煌々と光を放っていた画面がパッと消えて、その後はざらついた砂嵐が延々と映し出される。
―――居間の床で、陽介は頭を抱えるようにして、蹲っていた。
目にした光景、聞いた声、全てが嘘だと思いたい。
朋也は泣いていた。
気味の悪い触手に犯され、その後―――大勢の(自分)達の手によって、嬲り者にされていた。
俺と同じ顔、同じ体型、そいつらがよってたかって朋也を犯す。
おぞましくも淫靡な光景に少なからず興奮を覚えた自身を陽介は激しく嫌悪して、同時に打ちひしがれる。
「どういう、ことだよ」
耳に届く声は、どこか遠い。
「どういうことなんだよ―――どうなってんだよ!」
渾身の力でフローリングを殴りつけた。
ガツンと硬い音と共に、燃えるような痛みが起こり、そして、激しい怒りが、絶望が、込上げてくる。
「朋也っ」
―――何故、姿が映ったのか。
「朋也ぁ!」
―――何故、朋也はあんな目に遭っていたのか。
「ともやあああああ!」
喉が張り裂けんばかりに咆えて、陽介は再び床を殴りつけた。
痛い。
けれどそれ以上に、胸の奥が砕けてしまいそうなほど、痛い。
泣いていた、朋也は泣いていた、綺麗な顔を歪ませて、苦痛に、快楽に、身を捩らせ、何度も俺を呼んでいた。
(なのに俺はっ)
見ていることしかできなかった。
テレビの向こう―――あの時と、同じ。
ぼんやり映っただけの、けれど、今思い返せば、あれは明らかに小西早紀だった。
けれど救えなかった、気付くことさえできなかった。
(今の俺は、事情を知ってる、なのに!)
陽介は不意に涙と鼻水にまみれた顔をハッと起こした。
そして、テレビの砂嵐を凝視する―――
「まさかアレって、マヨナカテレビ?」
それなら大勢が朋也の痴態を目の当りにしただろう。
一瞬目眩がして、同時に確かめなければと思う。
まだ誰からの連絡もないところをみると、もしかしたら違うのかもしれない。
陽介は辺りを探り、尻のポケットから取り出した携帯電話の短縮ダイヤルを呼び出して、ひとしきり迷ってから、通話ボタンを押した。
「先輩?」
コール音に次いで聞こえてきた完二の声に、ドクリ、と鼓動が大きく爆ぜる。
「よ、よお、完二」
「どうしたんッスか、こんな夜更けに」
声はどこか暢気だった。
もしかしたら寝ていたのかもしれない。
それとなく探りを入れてみると、夕食が済んでからずっと居間で何か作っていたらしい。
「居間って事は、そこにテレビあるか?」
「は?そりゃまあ、一応」
「つけてるか?なんか番組やってっか?」
声に混じりそうになる恐れを必死に押し殺し、何でもない風を装い尋ねる。
完二は「メシの前に消したままッスよ」と答えて、「何か面白い番組でもやってるんスか?」と疑問符を付け返してきた。
完二が見ていないのなら、恐らく他の仲間や、その他大勢の人々の眼にも曝されていないだろう。
僅かに胸を撫で下ろすと、陽介は「いや」とお茶を濁すように笑った。
「いーんだ、どうせ、お前興味ない番組だろうし」
「えっ何スか、そんな風に言われちゃ、気になるっしょ!」
「マジ、いいんだって、まーなんだ、ちょっと気になっただけだから、うん」
「だから何スか!じらさねえで教えてくださいよ!花村先輩!」
陽介は少し考えて、水着の女子アナが沢山出てくる番組だ、と、告げた。
「おっぱいポロリもあったから、見てたかなーと思って」
「なぁ?ばっ、バカじゃねーの!んなもん、見るわけねーだろ!オイ!」
―――案の定の答えに、だからお前は要らん誤解を受けるんだよ、と、僅かに呆れる。
適当に完二をからかって電話を切ろうとすると、間際に朋也を案じる言葉を呟かれて、ぎくりとした。
