Endless waltz 16

 

待ち合わせ時刻丁度。

いつでも早い薙は、今日も先に到着していた。

姿を見つけて、豊はやはり、いつものように多少慌ててしまう。

(俺って薙を待たせてばっかりだなあ)

申し訳ないと思うのだけれど、結局いつも時刻ぴったりか、少し遅くなってしまうので、その辺りは努力の問題かもしれない。

薙に向かう、自分自身は頑張りを怠っているつもりなどないのだけれど。

―――と、いうより、頑張らなければ向かい合っていられないというのが正解か。

「何を笑っている」

出会い頭に言われて、豊は緩んだ表情筋を慌てて引き締めた。

銀の髪に、金の瞳の綺麗な人。見詰め合うたびに照れてしまう。好きなのだなあと思い知らされる。

だから、努力は苦痛ではなく、快楽なのだ。

この人のそばにいられるなら、どれだけ頑張っても、それは全然辛くも苦しくもない。

(ちょっと大変だけどね)

薙は暫らく豊の様子を伺ったあとで、時計をチラッと見ると、行くぞと短い言葉とともに踵を返して歩き始めた。

ここは都内、某駅改札口前。

発券所へ向かう背中に、豊も慌ててついていく。

「薙、何処かに行くの?」

「ああ」

「どこに行くの?」

「山だ」

二人分の切符を買って、片方を渡されながら、豊は首を傾げる。

「山?」

薙はさっさと改札口に向かい、先に自分だけ切符を通して歩いていってしまった。

その後をあたふたと追いかけて、未だに戸惑う自動改札口を抜けて、薙の隣に追いつく。

「山って、どこの?」

山形県だ」

「山形?山形の山に登りに行くの?」

「本格的なクライミングが目的ではない、私服で十分事は足りる」

「え?あ、あの」

そういう事を聞いているわけではないのだけれど。

それとなく目的諸々を聞き出そうとするやり方は、薙には通用しない。

豊はちょっと困った顔で薙を見詰める。

「薙、あの」

「前を向いて歩け、君は、人ごみは苦手だろうが」

「え?あ、いたっ」

話す傍からぶつかって、慌てて謝りながら、おとなしく忠告に従った。

都会で、並んで歩くのは非常に難しい。

だから、やむを得ず、薙の後からついてゆくような形になる。

豊にしてみれば、多少不本意でつまらないのだけれど。

「ねえ、薙」

「歩く時は無駄口を叩くな、君は、それでなくても足が遅いというのに」

「うっ」

もうこれ以上話しかけても仕方なさそうなので、豊は諦めて口を噤んだ。

無駄を極端に嫌う薙の言葉は時々冷酷だ。

駅のホームにたどり着いて、様子を伺うと、真っ直ぐ前を向いたままなので、豊は仕方なしにおとなしく隣に立っていた。

なんだかちょっと侘しくて、人ごみに紛れて―――手を、軽く握ってみたのだけれど。

薙はやはり無言だった。

ただ、指先はその手をそっと握り返してくれたので、豊の不満や不安は一時に晴れてしまっていた。

 

電車を乗り継いで、三時間。

ローカル線はともかく足が遅い。

移動の最中、いろいろと話したかったのだけれど、気持ちだけが先走りして話題など思いつかなかったし、当たり障りのない事を言ってみても的確かつ短い返答が帰ってくるばかりで、豊は早いうちに諦めて、コンパーメントの向かい合った座席から、外の景色をひたすら目で追っていた。

薙も景色を眺めているらしい。

都心部を抜け出すと、辺りは一気に緑色が多くなる。

芽ぐむ若い葉と、時折混じる花の色、空の青、ぬるい日差し、それ以外何にもない景色、時々混じるおんぼろの建物。駅周辺だけは多少人工色が強い。

遠くに山の姿が見えるたび、どこの、何山に登るのだろうかと考えていた。

時折チラチラと窺う、薙の横顔は、白く整っていてとても綺麗だ。

豊はちょっとだけ溜息を漏らす。

自分も、十人並み程度の顔はしていると思うけれど、目が大きくて童顔で、薙のようにきりりとしたイメージは欠片もない。昔伽月に「タヌキみたいだ」と笑われた事をなんとなく思い出した。

