「Endless waltz 12」
とても、とてもくだらないものを見た気がする。
「ほれ、綺麗だろ?」
崇志が得意げにかざした手の甲に、周囲の視線が集まった。
気付けばいつもの面々、崇志、晃、誠、豊、そして、薙。
もっとも薙に関してはこのメンツでいる事が楽しいとか、義理だの友情があるだのでしょっちゅう参加しているわけじゃない。
そこに―――豊がいるから。
だから、いる。
そして豊はこのメンツでつるむ事が楽しいらしくて、結果彼らの身内と思われることは不可抗力だと薙は自身に判じている。
その時だって声に呼ばれたから振り返っただけであって、興味も関心も皆無だったはず。
崇志は自分の人差し指にはめられたシルバーの土台にジルコンとトパーズをちりばめた洒落たデザインのリングを見せびらかしていた。
「これ、オンナノコからのプレゼント」
別段鼻にかける様子もなくしれっと言い放つのがこの男のスタイルだ。
「今年の誕生日にくれたの、ラギーに似合うと思ってとか何とか、カワイーこと言っちゃって」
ウフフと笑う崇志に、あからさまな嫌悪をむき出しにして晃が毒づいた。
「なんやねんオノレは、自慢か」
「随分高価そうですねえ、それって彼女からのプレゼントですか?」
崇志は違う違うと顔の前で手を振った。
そのたび、光を受けて指の間でリングがきらめく。
「これはオトモダチのオンナノコ、オレッチ彼女っていないんだよね」
「ええっ、そうなんですか?」
京羅樹さんもてるのに。言われた崇志はフフンと鼻を鳴らした。
「なにマコちゃん、まだそんなに若いのに一途だったりしちゃうわけ?」
聞かれた誠は不思議そうな顔をしている。
「どういう意味ですか?」
「だっからさあ、オンナノコは彼女、お友達って、わけちゃうとつまんないでショ」
俺にとって仲のいいオンナノコはみーんなオトモダチなわけ、と崇志が笑った。
「だから、同じように付き合うし、同じようにスキだよ、えこひいきはよくないでしょ?」
「それってえこひいきなんですか?」
「アホなこと抜かすなマコ、こいつはなあ、ただ単にタラシなだけや」
「およよ、晃ちゃんったらヤキモチかい?」
「ちゃうわ!なにゆうてんねんこの色ボケ男!」
「ボケっつうのは酷いなあ」
崇志は何気なくリングに触れる。
「俺は全員に本気なんだから、構わないでしょ、まあでもこれも本当は薬指にして欲しいっていわれたんだけど、さすがにそれは無理だからねえ」
「えこひいきだからですか?」
「さすがマコちゃん、察しがいいね」
笑う崇志に、なにゆうてんねんと晃が吐き捨てた。
「―――何故だ?」
え、と一同が同時に振り返る。
それまで啞のように沈黙し続けていた薙が、突然口を開いたからだった。
「何故だ」
薙は繰り返す。
自分では単純に疑問があっただけなのに、周囲は予想外に反応したようだった。
「な、なんですか、なにが何故なんですか飛河さん」
誠がオロオロしながら豊にちらりと視線を向けた。豊は目を丸くしたまま薙を見詰めている。
「薙、薬指の事が聞きたいのかな?」
察しのいい崇志はすぐに気付いたようだった。
その途端、ゆびぃと晃が大仰な声を上げる。誠と豊はますます驚いたような顔をした。
「指は、どれも同じだろう、薬指だけ何故特別なんだ」
大方迷信の類だろうと予測は立っていたけれど、何故だか無性に気になってしまった。
崇志は笑って、もちろんあるよ、薙は知らないのと瞳を細くする。
「薬指にする指輪はね、まあ、一つの契約なのよ」
「契約?」
「そ」
急に片手を掲げる。
「一つ、浮気しません、一つ、貴方だけです、一つ、気持ち変わりません、以上をこの指輪に誓いまーすってな、そういう契約の証、それが薬指にする指輪」
「オノレが一番守れん契約やな」
そうなのよと崇志は大仰に息を吐く。
「そんな誓いをうっかり立てちゃったら、世のレディ達が悲しむからさ、まあ、オレッチの宿命なのかな」
「アホぬかせ、一生言うてろ」
「まあ、誓ってる内容はどれも同じ事を言ってるんですけどね」
誠もクスクスと笑っている。
「要は想い、想われあう恋人同士の証、みたいなものです。結婚式を挙げる新郎と新婦が交換して、お互いの指輪を一生大事に持っておくんですよ、恋人同士はその真似事みたいなものかなあ」
「マコちゃんはロマンチストね」
「そんなじゃないですよ」
誠は少し照れて頬を指で掻く。
「まあ、そんなわけで薙、これは大事な大事な契約の指輪なわけ、俺がこれを持っている間はそのオンナノコも安心、俺も指輪見せるだけでいちいちスキって言う手間が省けるしね」
薄情やなあと晃が顔をしかめた。
「まあでも薬指じゃないから、このリングはただのプレゼントってことになっちゃうんだけど」
そもそもそういう古臭いお約束はあんまり好きじゃないんだよなあと崇志は首の後ろを掻いた。
「指輪一個で人の気持ちなんて縛れるわけないでしょ、こんなのただのアクセサリーだよ」
「そうなんですか?」
「マコちゃんも大人になればわかるよ」
「オノレはいくつのつもりや」