携帯電話を握り締めたまま、陽介は背を丸めて溜息を漏らす。
(完二は見てなかった)
一応他の仲間にも確認を取ろうか。
しかし薮蛇の可能性もあると、携帯電話をソファの上に放り投げる。
万一、見ていたとしたら、何かしらリアクションがあるだろう、今の朋也の姿を知っている仲間たちなら、あれが誰か分からないはずはない。
「ってことは、今のはマヨナカテレビじゃない?―――いや」
ふと陽介は庭に面したガラス戸に目を向けた。
「俺だけ見た、のか」
雨はさっきより激しさを増している。
少し風も出てきたようだ。
陽介は再び砂嵐の舞うテレビ画面に目を向けた。
―――ざらついた音の向こうから朋也のすすり泣く声が再び聞こえてきそうで、グッと息が詰まる。
(昨日の晩、アイツは、向こう側へ行ったんだろうか)
朋也の後を追って居間へ下りた時、ガラス戸が開いてカーテンが揺れていたけれど、他に、何故かテレビもついていた。
他愛ない番組が映っていたように思う、だから向こう側に行った可能性など微塵も考えなかった。
今日の捜索中も、りせとクマはテレビの中に誰の気配も無いと断言していた。
しかしそれならどうして、朋也の姿は鮮明な映像として現れた?
加えて、先ほど見た物は、これまでのマヨナカテレビと明らかに傾向が異なっていると、今更のように気付く。
失踪前、当人のまるで人が変わったような言動と、その後テレビの奥へ自ら姿を消すのが、マヨナカテレビのセオリーだったはずだ。
他の出演者の姿も無かった、映るのは失踪者の姿だけ、声も失踪者の音声のみ。
しかし―――脳裏に蘇った光景に、陽介は再び声を上げて、髪を掻き毟る。
(何だ?どうして朋也のあんな姿が―――あれはマヨナカテレビなのか?朋也はテレビの中に居るのか、どうなんだよオイ!わっかんねえよ!)
フラリと立ち上がると、おもむろに画面に手を伸ばした。
明確な考えがあったわけではない、殆ど、思いつきと、衝動に駆られた行為だった。
陽介の指先は水面を割るように砂嵐の中へ吸い込まれる。
そのまま片腕でテレビの縁に捕まりながら頭を潜らせると―――漆黒の闇の中に、細い少女の声が響いていた。
たすけて―――たすけて―――もう―――しないで、いや、いやだ、おねがい―――ないで―――
ハッと双眸を見開き、陽介は声の限り叫んだ。
「朋也ぁ!」
けれど言葉は闇に吸い込まれるように消えていく。
おんおんと繰り返す、哀願と切望。
何かを訴える悲痛な叫び。
随分遠いけれど―――闇の奥で確かに呼んでいる、この声だけは聞き間違えたりしない。
「朋也!」
身を乗り出しかけて、ふと、明日の朝に改めて仲間たちとジュネスのいつもの場所から潜った方がいいのではないかという考えが脳裏を過ぎった。
しかし陽介は激しく頭を振り、ダメだと自らに吐き捨てる。
「今行かないと―――朋也は二度と返ってこない!」
理由も、根拠もない。
それでも天啓の様な確信を伴う想いは、陽介の隅々まで広がり、決意に変わる。
改めて耳を澄ますと、テレビの縁を掴む手にグッと力を込めた。
朋也が呼んでいる。
ずっと気付いてやれなかった、もしかしたら原因すら俺が作ってしまったのかもしれない。
今踏み込まず放置すれば、朋也は堕ちて、お終いだ。
俺は永遠にあいつを失う―――それだけは、それだけは、決して。
陽介は一呼吸置いて、漆黒の世界へ躊躇う事なく飛び込んだ。
軽い目眩と共に全身を浮遊とも落下ともつかない奇妙な感覚が包み込む。
(お前を失うなんて、耐えられない)
絶対に取り戻す。
―――大切な人の危機を、二度と見過ごすものか。
(待ってろ、朋也!)
胸に滾る炎の様な感情を、陽介は両掌にグッと握り込んだ。
To Go XXX?―――戻