Endless waltz 6

 

たまたま時間が出来たから、というのが口実だということは、二人とも暗黙の了解の上でのことだった。

天照郷にただ一件だけの喫茶店「紫陽花」にて。

入り口上部付近に取り付けられたベルを鳴らして入ってきたのは、ここで多く見かける学生服を着た少年と、見たことのない、やはり学生服のようなものを着た少年だった。

片方の少年は柔らかそうな栗色の髪の下の視線をちょっと動かして、店内の奥の方にある席に目をとめると隣の少年を軽く促す。

少年は、綺麗な銀の髪と金色の目をしていた。

まるで人でないようないでたちである。その上、彼の容姿は非常に整っていた。

もう片方の少年も人並み以上の容姿ではあったが、どちらかというと幼さの残る可愛らしい顔立ちだ。

二人が席に着くと、ウェイトレスが水とおしぼりを持ってきた。

少年はテーブルに備え付けられていたメニューに手を伸ばし、互いに見えるように中央に開いて置く。

「ええとね、俺、チョコパフェ」

並んだ手書きの文字にざっと目を通して、ウェイトレスに告げる。

向かい合って腰を下ろしていた少年は、しばらく紙の上を睨んだ後でただ一言「ブラック」とだけ発した。

注文を受け付けたウェイトレスはその場を離れる。

さて、と、豊は改めて薙を見詰めた。

「こんな風に向き合って、喫茶店に入るのなんてちょっと初めてだよな」

幾らかドキドキしている、その気持ちを気取られないように笑う。

薙はさして興味もないような表情で視線を返しただけだった。

「いっつもはほら、ラギーとか晃とかさ、必ず誰かいるだろう?それが別にイヤだとか、そういうんじゃないけど、こういう状況って今までなかったから、なんか新鮮で」

豊は笑いながら頭をかく。

「でも、こんな時間に誰もいないなんて、この店ちゃんとやっていけてるのかなあ」

辺りをぐるりと見回した。

「あ、でも、それは俺が心配することじゃないか」

慌てて小声で付け足して、また笑う。

「ここって、この店しか喫茶店ないし、結構需要があるのかもな、俺もこうしてちょくちょく来てるわけだし、そう考えると売り上げの心配なんていらないのかも」

開きっぱなしだったメニューを取り上げて、ちらと中を見た後で、それを閉じてもとの場所に戻した。

「なあ、薙はコーヒーが好きなのか?」

「好物かという意味では、違う」

薙はようやく口を開いた。

いままでだんまりを決め込んでいたが、特に機嫌が悪いというわけでもない。

これがいつものスタイルなのだから、それ以上でも以下でもなかった。

豊が喋っている。それを薙が聞いている。

当たり前で普遍的な日常、いつからこうなったのかはよく覚えていない。

けれど、それが互いにとって一番居心地のいい状態であることは、疑いようもなかった。

豊はふうんと鼻を鳴らした。

「甘いの、好きじゃないとか」

「必要ならば摂取する、食の嗜好に関して、僕は特に偏りのないタイプだ」

それって何でも食べられるってことか、と、脳内で分かりやすく変換した。

彼にとっての食事は楽しみとか、そういうものでは無いらしい。

それはそれで少し寂しいような気もしたが、彼らしいとも思っていた。

そんな薙を、豊は嫌いじゃない。

「俺も、結構何でも食べられるかなあ」

どこを見るでもなく豊は呟いた。

「でもゲテモノみたいなのはちょっとダメかも、あと味がひどいのも、でも人間って追い詰められたらきっとなんでもできるよね」

「それは、本人の意思と生命力にもよるだろう」

「でも死にたくなかったら、何でも食べちゃうだろ?

「それも本人の自由意志だ、個人で決定すべきことに、僕が口を挟む余地は無い」

なるほど、と頷いて、豊はひとしきり感心していた。

彼のこういうアナログな対応は、時に周囲を不安にさせるらしい。

事実豊もあるときまではそうだった。

けれど、今になればそれも不思議に思う。

気づくキッカケになったようなものは特になかった気がする。ただ、二人でいる事が多くなった頃から、だんだんと理解し始めたようだった。

彼は好んで「こう」しているのではなく、「こう」いう人なのだと。

そう思って付き合ってみれば、何のこともない、薙の一挙一動は一貫して合理的かつ矛盾をはらまないものであり、シンプルそのものの言動は単純明快で分かりやすいものだった。

唯一感情だけはなかなか読み取れなかったが、それもしらず慣れてしまっていた。

いや、もしかしたら違うのかもしれない。

薙があわせてくれているのかもしれない。

けれどそれは希望的予測の域を出ることはなくて、豊はおぼろげにそんな事を考えながら少しだけ幸せになったりする事をこっそり自分に許していた。

ふ、と、テーブルの上を見る。

薙の手がある。

触れたいと思うより先に指先が勝手に動いて捕まえていた。

薙の指は綺麗だった。

イタズラにいじっていると、もう片方の手が豊の手を捕まえる。

ギュッと握り締められて、わずかに胸が震えた。

そのとき。

「お待たせいたしました」

ウェイトレスが近づいてくる。豊は慌てて手を引っ込めた。

「こちら、チョコレートパフェと、ブラックでございます」

豆の種類にも挽き方にもこだわっていない、安っぽいコーヒーが薙の前に置かれた。

豊の前にはガラスの器に入ったチョコレートパフェ、底にフレークが詰まり、その上にバニラアイス、クリームの層の間にはチョコがまだらに溶け込み、上には更にバニラアイスが乗っている。周囲をぐるりと綺麗に搾り出されたクリームが飾り、彩には半分に切られたイチゴとミカン、ウェハースは二つ、チョコレートスティックは一つ、とろりとチョコレートソースで覆われた表面の上に、ミントの双葉が添えられている。