「コウちゃんよりかは心も体もオトナのつもりだけど」
オンナノコのこと何にも知らないでしょとふられて、晃は赤面した。
「ラギー!オノレはぁ!」
殴りかかっていく晃に苦笑しつつ、誠がまあまあと止めに入る。崇志はまだふざけた調子で何か言っていた。
騒がしい最中にあって、薙は何か思案するように腕を組み虚空を睨みつけていた。
その様子に豊がふと気付き、声をかける。
「飛河?」
声は届いていないようだった。
豊は傍によって、今度は俯き加減の視線を下から掬い上げるようにして鼻先を近づけた。
「飛河、どうしたんだ、まだ指輪のこと考えてるのか?」
その途端、薙は驚いたように少しだけ体を震わせた。
ようやく存在に気付いたような素振りで、まじまじと豊を見詰めてからいや、と短く答える。
「なんでも、気にされるようなことじゃない」
でも、といいかける、豊の口元を手で制止した。
そのまま体重を感じさせない動きでフイと立ち上がる。
「あれれ、ナギ、どこ行くの?」
答えはない。いつもことだ。
そのままさっさと立ち去っていく後姿を、豊だけわずかに困り顔で見送っていた。
そして、数日後。
本当に。
本当にどうかしている。
こんなくだらない事を思いつくような人間だとは思っていなかった。
それは他ならぬ、薙自身のことだった。
馬鹿らしい。
呆れながら街を歩き、店に入り、豊を呼び出した。
黄昏時の天照館、薄闇が忍び寄る、藍碧台の上だった。
「どうしたんだ飛河」
風に髪を弄ばれながら、丈の低い草を踏んで近づく姿に瞳を細くする。
薙の片手は制服のズボンのポケットに無造作に突っ込まれていた。
正面までやってきて、豊は幾分困惑気味に薙を見据えた。
「そろそろ寮に戻らないと、教官に怒られるよ」
言葉は無い。
ただ息を大きく吸い、ゆっくりと吐き出して、ポケットから手を出した。
握られた掌を、豊の目の前でそっと広げる。
そこに、光る、二組の指輪。
豊は薙を見た。
「え?」
誰が見てもはっきりわかるほど、彼は動揺していた。
見開いた鳶色の瞳が夕日を映してオレンジに染まっている。
「飛河?」
白い指先がその一つをつまみ、豊に差し出した。
「これは、僕の分だ」
「え」
「そしてこちらは君のものになる分、僕は君に、君は僕に、指輪を贈る」
「そ、それって」
ザア、と風が吹いた。
夕日の照り返しで、豊の顔は真っ赤に染まっていた。
逆光になる薙の顔は暗く、表情は変わらない。けれどその瞳に宿る光はとても強い輝きを放っている。
「契約をしよう、秋津豊」
掌を出してといわれて、豊は魔法にかかっているような気分で掌を差し出した。
そこに乗せられる、煌めく銀環。
薙の掌には眩い金環が。
それぞれ、互いの掌から指輪を受け取る。
「誓いを、豊」
「う、うん」
差し出した左手を受け取り、薬指に薙が銀の指輪を嵌めた。
つられたのだろうか、薙も左手を差し出してきたので、豊はその薬指に金の指輪を嵌める。
指の間で、同じ形の、金と銀の環は陽を受けて益々綺麗な光を放った。
「豊」
その指先がすっと伸びて、豊の顎に触れる。
もう片方の腕で体ごと抱き寄せられて、胸の中に納まる手前で薙の唇が重なった。
燃え上がるような夕焼けの中で。
輪郭を赤く染め上げた二つの影は寄り添うように混ざり合う。
豊の腕が、そろそろと薙の背中を抱いた。
腰に添えられた薙の腕が、強く豊を引き寄せる。
触れ合う感触の、その隙間から絶え間なく誓いの言葉が流れ込んでくるようだった。
それは、永久に亘る誓。
縛り付けあうものでなく、想いを絡ませ、未来を紡ぎだすための誓。
言葉などただ一言も要らず、こうして唇を合わせるだけで、互いの心が深くつながりあう。
それは思い過ごしや、願望などでは決してなく、純然たる真実だった。
永遠のような、一瞬のような時の後、離れた唇の先に連なる姿を見つけて、豊はふわりと微笑んだ。
もう随分陽は傾いているというのに、その顔はまだ少し赤かった。
「契約完了、かな?」
薙は、真顔で頷いた。
そして少しだけ笑った。
「ラギーのと違って、これは薬指だから正式な契約だな」
「ああ」
「しかも一生モノみたいだけど」
「無論だ」
「契約違反したら、罰は?」
それは、と薙は少し表情を沈ませる。
「傷が、つく」
絶対しないよといいながら豊は薙の首に腕をまわして抱きついた。
「そんなこと絶対無い、勿体無くてできないよ、だってこれは俺だけじゃなくて、俺にとっては薙に対しての契約なんだから」
体を優しく抱かれる感触に、左腕を延ばした先の輝きを見詰めて、瞳を細くした。
「絶対、破らない」
薙には俺の、俺には薙の指輪が。
「一生モンの契約だ」
フフ、と笑うと、銀の髪が頬をくすぐった。
薙の頬を、同じように茶色の髪がくすぐっているに違いない。
触れて、触れられて、それは対になる指輪のように等しく愛しい存在。
「薙、ありがと」
肩口がわずかに揺れて、薙は笑ったようだった。
豊も笑っていた。
遠い空に、一番星がキラリと煌めいた。
(了)