「Shall we dance? 1」
放課後、暮れなずむ校舎は夕焼け色に染まって綺麗だ。
豊は校舎裏に立っていた。
目の前には赤い顔をした若林誠の姿、両肩をがっしと掴まれて、吐く息も荒い彼は至極真剣極まりない表情で豊を見詰めている。
「豊さん!」
ビクリと震える豊にかまわず、興奮した様子の誠は声高に決意表明をした。
「突然ですが!」
はい。
「僕は、貴方が好きです!」
「ェ」
ええ〜!
豊の叫び声が、辺りに響き渡ったのだった・・・
そもそもどうしてこんなことになったのかがよくわからない。
同じクラスの生徒だというのに、限りなく存在感のない男、若林誠。
多分俺と一二を争うだろう、かたや子分、かたや下僕の地位に甘んずる、情けない者同士。
那須乃にこき使われる彼を見て、同情しつつも仲間意識が芽生える事もあった。
それがどうしてこういう展開になるのか。
執行部に入部した時、誠は本当に嬉しそうだった。
豊の手を握って何度も「よろしくおねがいします」を連呼していた。
(あれってこういう裏があってのこと?!)
ガガーンと漫画みたいな効果音が入って、豊の目の前が真っ暗に染まる。
誠、執行部加入より、僅か三日後の出来事であった。
「おおお落ち着け、若林!」
ともかくなだめなくては、豊は必死に話しかける。
「お前、何を言ってるのかわかってるのか?」
「もちろんです!」
誠はいつになく自信に満ち溢れていた。
ああ、輝いているなあと、場にそぐわないのん気な言葉が浮かぶ。
「好きです、秋津さん」
「あのなーっ」
掴まれた肩を外そうとして、もみ合いになりつつ。
「お前、男だろ!」
「もちろんです!」
「俺だって男だ!」
「知ってます!」
「だったら、わかるだろ、うわ、この、放せバカ!」
何とか外した腕が、そのままぐわっと広がって豊を抱きしめようとする。
紙一重で交わしたものの、腕を掴まれて背中越しに結局抱きしめられてしまった。
「放せぇッ」
「イヤですっ」
じたばたともがく耳元に誠の唇が近づいた。
「秋津さんは、僕の事が嫌いですか?」
「きっ」
喋るたびにフッとあたる吐息が、否応なしに背筋をゾワゾワさせる。
「嫌いとか、そういうんじゃなくて」
「じゃあ・・・好き、ですか?」
「そ、そんなことよりもっと大きな問題があるだろ、オイ」
「僕にとって貴方が僕を好きか嫌いか以上に、大きな問題なんてありません」
「みみみ、耳元で喋るなー!」
肘から繰り出す鳩尾一発、何とか逃げ出した豊は、屈伸してむせこむ誠とゼイゼイしながら向き合った。
「若林、お前は今、とんでもない勘違いをしている!」
それが何なのかもわからずに、びしっと指を突きつけて。
「俺たちは男同士だ!恋愛は出来ない!」
「ど・・・して、ですか」
ようやく復活してきた誠が、まだ少しふらつきながら体勢を立て直した。
「男同士でどうして恋愛しちゃいけないんですか?」
「だ、だって」
ゴニョゴニョと、言いよどむ豊を誠はじっと見詰めていた。
「・・・僕は」
一歩踏み出されて、豊は思わず一歩下がる。
「本気です」
また一歩、豊は後退した。
「ずっと貴方の事を見ていました・・・どうにかしてお近づきになるきっかけが持てないものかと、常々考えていた」
「だからって今更」
「執行部入部は、僕にとって一つの転機でした」
また一歩。
「だって貴方はいつだって伽月さんという心強いガードがいたし、僕はしがない那須乃さんの付き人だから」
「伽月は別に俺を守っていたわけじゃ・・・」
「僕には高嶺の花だろうって、ずっと諦めていたんです」
一歩。
「でも今!」
一歩。
「僕はついに、貴方と同列に加わる事が出来た!」
一歩。
「だから言います、この時を逃せば、僕は一生負け犬のままだ!」
「負け犬でいてくれ、頼むから」
「イヤです!」
一歩。
「僕は貴方が」
一歩。
「ち、近づくな・・・」
「好きですー!!!」
ガバッと抱きつかれて、豊はひーッと悲鳴をあげた。
誠は本気だ。多分、今のこいつを止められる奴などいない。
それでも必死で抱擁から逃れようと豊は叫んでいた。
「那須乃は!美沙紀はいいのか?お前付き人だろう?あいつの事好きなんだろ?!」
「嬉しい・・・ヤキモチですか?」
「ちがーう!」
髪の毛を掴んで引っ張ると、誠はイテテと幸せそうに笑った。
(こいつ、本当にマジだ・・・)
その姿はまさに恋する男のもの。
豊の心に暗雲が広がりつつあった。
「大丈夫です、秋津さん」
誠が顔を覗きこんでくる。
「僕には貴方しかいません!」
「だから、それが間違いだと」
「ずっと貴方を見てました」
「な、なに?!」
もしかして誠はクラスメイトになる以前から俺の事を知っていたのだろうか・・・?
