「20000Hit御礼!シンデレラ」
あるところに、一人の少年がおりました。
彼は元々それほど名のある家の生まれではありませんでしたが、素養を見抜いたとある人物により著名な一族の末端に召し上げられ、そこで暮らすようになりました。
少年の名は豊。けれど誰も彼をその名で呼ぶものはおりません。
少年は、蔑まれ、灰かぶり、つまりシンデレラと呼ばれていたのです。
「よっシンデレラ、プロレスやろうぜプロレス!」
「シンデレラ、午後の鍛錬は終わったのかのう、日々これ精進、じゃぞ!」
豊の新しい家族は義理の父親と上に兄弟が二人。
父親は戒律厳しく修行の鬼でありました。
「健全な肉体には健全な精神が宿る、これはワシの持論じゃ、がっはっは!」
膝に可愛らしい猫を乗せています。
義理の兄弟の片方は姉で、こちらもとても気性が荒く、何かと豊を痛めつけたがるのでした。
「こらあ!ゆんゆん!アタシを巻こうったってそうはいかないかんね!」
姉は気性の荒い馬を一頭飼っておりました。
そして、もう一人の兄弟、こちらは兄でしたが、豊は彼が一番苦手でした。
兄は銀の髪と金の瞳を持った大層見目麗しい姿でしたが、心冷たく、慈悲のない人物でもありました。
それでも懸命に仲良くなろうと努力する豊を、いつも蔑むような眼差しで睨みます。
必要最低限の言葉しか口に出さず、見かければいつも読書に耽っておりました。
それでも、豊はこの兄の事が気になってしかたありませんでした。
兄の名前は薙といいました。
さて、豊が貰われていってからしばらく経つ頃、国中にお触れが出されました。
国家のお世継ぎであられる綾人王子がお年頃になったので、該当年齢の娘は着飾って城へとやってくるようにとのことです。もちろん、目的は王子のお妃候補の選出でした。
しかし通達は任意、それは、着飾れる娘のみ来られよとのことです。
ドレスも持たぬ、髪を結う玉串すら持たぬ娘には縁のないお話でありました。
無論男である豊などには論外のお触れです。
ですが、通達にはこうも付け加えられておりました。
「容姿が美麗であれば、男であっても城へ来られよ」
王子はその辺り実にバリアフリーであったのです。
ですからお妃候補に漏れた、それでも見目麗しき人間は、妾にしようと考えておりました。
これはそういう意味も含めた呼びかけであったのです。
父親は色めき立ちました。
「ワシの所は娘もおる、息子もなかなかのモンじゃ、国から援助が出れば道場も潤うというもの、おぬしたち、いまこそ孝行果たす時なるぞ!」
「王子って強いの?」
「無論、お世継ぎであられるからのう」
「んじゃ、あたし行く!王子がどんなもんか見てきてやる!」
「薙も、行くのう」
父親の言葉に薙はあまり乗り気では無い様子でした。
豊は物陰から見詰めます。視線に気付いた薙が振り返り、豊をじっと見詰めました。
「行くのう?」
父親が念を押すように尋ねました。
薙は少し考えて、前後に一度だけ首を振りました。
豊は、よくわかりませんが、なにやらひどくショックで腰が抜けてしまいそうになりました。
ぼんやりしていると姿を見つけた父親が怒鳴りつけます。
「おんしのようにみすぼらしい男は城に連れて行くわけにはいかん、おとなしく留守番でもしておれ!」
そうして兄弟と、なぜか父親まで着飾って、お城へ出かけてしまいました。
「ああ」
お屋敷にただ一人きり、残された豊は磨き抜かれた床に映る自分の姿を見つめます。
この床も、屋敷の中はどこも全て豊が掃除しています。ピカピカ輝く表面に映る姿は確かにみすぼらしく感じられました。
「薙は、やっぱりこんな俺のことなんか嫌だろうな、城にもつれて行ってもらえないような、ボロばかり身に纏ったみっともない姿じゃ」
最後に見つめられた視線には、強い想いがこめられていたように思います。
豊はそれを嫌悪だと確信しておりました。そして、その事が何より胸を痛めつけるのです。
「はあ」
もう一度溜息をついたとき、磨き抜かれた床の表面が突然輝き始めました。
そして、石造りであるはずの表面が波立ち、ローブを纏った一人の少女が姿を現したのです。
「どうしたのです、シンデレラ」
「あ、あなたは?」
「私は紫上結奈、次期執行部総代です」
「はあ」
今度はなんとも間の抜けた、返事の言葉でした。
「貴方はお城に行きたいのですね?」
「ど、どうしてそれを?」
紫上結奈はニッコリと微笑みました。
「私は何でも知っています、大丈夫、貴方をそう易々と狼の毒牙に差し出したりなどしません」
「は?」
「魔法をかけてあげましょう、それ、ビビデ・バビデ・ブー!」
シャランラー!