なら、こうやってぼんやりと春の陽だまりの中で眠くなっている、今の姿はきっとお似合いだろう。

逆に都会は間違いなく不似合いだ。タヌキ汁にされて、食われてしまいかねない。

「豊」

「何?」

「弁当は作ってきたのか?」

前日薙から誘いがあった際、弁当があったほうがいいような事を言っていたから、豊は膝の上の包みを軽く叩いてみせた。

「うん、二人分作ってきたよ」

「僕の分もあるのか?」

「うん、だって、一人前じゃなんかちょっと物足りない感じがしたから」

少し驚いたように目を丸くしている、薙はバック以外何も持っていない。

多分、現地で調達するつもりだったのだろう。

―――そんな事なんじゃないかと、つけたあたりが珍しく的中した。

「そうか」

何か考えるように呟いて、薙はまた窓の外に顔を向ける。

「なら、手間が省けたな、直接向かうぞ」

「山に?」

「そうだ」

「どこの山に登りに行くの?」

―――いつも、打てば響くような的確さで返される薙の返事が、少しだけ遅れた。

「烏帽子山だ」

「烏帽子山?」

豊は首を傾げる。

その、地名に関しても初耳だったけれど、何より薙が一瞬戸惑った事に関して、疑問を感じた。

薙はもうそれ以上は答えるつもりが内容で、外の景色に没頭し始める。

やむを得ず、諦めて、豊の質問はそこで強制終了させられてしまった。

相変わらず穏やかな小春日和の気配が車内にも蔓延していた。

電車の振動音は、何故だか眠気を誘われる。

うつらうつらして、窓ガラスに頭をぶつけては、ハッと目が覚める。

そんな事を繰り返しているうちに、面倒になって、豊は俯いて本格的に眠り始めた。

鼻先で春が香っていた。

 

赤湯駅という所で下車して、徒歩二十分。

段々絢爛さを増していく風景に目を見張る。

「うわあッ」

先に駆け出す豊の背中を見送りながら、薙は目を細くしていた。

「薙!これって」

「ああ」

見上げる空の青に咲き誇る、満開の桜の花。

舞散る淡雪のような花びらが、視界を幾つも幾つもよぎっていく。

その中に埋もれて、豊は感激した様子で瞳をキラキラと輝かせていた。

「すごい、きれいだ」

「―――ここは日本の桜名所百選にも選ばれている、その感想は、まあ正しいだろう」

「そうなの?」

「夜にはライトアップもされるらしい、ここから続いて、置賜一円を巡る桜回廊も名物だそうだ」

「そうなんだ」

見上げて、感嘆の声を洩らしながら歩く豊の姿に桜の花が舞い散る。

薄紅色が栗色の髪のはらはらと落ちた。とても綺麗だ。

薙は気づかれないように、微かに溜息を漏らしていた。

「豊」

呼ばれて振り返った。

幼い表情や拙い仕草も、自分にとっては非常に好ましい。

名前の通り、彼の内外に豊かに満ちている様々なものが、いつでも薙を魅了してやまない。

どれもこの身の内には存在しないものだから、殊更惹かれてしまうのかもしれない。

「気に入ったか?」

「えっ」

「この風景は、君の嗜好にあっているか?」

「ああ」

うん、と笑う。

満面の笑顔を、はらはらと桜がよぎる。

「そうか」

薙は、薄い唇の上に、仄かに暖かい春の日差しのような笑みを滲ませた。

「今日のこの日は―――僕から、3月の礼だ」

一瞬きょとんとして、それから目を見開いて、ぱちぱちと瞬きを繰り返す。

小動物のような仕草に薙は再びちょっと笑った。

その笑顔を見て、豊かはますます瞳を大きくして、そして満開の桜の風景以上に魅力的な、優しい、綺麗な―――輝くような表情で、ニッコリと微笑んだのだった。

「うん!」

小走りに駆け寄ってきて、急に薙の手を掴む。

「行こう、桜の下で、お弁当食べよう?」

薙はまだ笑っていた。こみ上げる温もりのせいで、笑う事が抑えられなくなっていた。

「ああ」

春の日差しが降り注いでいる。

珍しく先に立って、グイグイと手を引きながら、連れられて歩く薙も今だけは動作に無駄ばかり目立つ。

そよぐ風に乗って届けられる芳香と花びらに、新たな季節に、新たな想いが、胸の中で次々と芽吹いていくようだった。体の外も中も、辺り一面満開の桜景色だ。

 

―――豊の作ってきた弁当は美味いに違いないと、半ば確信めいた事を考えて、薙は、らしくもなく、微かに苦笑を洩らしていた。

 

(了)

■こちらはリクエストいただいたれのさんへの捧げモノですvどうぞ、お受け取りくださいませ。