動作から、その内陽介は結び目を解かないでぐるりと朋也の体を反転させて、今度は背後から乗り上げると、いよいよ激しく腰を打ちつけ始める。

「あッ、あッ、あッ!ひいッ、いあッ、あ、アッ、許し、てぇっ」

部屋中に立ち込める花の匂いと、青臭い性臭、そして、肌のぶつかり合う濡れた音。

乳房をグイグイと揉みながら、朋也と口付けを交わして、突き上げる興奮はいよいよ頂点に達しようとしていた。

起き上がった陽介は朋也の尻に両手を添えて、熟れてひくつく内壁に一気に男根を擦り付けて、歓喜の瞬間へ駆け上った。

「うあっ」

ビクリ、と腰が震える。

互いの根元を密着させるようにして、混ざり合った部分の先端を子宮口に押し付けるようにして、ビュクビュクと吐き出される精液を朋也も震えながら受け止めている。

最後の一滴まで搾り出すようにして腹の底に流し込むと、ズルリと陽介が性器を引き抜いた途端、朋也はクッタリベッドに倒れてしまった。

横向きで荒い呼吸を繰り返す愛しい姿を眼下に眺めて、目を細くした陽介は、その隣に横たわると、華奢な肢体を優しく抱き寄せる。

「朋也」

何だろう、これは。

(も、何か、うまく頭、働かねえ)

朋也は肩を上下させながら、陽介の胸元に擦り寄り、劣情を吐き出してまだ湯気を立ち上らせる男根にそっと指を絡ませた。

「ん、陽介」

「まだ、欲しいの?」

「ほ、しい」

「どうしたんだよ、お前」

「わかんない、でも」

そっと顔を上げた朋也の双眸は怪しい金色を灯したまま、潤んだ瞳からツッと透明な雫が零れて落ちた。

「おねがい、ようすけ」

陽介の頭の奥にも、霞がかかったようになっている。

泣いている朋也が愛しくて、気が狂ってしまいそうだ。

「もっと、わたしを、欲しいって言って」

ペロリと涙を舐めて拭う。

苦いような塩味を舌先に感じながら、瞼の上に口付けを落として、再び胸に顔をうずめる朋也にそっと囁いた。

「わかったよ、朋也、お前を全部、俺に頂戴」