紙ナプキンの上に柄の長いスプーンが適当に置かれた。

ウェイトレスは伝票の挟まった板をテーブルに伏せると、微かに会釈をして去っていった。

カップを持つ薙の正面で、豊がスプーンを握り締めながら瞳をキラキラさせている。

「これ、一度食べてみたかったんだよなあ」

見れば頬の辺りが緩んで微妙な笑顔になっていた。

薙はふと、不思議に思う。

「何故だ?」

え、と顔を上げた豊は、わずかに逡巡してああ、と短く応えた。

「だって、男は喫茶店でパフェなんて食べないものらしいから、本当は食べたかったけど我慢してたんだ」

「何故」

「伽月なんかと一緒に来るとあからさまにバカにされるし、他のやつらは何も言わなくても、変な目をしたりするから」

でも薙は、と豊は続ける。

「そういうの、しないから、だから平気なんだ」

ニコニコ笑う顔を見ていると、どうにも妙な気分だった。

それでコーヒーを口に含む。

薙の知っている東京のコーヒー専門店などとは比べ物にならないほど、お粗末な味がした。

いや、あちらではもっと規模が小さくて薄汚れた店でももう少しましなコーヒーが出てくる。

渋みの強い、薄っぽい味だというのに、なぜか薙はいやな気分がしなかった。

目の前の豊はまるで子供のようにはしゃいだ様子でスプーンをクリームに差し込んでいる。

たっぷり取って、一息に口に含んだ。

唇の動きを、薙は見ていた。

「おいしい」

幸せそうに言う。

ウェハースにアイスを乗せて、サクサクとかじる。

またおいしいという。

チョコレートスティックを、イタズラ気味にミカンに刺して、それごと口に放り込んだ。

「想像よりずっとおいしい、やっぱり頼んで正解だったなあ」

どんな想像をしていたのだろう。

薙は、唐突に興味がわいた。

持っていたカップを皿の上に置き、じっと豊を見詰めていると、彼は不意に顔を上げてぱちぱちと瞬きを繰り返した。

こちらの様子を伺うような仕草のあと、手元のチョコパフェを見ると、何か考えて、スプーンをクリームにさくりと突き刺す。適量分すくい取って、薙の顔の前に突き出した。

「ほら」

薙は困惑気に眉を寄せる。

「食べてみなよ、おいしいから」

クリームに何の感慨も沸かなかったが、豊の笑顔を見ていると何だか食べたくなってくる。

薙は口を開き、スプーンを招き入れた。

とろりとした感触が舌の上に乗った途端ふわっと溶けて広がり、口腔内をうっすら冷やす。

なんともいえない食感だった。

薙はわずかに顔をしかめて、引き抜かれたスプーンの向こう側にいる豊に言った。

「甘い」

豊はおかしそうに笑った。

「あたりまえだよ、パフェだもん、おいしくなかった?」

「いや」

味覚はともかく甘かったと、正直に感想を言ったのに豊は再び笑った。

コロコロと笑われるのは、本来あまりいい気分のしないことだろう。

けれど豊の笑顔だけは違う。

もっと笑っていればいいと思う。

甘ったるい気配を消すためにコーヒーを含んでも、クリームの感触はいつまでも消えてくれなかった。

そうこうしている内に大分食べ進んだ豊の口の端についているチョコレートソースに気付く。

何気なく手を伸ばして、指でぬぐうと非常に驚いた表情をされた。

「あ、ありが、と」

消えそうな語尾の、豊の頬がわずかに赤い。

それで、なんだか気分がよくなって、紙ナプキンでぬぐう代わりに薙はソースをぺろりと舐めた。

わずかな苦味が好ましいと思った。

「おいしい?」

聞かれて思わず。

「よく、わからない」

豊は薙の顔をじっと見て、それから再びスプーンを頬張ると物の入った口で「おいしいのに」と小さく呟いていた。

薙は今後のためにも、一言いっておかなければならないような気分がした。

「味はともかく」

コーヒーのカップを取り上げる。

湯気の奥に、浮かぶ自分の姿が見えた。

「君のくれた分は、多分うまかった」

味気ないコーヒーを飲んで、カップを置くと豊は呆然とこちらを眺めていた。

やはり頬が赤い。風邪だろうか?

視線があった途端にビクリとして、少しだけ瞳を外して豊がもごもごと何か言った。

薙は視線で分からないと告げた。

豊は躊躇して、今度は聞き取れる音量でこっそりと呟く。

「俺も、想像よりずっとおいしいよ」

溶けたアイスクリームとクリームを混ぜ合わせて、底からフレークもかきだして全体的に茶色味かかった液体状のものを製作する姿は、妙に幼くて、気持ちを緩ませた。

薙はコーヒーの水面に視線を移す。

見える表情は、わずかに微笑んでいるようだった。

「そのうち」

ず、とコーヒーを一口飲んで、薙は改めて豊と向き合い、瞳を細めた。

「あちらの喫茶店に連れて行ってあげよう、きっと君が喜ぶようなものがたくさんあるはずだから」

「薙と一緒に?」

「もちろん、そうだ」

土地勘など君には無いのだから、当然だろう。

そのつもりで答えたのに、豊はなんだか幸せそうだった。

白く甘い、クリームよりもとろけそうな笑顔で頷いた。

「うん」

耳障りのいい声は、舌先のクリームの感触よりもずっと、薙にとどまり続けた。

 

(了)

※こちらは04/6/307/1のチャットにご参加くださった皆様に捧げます

楽しいひと時を有難うございました!