Endless waltz 13

 

コンコン、と控えめなノックの音が聞こえて、薙は振り返った。

扉を開くと豊がいる。

「こんばんは、飛河、まだ寝てなかったのか?」

「ああ、君こそこんな夜分にどうした」

すでに時刻は10時を回り、そろそろ寮は消灯時間を迎える。

豊はニッコリ笑って目の前で両手を振って見せた。

「俺はトイレ、前通ったら、戸の下から明りが見えたからさ」

手には水滴がついていた。

薙は得心いった。

ひゅうと秋も終わりの風が二人の間を吹きぬけて、豊がわずかに不思議そうな顔をする。

「あれ、飛河、もしかして窓開いてるのか?」

「ああ」

薙の肩越しに見える向こう、木枠の端でカーテンが揺れている。

豊はわずかに首をかしげた。

「この寒いのに、なんで窓なんか開けてるんだ」

ちょっと、と曖昧に答えられて、疑問符を浮かべる豊を戸口から逸れた薙が中に入らないかと誘ってきた。

言われるままに入室すると、後ろでパタンと戸が閉じる。

そのまま窓の傍へ歩いて行くので、豊はそこに立ったまま薙を見送っていた。

「秋津君、こちらへ来てごらん」

呼ばれて、履物を置いておくための狭い板の間にスリッパを脱いで、畳の床をぺたぺたと歩く。

薙は窓の外を指し示した。

縁に手をかけて覗き込むと、夜風が頬に冷たく吹き付ける。

「上を」

いわれるままに見上げると、見慣れた天照郷の星空が広がっていた。

「―――ここは、空が近いな」

「えっ」

「都心ではこれほど鮮明に星は見えない」

背中にふわりと温もりが覆いかぶさってくる。

驚く豊の後ろから、腕の中に収めるようにして薙の両手が縁に置いた両手の上に重ねられた。

耳元で、吐息混じりの優しい声がそっと話しかけてくる。

「見事だな」

「そ、そうかな」

豊は首筋まで真っ赤に染めながら、乱れた鼓動が背中越しに伝わってしまうのではないかと思って益々体を強ばらせた。さりげない笑い声が首筋をかすめる。

「こういう場合は綺麗だと言ったほうが適当か?」

「ど、どっちでも、いいと、思う、飛河が思ったほうで」

豊、と呼びかける声がして、重なっていた両腕がギュッと体を抱きしめてきた。

頬に擦り寄るようにして銀の髪が触れて、くすぐったくて思わず肩をすくめる。

「星、見てたのか?」

たまらず言葉を洩らすと、ああと短い返事が返ってくる。

「そ、そっか、楽しかった?」

うん。薙は首筋に顔をうずめている。

「でででも、寒いだろ、それに、もうすぐ、冬だし」

「そうだな、でも今は―――」

君がいるから、そうでもない。

豊はたまらず、大きく息を吐き出していた。

鼓動が激しすぎて口から飛び出してきそうだ。冬はもう目の前の、こんなに寒い時期だというのに、頭からつま先まで暑くてたまらない。

熱がひどすぎて、目眩までしてくるようだった。

「豊」

優しい声に、首を曲げる。

すぐ傍に薙の金色の瞳が見えた、そして。

 

唇を、重ねられた。

 

ひとしきり甘い感触の後で離されると、潤んだ瞳を覗き込んで薙がクスリと笑う。

「星もいいけれど、僕には君の方が好ましいよ、秋津君」

ここは空気が澄んでいるねと、再び夜空を見上げる横顔を目で追って、豊もふわりと微笑んでいた。

抱きしめられた両腕に掌で触れて、同じように夜空を見上げる。

「今夜はいつもより星がきれいだ」

「そうなのか?」

「ああ―――って、俺ってちょっと現金かな」

薙の声がフフと優しく響く。

「そんなことないさ、僕も、似たようなものだ」

風は相変わらず冷たかったが、こうしていれば寒さなど感じない。

満天の星々はいよいよその輝きを増して、まるで地上に降り落ちてくるかのようだった。

寄り添いあって見上げる輝石の夜空は、この地上のどこよりも美しい光景に思えた。

 

(了)