魔法のコンパクトから光があふれ出し、気付けば豊は美しいドレスを身に纏っていました。
「こ、これは」
「ドレスはオマケです、私は貴方にキッカケを差し上げたに過ぎません」
「え?」
「さあ、お行きなさい、行って貴方の望みをかなえるのです!」
そう言って扉をすっと指差して、紫上結奈はニコリと微笑みました。
豊はよくわけがわかりませんでしたが、とりあえず行かなくてはならないと思い屋敷から勢いよく飛び出しました。
「ありがとう!紫上さん!このご恩は忘れません!」
「私は秋津君に幸せになって欲しいだけです、どうぞ、お気になさらずに!」
紫上結奈の声は遠くなって消えていきました。
豊は鍛え抜かれた自慢の脚力で城までの道を全力疾走します。
そういえば、ドレスであるのに足元は走りやすいスポーツシューズでした。気が利いています。
(ありがとう、紫上さん!)
豊は心の中で深く深く感謝いたしました。
さて、城では綾人王子による妃、妾、両候補選出乃儀が厳かに執り行われようとしておりました。
「やいやい、総代!勝負しろ!」
飛鳥の姉が黒馬に乗って颯爽と登場、王子の前にひらりと飛び降ります。
「お前は気性が荒くていかんな」
対する王子はどこ吹く風、さして気にもせず額に手をやって微笑んでおりました。
「ゴチャゴチャうるさい!覚悟!」
「ムッ」
姉の自慢の拳が放たれた瞬間、気合一戦、王子の居合いがその腕を弾きます。
吹っ飛ばされた姿を見送って、王子は格好をつけながら一言。
「みねうちだ、安心しろ」
周囲で見守っていた有象無象の者達は一瞬で虜になってしまいました。
王子様、抱いてなどという台詞にも微笑みで手を振り返す余裕と気品はまさに王者の風格です。
「ありがとう、さて、一人ずつお相手いたそうか」
「次はワシじゃい!」
群集を割って出てきたのは飛鳥の義理の父でした。王子の表情がわずかに曇りました。
「まさか、あなたもですか?」
「無論じゃ、こういった場にワシが出て込んでどうする、綾人!」
呼び捨てです。
王子は深く溜息をついてパチンと指を鳴らしました。
駆けてきた幼い少女の衛兵が、義理の父に何か投げつけます。
「えーい!」
バフッ
「グウォッホグウォッホ!なんじゃこりゃ、何事じゃ!」
「それはね、猛毒粉末だよ!」
「な、何毒?ぐ、体に邪気が回る・・・」
「エヘヘ」
「うむう、これは、止むをえん・・・ええい、抜魂!」
義理の父親の体から青く光る輝きが抜け出し、同時に父親は石になってしまいました。
「よくやったぞ、琴、お手柄だ」
「えへへー、ぼーぼーいん成敗成敗、悲願ここに成れりー!」
衛兵は時代錯誤な言葉を口走りながら駆けていってしまいました。
「さて、次は」
騒動も一段落した会場を、王子はぐるりと眺めます。
その時でした。
「通して、すいません、通してください!」
城門から漣のように人々の声が広がっていきます。視線を向けた王子は目を見張りました。
「豊・・・!」
玉座から立ち上がり、驚く人々を押しのけて駆けていきます。
声に気付いた薙も振り返り、末の弟の姿に唖然としておりました。
着飾った豊は、他の誰よりも麗しく、かつ愛らしい容姿を困惑気に歪めて辺りを必死に見回しています。
「どこだ、どこにいるんだ」
「豊!」
呼ばれて、振り返った豊はきょとんといたしました。
王子は気にせず近寄ります。
「ああ豊、やはり、お前を見初めた俺の目は正しかった、あの時俺は柄にもなく震えたんだ」
「え、え、あの」
「お前を見出したのは俺だ、豊!」
豊はとても驚きました。あの家に自分を預けたのが、他ならぬこの国の王子様であろうとは!