少なくとも豊の方にはそれ以前に誠の記憶などない。
懸命に思い出の糸を手繰り寄せる豊を見詰める誠は瞳をウルウルさせていた。
「今もですけど、出会った頃の貴方は可愛らしかったなあ・・・初めての制服姿、昨日の事のようにはっきりと覚えています」
「そ、そんなに前から?」
「水着姿もよかった、体操服姿も、夏服のシャツの隙間から覗く首筋がもうたまらなく」
マニアだ、俺マニアだ。
豊の歯の根がカチカチと情けない音を立てている。
人のよさそうな奴だと思ってたのに、まさかこいつ、ストーカーだったのか?
「秋津さん、好きです」
誠はもう一度、思いの丈の詰まった言葉を繰り返す。
「僕のこの想い、受け止めてもらえませんか?」
だからイヤだって言ってるだろうが!
「お、おい、ちょっとお前・・・!」
至近距離から見つめていた瞳が抵抗する間もなく近づいて、逃げ遅れた豊は誠にキスをされていた。
(う・・・)
頭の中が真っ白になる。
(うわああああ?!)
混乱して、わけが分からなくなった隙をついて、誠がそっと囁いた。
「豊は僕のこと、好き?」
「は、わ・・・」
「好きって、言って」
「す、す」
「好き」
管轄外になっていた唇が、あっさりつられて同じ言葉を呟いていた。
「・・・好き」
「ヤッター!」
誠の歓喜の叫びと共にぎゅうっと抱きしめられて、豊はようやく我に返って青ざめた。
今なんて言った?俺はなんて言った?
「秋津さん、必ず幸せにします!」
「だーかーらー!やーめーろー!」
もがいても暴れても後の祭り、誠は満面の笑みでじっと豊を見詰めると、恭しく取り上げた手の甲に口付けて勝手に誓いを立てている。
「貴方の全てを愛しています」
「わ、わか・・・」
「一生、幸せにします・・・」
もう逃げられない。
誠は本当に本気だ。
豊は動物的な感で悟っていた。きっと、多分、こいつはこの手を放してくれないだろう・・・
誠の瞳の奥で情念が激しく燃え盛っているのが見えるようだった。
まるで虎に睨まれたウサギのように、豊は抵抗を諦めた。
「秋津さん、そろそろ寮に帰りましょう、手をつないで歩いてもいいですか?」
「そっ、それだけはイヤだ!」
「どうしてですか、僕らはもう他人じゃないんですよ?」
「ば、ふ、ふざけるな!」
「・・・うーん、確かに、まだ厳密には半分他人かもしれませんけど」
「半分も何も、全部他人だ!」
「そんなことも明日の朝になればいえなくなりますよ、さ、帰りましょう」
(あ、朝?!・・・まさか)
「イヤだー!」
「・・・どうしたんですか?秋津さん」
夕焼け色に染まる天照館。
二人で歩く道のりは、誠にはバラ色に違いない。
豊は景色の赤が血の色のように思えてならなかった。
対照的な気分で、半ば引きずられるようにして、この先の事を考えると片方は幸せな、もう片方は限りなく不幸に近い気持ちで。
ここに一人の男子高校生の運命が、変質的なクラスメイトの手によって無理やりまわり始めたのだった・・・
(了)
※これが全体の基本、他の話はつながってないけど、出だしは全部こっからということで(爆)