「俺はな、豊、お前はいずれ執行部を背負って立つと思っている、だからしかるべき環境で教育を」
「あの、総代、今は俺、それどころじゃないんです」
王子は聞いていません。
「執行部を背負って立つということがどういう意味か・・・それはつまり、お前は俺の妃になるということだ!」
「ええっ」
さすがの豊も驚きました。では、妃候補選出乃儀はどうなるというのでしょうか。
「そんなものはただのお題目だ、適当に済ませて、お前に会いに行くつもりだった」
「そんな、それじゃ俺は」
「お前は俺の妃にふさわしくなるべく、花嫁修業をしていただけなのだ!」
なんということでしょう、豊はすでに見初められていたのでした。
では、このドレスも何もかも、王子のためということになってしまいます。
はたと気付いて振り返ると、城門の向こう、薙の姿が消えていく所でした。
「薙!」
豊は叫んで駆け出しました。
「お、おい、豊?どうしたんだ!」
王子も慌てて追いかけます。
薙は、階段の中ほど、足を止める気配もなく、もうほとんど下に着きかけておりました。
そこには馬車が待っています。どうやら屋敷に帰ってしまうつもりのようでした。
「薙!」
追いついた豊の叫び声に、薙はふと足を止め、ゆるゆると振り返ります。
その表情はどこか寂しげで、豊はまた胸が苦しくなりました。
「秋津君」
「薙、待って、待ってくれよ」
「何故?」
「何故って、そんなこと」
「君は、僕の事を嫌っているのだろう、ならば放っておいてもらおうか」
薙はすっと視線を逸らしました。
その途端、豊はたまらず走り出しておりました。
転がるように階段を下り、驚く薙の腕の中に飛び込みます。
「そんな、そんなこと、あるはず、ない!」
抱きとめた薙は唖然として豊を見詰めました。
「君、今なんて」
「そんなことあるはずないって言ったんだ!俺が薙を嫌いだなんて、そんな、どうして」
「だって君はいつも僕を見て怯えていたじゃないか、だから僕は」
「俺の方こそ、薙に嫌われてると思ってたんだ!」
薙は瞳を見開きます。
「何」
「俺、俺、でも、今日薙がお城に行ってしまって、もし王子なんかに見初められたらって考えたら、いてもたってもいられなくって、だって俺、俺は」
「僕は、この茶番が済んだら王子が君を迎えに来る事を知っていた」
「え?」
「父に聞いたんだ、君が、いずれこの国の花嫁になる宿命だと、でも僕はどうしても納得いかなくて、だからせめて、王子がどんな奴か見てやろうと」
「薙、それじゃあ」
豊の瞳には涙が浮かんでいます。
澄んだ雫を指先でそっとぬぐい、薙は初めて優しい微笑を見せました。
「僕は、君を嫌ってなどいない、むしろ好意を持って君を」
ああ、なんということでしょう!
豊は嬉しくて嬉しくて、たまらず薙の胸に顔をうずめて泣き出しました。薙は細い背中を繊細な動作でそっと抱き寄せます。
その時、城門からようやく飛び出してきた王子が二人の姿を見つけ、何事かと大声をあげました。
「貴様!月詠の!ここでなにをしている!」
豊ははっと顔を上げ、王子をにらみつけると立ち向かっていこうとしました。
その腕を薙が優しく引き止めます。
「薙?」
「あいつにはこれで十分だ」
「月詠の!答えぬか!返答如何によってはこちらとて容赦は」
剣を抜きながら降りてくる綾人王子を鋭く見据えて、薙は履いていた靴を脱ぎました。
そしてそれを、振りかぶって思い切り投げつけたのです!
「薙?!」
「ぐあ!」
薙の靴の踵が、王子の脳天に見事に決まりました。
そのまま昏倒して倒れる様子を唖然と眺めている豊の手を薙が強く引き寄せます。
「行こう、新しい世界が、僕らを待っている」
「でも俺、男だけど」
「そんなことは今更関係ない、君は気にするのか?」
豊は頬を染めて、ニッコリと笑顔で首を振りました。
「ううん、薙と一緒にいられるなら、それだけでいいよ」
薙はもう昔のように無表情ではありません。優しい笑顔がしっかりと豊を見詰め返してくれました。
そうして二人は手に手を取り合い、馬車に乗り、誰も知らないところへと旅立っていったのでした。
城の前に倒れていた綾人王子は、馬車の姿がすっかり見えなくなった頃目を覚ましました。
「は!あ、豊、豊はどこへ」
「秋津君は次のお役目を果たされにゆきました」
振り返った先に紫上結奈の姿を見つけ、王子はひどく動揺します。
「結、まさかお前」
「綾人様はもう少し総代としての、いえ、この国の王子としての自覚を持っていただかなくては」
「いや、それは」
「年端も行かぬ少年に現を抜かしている場合ではありません、ましてや、人の恋路を邪魔するなど」
「そうは言うが、あれはそもそも俺と一つしか違わ」
「さ、城へ戻りましょう、貴方もお役目が残っておいででしょう?」
紫上結奈に睨まれて、綾人王子は困った顔をして逃げ出そうとしました。ですが。
シャランラー
「結!卑怯だぞ!」
魔法の力に絡め取られた王子は、叫び声も虚しく、城へ連れ戻されてしまったそうです。
(了)